Letter from CAIRC
2002.10 Vol.6 No.3

第4回「人間とコンパニオンアニマルとの関係学」研究発表会開催!
期待の研究領域からのアプローチに注目集まる

奨学金助成を受けた4名の研究成果が発表される

コンパニオンアニマル リサーチ(略称:CAIRC)は98年から毎年、研究援助活動として「人間とコンパニオンアニマルとの関係学」研究奨学金プログラムを実施しています。昨年度に選考された5件のうち、この度4件の研究結果発表を行いましたので、ここにご報告いたします。

去る9月11日、第4回「人間とコンパニオンアニマルとの関係学」研究発表会を東京・千代田区の日本記者クラブで開催いたしました。 発表会には、研究助成金給付者の川嶋舟さん、中村和彦さん、小田史子さんら他、共同研究者2名、第4回選考委員を務めた太田光明麻布大学教授、 森裕司東京大学大学院教授、CAIRC会長を務める正田陽一東京大学名誉教授が出席いたしました。なお、昨年度、助成金給付対象として選ばれた 久保悠子さん(東北大学大学院生命科学研究科)の「ネコの毛色のパターン形成機構−伴侶動物の個性発見を知る」は、久保さんが事情により来年度に 発表されることになり、同じく助成金給付者の平山真理さんは米国留学中のため、テープとプレゼンテーションシートでの発表となりました。

研究発表会は正田会長の挨拶でスタートいたしました。
「98年から続けているCAIRC研究奨学金はすでに23名の方の研究を選んでおります。今回もバラエティ豊かな研究が並び、今後につながる基礎研究、 身近なペットトレーニングの研究から、刑事施設での動物介在活動や動物介在療法まで、興味深い4件の研究報告が行われます。また、この分野の国際会議、 IAHAIO大会が昨年、リオデジャネイロで開催されましたが、これまでの給付者の中から2名がその会議で研究発表を報告されました。今回の給付者の 方々も今後ますます研鑽されて、その成果を2年後に行われるIAHAIOグラスゴー大会で発表していただけるようになれば嬉しい、と思っております」


毎回、幅広い学問領域からの研究報告が集まり、裾野を広げているこの分野ですが、今回、初めて本格的な動物介在療法(AAT)の研究が加わりました。 また、米国やカナダで注目を集めるプリズン・ペット・プログラムの調査報告も寄せられ、「人間とコンパニオンアニマルとの関係学」が日本において必要度の 高い学問として認知されつつあることがわかります。


絶滅の危機にある日本在来馬の調査研究で、
人と馬との共生の未来を探る
研究テーマ:「日本人と日本在来馬の関わり合い方についての調査および研究」
〜特に、琉球列島における日本在来馬〜
東京大学大学院農学生命科学研究科 川嶋 舟(かわしましゅう)

かつて、日本人の暮らしと密接に関わってきた日本在来馬は現在、絶滅の危機に瀕しています。 東京大学大学院農学生命科学研究科で日本在来馬について研究する川嶋さんは、昔、日本在来馬がいた琉球列島で今も在来馬の現存する2地域、 そして、すでに姿を消した石垣島について調査を行い、その調査に基づいた研究を報告しました。川嶋さんは現在、日本の他の地域に飼われている 日本在来馬の調査と、それぞれの地域の在来馬を遺伝学的な調査をもとにルーツを探る研究も進めていて、今回の報告は、その研究の第一弾となるもの。 川嶋さんは、沖縄県にある宮古島、与那国島、石垣島を訪れ、現在、馬や家畜を飼養している人々や、かつて、飼養していた人々に聞き取り調査を行いました。
「与那国島では、一般に普通の家では、去勢されていないオスの与那国馬(体高115〜120cm)1頭を飼養し、使役や町役場の公文書配布、税徴収や 郵便配達などに利用し、昭和40年代半ばまでは豊年祈願祭や稲の収穫後などの時期に競馬を行っていました。現在、使役には利用されていませんが、 島の中には乗馬を目的とした施設が複数つくられて、与那国馬と触れ合うことができる場所があります。

宮古島では琉球王朝時代、武士の乗用、江戸幕府への献上用として宮古馬の生産が行われていました。第二次大戦において、宮古馬は壊滅的な打撃を受けましたが、 昭和30年代には1万2000頭と戦前、戦後を通して最高の飼養頭数となり、沖縄県内有数の馬の産地となりました。ただ、その後の社会変化でその数は激減し、現在、 有志の方々が保存目的に飼養するものと農林高校で教育目的に飼養されているものがいるだけです。また、すでに絶滅した石垣島では石垣馬の血を引く馬を交配し、 訓練することで、復活させる試みが行われています」

