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【社説】

週のはじめに考える 「制服」暴走の悪夢

2008年11月16日

 誰にでも発言の自由があるとはいえ、「我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者」との認識を持つ人物が自衛隊幹部だったとは。

 「日本は侵略国家であったのか」と題する自衛隊の田(た)母神(もがみ)俊雄・前航空幕僚長の論文を読んで、びっくりしました。世界が第三インターナショナルによってすべて支配されていたかのような「コミンテルン世界観」に貫かれている論旨だからです。

 日中戦争は、日本軍と中国国民党を戦わせ、最終的には毛沢東共産党に中国を支配させるというコミンテルンの作戦に蒋介石が動かされた結果だというのです。

コミンテルン世界観

 また、対米開戦も「アメリカによって慎重に仕掛けられた罠(わな)」で、これも「コミンテルンに動かされていた」と分析します。当時、米政権には三百人のコミンテルンのスパイがいて、そのトップはハル・ノートの作成にかかわったハリー・ホワイト財務次官補。彼がルーズベルト大統領を動かし、日本はその罠にはまり真珠湾攻撃を決行した−との認識です。

 だからこそ日本が「侵略国家だったなどというのは正(まさ)に濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)」と田母神氏は主張します。

 こうした歴史認識を持っている人はほかにもいるでしょうが、すべてがコミンテルンの思惑通りに動いていたのだとしたら、近衛文麿、松岡洋右、東条英機といった当時の指導者たちは単に飾り人形にすぎなかったのでしょうか。

 そうではありますまい。昭和天皇を含めて政治指導者から大半の国民に至るまで、この道しかあるまいと思って突き進んでいった結果が太平洋戦争につながり、日本人自らも多大の犠牲を伴ったと同時に中国、韓国など近隣諸国に極めて大きな被害をもたらした事実を忘れてはなりません。

戦前派と戦後派の差

 最も大事なことは、どこの罠だったかではなく、わが国が先の大戦で他国にどんな侵略的行為を行ったのか、という事実の確認とその後の対応です。

 三十年前にも自衛隊トップの“暴走発言”がありました。栗栖弘臣統合幕僚会議議長(当時)が週刊誌上や記者会見で「現行法では奇襲攻撃を受けても首相の出動命令が出るまで動けない。第一線部隊指揮官が超法規的行動に出ることはあり得る」と述べ、いわゆる超法規発言として政治問題化しました。文民統制上、不適切と同氏は事実上解任されましたが、時の福田赳夫首相が有事立法の研究促進を指示するなど国防論議に大きな波紋を投じました。

 ここで注目したいのは栗栖、田母神両氏の世代差です。栗栖氏は一九二〇年生まれの戦前派で、終戦を海軍大尉として南方戦線で迎えました。一方、田母神氏は四八年生まれの戦後派です。この世代の開きは国家観、防衛意識の差にも反映しているに違いありません。たとえば故後藤田正晴・元副総理は晩年、憲法九条(戦争放棄)改正や軍備強化について「僕らの世代は戦争で加害者の立場だった。しかも被害者はまだ生きている。こうした世代がいなくなってから変えるというなら変えてもいいが、今はまだ早過ぎる」と言っていたものでした。

 今回、田母神氏が最優秀賞になったアパグループの懸賞論文に九十人超の現役自衛官が応募した事実も、もはや防衛論議にタブーはないといった戦後派自衛官の気概を投影しているかのようです。

 ここは政治家がしっかり文民統制の手綱を引き締めないと、戦前と同じ過ちを犯すことになりかねません。特に銘記しておきたいのは四〇年の政党解党劇です。同年二月の衆院本会議で民政党の斎藤隆夫議員が泥沼化した日中戦争に関して「聖戦の美名に隠れて国民的犠牲を閑却し」と米内光政内閣と軍部の姿勢を批判したのに対し、怒った陸軍が圧力をかけ、最終的には本会議での記名投票で斎藤議員を除名に追い込みました。そればかりか軍を恐れた主要政党は同年夏、一斉に解党し「バスに乗り遅れるな」と大政翼賛会に走ったのです。

 政党政治が軍部にひざを折った結果、それから五年間、日本は事実上、無政党時代でした。それがいかに暗い世の中であったかを思い出すべきです。五・一五事件を皮切りに昭和初期から続発した青年将校らによる政府要人暗殺事件に経済不況が重なって、政党政治が機能不全に陥っていたのです。

田母神論文は反面教師

 現在の政治状況が戦前とそっくりとはいいませんが、麻生太郎首相を筆頭に政治家が相当の覚悟で国政に当たらなければ悪夢の再現を招きかねません。

 田母神論文を反面教師に政治家が防衛省、自衛隊の抜本改革を断行すべきときです。

 

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