日本人と馬との関係は明治時代以降、第二次大戦の前後で大きく変化しています。川嶋さんは、在来馬をはじめ、さまざまな馬たちが日本で生き延びていくためにはいくつかの要素が必要だと述べました。

「1つめは戦前まで日本人がもっていた、人と馬との密接な関係を再びつくりだし、その関係を維持していくこと。2つめは、保護・保存するだけでなく、 教育医療や祭事などに積極的に利用する事で、新たな利活用の方法を模索し、多くの日本人にその存在と必要性を理解してもらうことです。人は馬を見て安心したり、 癒される傾向があるという調査もあり、小柄な馬の多いこの地方の在来馬は、見たり触れたり世話をしたりという関わり方に適しているといえます。また、 より扱いやすい馬をつくり出していくことも、もっと多くの人に知られ、理解や保護されることにつながると考えられます」

最後に、川嶋さんは、この研究が在来馬の持つ素晴らしさを再認識するきっかけとなり、在来馬をはじめとする馬が身近にいる社会が実現することを期待します、と結びました。

講評では、森先生が「かつて、日本でもいくつかの地方においては人馬一体となった暮らしがあったわけですが、今、その歴史を知る人々も高齢になり、 歴史や暮らしのノウハウが伝わらないまま消えてしまおうとしています。一人ひとりに聞き取り調査を行う川嶋さんの研究は地道な作業を必要としますが、 非常に貴重だといえるでしょう。欧米において、犬や猫と並んで馬はコンパニオンアニマルとみなされ親しまれています。今後、私たちにとっても重要な存在になると思いますから、彼の研究はさまざまな場面で役立つと考えられます。今後の成果に期待します」と述べられました。

犬の動物介在療法が高機能自閉症の患児たちの
コミュニケーション能力向上に寄与する
研究テーマ:「子どもの高機能自閉症(アスペルガー症候群)に
対する犬を使った動物介在療法の試み」
浜松医科大学精神神経科講師・外来医長 中村 和彦(なかむらかずひこ)

高機能自閉症は、一般的に言われる自閉症と同様、社会関係の質的障害をもつ疾患の一つです。患者のIQは正常範囲ですが、ソーシャルスキルに障害があり、学校での不適応や職を得る機会を失うなどそれぞれの人生に大きな影響を及ぼし、現在では「アスペの会」なども組織されるようになっています。

元・麻布大学獣医学部講師の中村和彦さんらの研究は、そんな高機能自閉症の患児に動物介在療法(AAT)を施した調査研究です。犬との触れ合い活動を通して、患児たちのソーシャルスキルの向上や心理、行動面に対する効果を研究しています。中村さんたちのチームは、精神科医、獣医師、臨床心理士、トレーナーなどさまざまな立場の専門家で結成され、慎重に相談しあいながら進められました。

この研究では、犬を介在させたプログラムを作成し、2週間に1回、1人あたり約30分〜1時間のセッションを行い、調査しています。対象とされたのは、専門医によって高機能自閉症と診断された11〜16歳の患児5名。彼らの様子や対応の変化を半年間、計12回のセッションを行い、観察していきました。1〜2回目のセッションでは「犬と触れ合うなかで犬との接し方を学び、犬に慣れてもらう」、3〜4回目のセッションでは「自主的に経路を作成し、参加者本人が主体的に散歩を行う」、最終的には、「自分で活動の計画を立てて、それに沿って活動する能力の向上をはかる」ことが目標になっていて、それぞれの患児についてその目標がどこまで達成されたか、それぞれのセッション後に評価し、プログラム終了後にその結果やソーシャルスキルの観点から見た変化をまとめています。

「A君は、強迫症状、抑うつ状態があり、社会適応が難しい状態でした。そのようななかで、動物介在療法を行うことで、外に出る機会をもつことができ、感情表出が豊かになっていきました。また、E君は犬が苦手で、自宅の周辺のどこに犬がいるかチェックして、地図をつくり、その場所を避けて通っていましたが、プログラムを続けるうちに過剰な犬への恐怖心が改善されました。ただ、E君のように動物を怖がる自閉症の患児は少なくありません。これは、以前のいやな体験、たとえば、犬にほえられたなどの体験が、一般児よりイメージとして強く残るためと考えられています。それに対しても、工夫することによって犬の散歩を楽しむことができるようになりました」

中村さんは犬を使う目的として、4つの理由をあげています。(1)犬へのアプローチ・コントロールを経験することで、日常生活のさまざまな場面における動物との接触の際に起こる不安や緊張、それに付随して起こる混乱を軽減する。(2)犬との触れ合い活動に参加することで、患児に外で行動する機会を与える。(3)犬と触れ合うことで不安・緊張の緩和の期待。(4)コミュニケーションをとるスキル、自発的に行動を起こし対処していくスキルの向上を図る、ということです。また、他の動物と比べて、犬を使うことのメリットとして、訓練された犬、それをコントロールできるトレーナー、獣医師、医師、臨床心理士が相互に協力することで、動物介在療法を施行しやすいことも重要なポイントです。

中村さんは、5人の参加者について共通してみられる変化として、他人に対するコミュニケーション能力が改善された、と発表しました。患児たちは犬に対しても愛着をもち、生き物を扱うということに対して何らかの反応を示すようになりました。また、スタッフに対しても積極的にコミュニケーションをとり、変化がみられたようです。「現在、犬を使った動物介在療法の効果について、患児たちの行動変化の報告はほとんど発表されていません。今後は、子どもの行動上の問題を評価する『CBCL:子供の行動チェックリスト(日本語版/国立精神・神経センター)』のスケールでプログラムを受ける前と後のデータを解析して、どのような効果があったか検討していきたいと思っています」と中村さんは今後の展望を述べられました。

講評では森先生が「この研究は、動物介在療法の中でアスペルガー症候群という一つの目標を定め、そのプロセスを分析していくという科学的手法を取っているわけですが、それが現実には難しいため、これまでなかなか手をつけることが出来なかった。長期的に継続して取り組む必要のある病態ですから、患者はもちろん、介護する家族側にも動物と触れ合うことが将来にわたってQOL(Quality of Life)にどのような影響を与えるかを調べることは、非常に重要なテーマだと思います。将来的には、国が本腰を入れて取り組むべきプロジェクトにすべきだと思いますし、その先鞭をつけた意義ある研究だと思います」と言われました。

カナダの刑事施設での動物介在プログラムを調査
犬や猫との触れ合いで被収容者たちの心を育む
研究テーマ:「プリズン・ペット・プログラムの意義と効果
−カナダにおける取り組みを中心に」
関西学院大学大学院法学研究科 平山 真理(ひらやままり)

海外では、動物を介在させた活動がさまざまなシーンで利用されています。刑事施設の被収容者にペットを飼わせたり、世話をさせたりする「プリズン・ペット・プログラム」もそんな活動の一環で、 アメリカ、カナダなどで導入されています。このプログラムを関西学院大学大学院で法律を学ぶ平山真理さんが調査しました。刑法と少年法を学ぶ平山さんは、近年、少年犯罪の増加、それも残虐な犯罪の増加について考え、 被収容者が他者の命に共感したり、それを尊重する気持ちが希薄なことに注目し、このプログラムを実施しているカナダの刑事施設で聞き取り調査を行い、その結果を報告しました。

平山さんは、4ヵ所の刑事施設を訪れ、プログラムの実施状況を調査し、プログラムを実施するスタッフサイドとプログラムを受ける被収容者の一部にインタビューしています。 「バンクーバーにある女性刑務所ではこのプログラムがビジネスとして成り立っていました。一般の人々の飼っている犬を預かり、その間、ちゃんと世話を行ったり、行儀の悪い犬を被収容者が訓練してソーシャルスキルを学ばせることもあります。 また、犬の美容室も併設されていて、被収容者はペットホテルスタッフ、ペットホテル管理、グルーマーのアシスタント、グルーマー、ペットトレーナーなど5つの免許を取得することができます。とくに、 最後の2つの免許を取得できれば、出所後、就職できる可能性も大きくなっています。それも、被収容者によるきめ細かいケアは一般市民に好評で、広告や宣伝を行わなくても予約はつねにいっぱいだということです」

平山さんが行った被収容者へのインタビューによると、プログラム参加者は、参加前と後でその心の変化がはっきり分かるということです。ドメスティックバイオレンスが原因の犯罪で服役中の女性は 「何かを愛し、何かに愛されるという経験は最上のもの」と語ったといいます。また、他のプログラムを実施している刑事施設でのインタビューでも、自分の子供を殺害した罪で服役している女性は 世話をしている子猫に対して深い愛情を見せたといいます。そして、「何かに愛情を注ぐということは素晴らしい。このプログラムでは命を救うことができる。自分の中にこれまでとはまったく違う気持ちを感じる」 と答えています。動物を世話することで、被収容者に責任感が芽生え、プログラムの中で自分の責任を果たしたことで自信も生まれていることがわかります。同時に、動物との触れ合いが被収容者の緊張感を軽減させ、 穏やかな気持ちにさせているとも言えるでしょう。

もちろん、このようなプログラムの導入には、被収容者と動物の権利や福祉に気をつけることが大切です。今回、平山さんが訪問した刑事施設ではすべて動物愛護団体が関わり、 チェック機関としての役割を果たしていましたが、このようなチェックを行わないと、動物が受刑者の更生のために単に利用されてしまう危険もあります。また、受刑者の適性も重要で、 粗暴性や危険性のある者をはずす必要もあります。ただ、平山さんは、このように残虐性のある受刑者こそが、生命の大切さを学ぶべきであるともいい、観察者として参加の機会を与えるなど、 生命を尊重することの大切さを知らせるべき、と言います。


平山さんは今後もこれらの施設で調査を進め、このプログラムが被収容者にどのような影響を与えたかについても調査分析を行う予定です。そして、最終的にはそこで得られた結果を日本の刑事施設に提示したいと考えています。

なお、講評として「プリズン・ペット・プログラムは、アメリカ、カナダでは20年ほどの歴史をもっています。しかし、日本では始まってもいない。この現実を十分に認識し、今後の早急な対応を考えなくてはいけません。 遅く始めることがすべて悪いわけではありません。諸外国の実情を正しく理解し、よいスタートを切るために、この研究には非常に期待しています」と太田先生が述べられました。

心理学的見地から、幼児のしつけ方を応用し、
確実なトイレ訓練法を調査
研究テーマ:「家庭犬におけるトイレトレーニングに関する研究」
日本大学大学院総合社会情報研究科 小田 史子(おだふみこ)

集合住宅へのペット飼育や犬の室内飼育が進むなか、排泄のしつけを完全に習得させることはペットオーナーの願いともいえるでしょう。これまで、犬のトイレトレーニングは、 トイレの環境や尿の匂いを条件刺激としていると考えられてきましたが、心理学を学ぶ小田史子さんらのグループは犬の排泄行動を、ごほうびを与えることを使って習慣づけることが可能と考え、その調査研究を試みました。 この研究では行動分析学の理論に基づき、ほめることの繰り返しによる訓練を実施しました。訓練の目標は、犬が尿意や便意を感じたときに一旦、排泄を抑制し、トイレまで歩いていき、排泄をするというものです。 その場や好きな場所で排泄してしまうのではなく、所定の場所まで行って、排泄ができるようになることを目指すわけです。

実験対象は生後70〜150日の子犬5頭。それぞれの犬の飼育者5人がプログラムに沿って、しつけを行いました。実験期間をベースライン期、介入期、フォローアップ期に分け、排泄行動を観察し、 行動分析学の見地から分析しています。ベースライン期はまず実態を調査する期間ですから、数日間、トイレを設置後、排尿、排便が起きた時刻とトイレでの排泄であったか否かを記録。 次は、本格的にしつけを行う介入期で、飼育者は、犬がトイレで排泄した後にごほうびを与えること(強化子の提示)と、排泄しそうなタイミングでトイレに連れて行くこと(プロンプトの提示)を実施します。 この訓練が徹底でき、トイレで排泄できるようになったらフォローアップ期に移行し、ごほうびを与える回数を徐々に減らしていきます。

「ほとんどのケースで排尿・排便行動を学習させることができました。犬の反応としては、介入期に入ると、連続して排泄をしたり、排泄後にごほうびを催促したり、強化子を意識した行動をとるようになり、 排尿回数もベースライン期に比べると増加しました。ただ、排尿回数は、おすわりなどのトレーニングを始めて、それらの行動に強化子が与えられるようになると減少していきました。これは排泄以外の行動で強化子が得られるようになることにより、 強化子を得るための行動として排泄行動が選択される確率が低下したためと考えられます」

また、排尿や排便が学習できなかったケースでは飼い主がトイレに連れて行くことやごほうびをあげることを徹底できなかったことが原因だと分析します。不適切な場所で排便をした犬が自分の便を食べて、それがごほうびとして機能したケースもありました。 つまり、犬のトレーニングが成するかどうか功は飼育者側の姿勢によって大きく違うといえるでしょう。今後も、小田さんはこの研究を続ける予定で、より多くの犬種で、月齢、年齢を拡大して検証を行っていきます。

講評では太田先生が「この研究でも、飼育者の問題がクローズアップされましたが、犬の教育で必ず問題となるのが人間側のあり方です。つまり、犬の教育(しつけ)とは同時に飼い主を教育することを意味します。 今後、人にもフォーカスを当てながらこの研究を進めていっていただけると、より人と動物が共生できる社会に寄与できる研究になると思います」と述べられました。

copyright