李明博(イミョンバク)韓国大統領は、ソウルの青瓦台(大統領官邸)で9日行われた会見で、時に笑顔を交えながら毎日新聞、朝鮮日報(韓国)、タイムズ(英国)の3紙の質問に答えた。詳細は以下の通り。【ソウル堀山明子】
■オバマ政権
--来年1月に誕生するオバマ米政権はブッシュ政権とどのような違いがあると思うか。オバマ政権が発足すれば韓米、日米関係にどのような変化があるか。
◆対外関係は大きな変化はないとみている。日本、韓国との緊密な関係維持は米国にとって戦略的に必要だ。(オバマ氏当選後)電話で話した際、韓国との関係をさらに強化し、アジア平和を強化する礎にしたいと彼から提起された。日本、韓国との関係はむしろ強化されると思う。
オバマ氏は成長過程でアジア人たちと付き合っているので、アジアに対する理解が深いと思う。
--オバマ氏は米韓自由貿易協定(FTA)の自動車や農畜産分野の内容に不満を表明した。
◆FTAは韓米両国にとって経済的、あるいは同盟関係強化などの側面から必要だ。オバマ氏はシカゴが地元なので、選挙で自動車問題に関心を見せたが、就任後に閣僚や担当部署から整理した話を聞けば、正確な認識を得ると思う。
■金融危機対応
--韓国、日本、中国は巨額の外貨準備を保有している。金融危機克服に向け日中韓3カ国はどのような協力が必要か。日本に何を期待するか。アジアでも単一通貨ができると考えるか。
◆今回、韓中日3国は直接的な被害を受けているわけではないが、実体経済に影響を受けている。G20(14日からワシントンで始まる金融サミット)に向け、やるべき仕事が二つある。
一つは金融危機が発生した理由を探し、事後対策を講じることだ。これには世界に共通の認識がある。国際通貨基金(IMF)が事前警告せず、事後対応をうまくできなかったと指摘されているので、国際機関の機能強化について議論することになるだろう。
もう一つは、実体経済をこれ以上悪くしないことが緊急の課題だ。保護貿易政策を取ったり、市場経済を後退させることがあれば、世界経済の活性化の妨げになる。この点について3国が積極的に主張すべきだ。
韓中日の3国協力はアジア地域はもちろん、世界全体に与える影響が大きい。特に日本は、世界第2の経済大国として役割が大きい。金融危機で米国は非常に困難な中で、韓国のような外貨の流動性に少し困難を抱えている国々にドルを供給するための通貨スワップ(交換)協定を提案してきた。日本はアジアへのスワップ協定を拡充するなどの役割を果たしてほしい。3国が東南アジア諸国連合(ASEAN)などに協力する役割を果たすのが望ましい。
アジア通貨問題については、ドルの世界的な地位が低下したので、ユーロのような単一通貨が必要だ。欧州連合(EU)をみると難しい危機を乗り越えて単一通貨が実現した。韓中日が単一通貨に合意すれば、アジアに広げるのは難しくないだろう。これから時間はかかるだろうが、日本の役割が大きいと考える。
--経済で日本が主導的役割を果たした時、中国はどう対応すると考えるか。
◆中国と日本の役割は、簡単には言えない。日本は自由市場経済国家としての役割を主導できると思う。
ただ、アジアで日本が役割を主導するには、さまざまな前提がある。日中2国間だけでなく、周辺国が役割を認めるかが重要だ。周辺国が認める前提条件が満たされる必要がある。
--大統領は、経済危機を克服できると強調している。
◆今直面しているのは、世界的な経済危機だというのが、各国の指導者の共通認識だ。国際経済環境があり、自分の国の力だけではどうにもならない。韓国のように輸出への依存度が高い国は、特に関連が深い。
私が危機を克服できると言っているのは、97年のアジア通貨危機のような危機ではないという話だ。韓国国民は当時、数万件の企業が倒産し、150万人の失業者が生じる悲劇的な経験をした。しかし今は、当時のような直接的な危機ではない。雇用が悪化して庶民を脅かすレベルまでいかないよう、努力しようと思う。ただ世界的な危機なので、国民の忍耐が必要なのは事実だ。
金融危機が実体経済に波及しているのは世界的に共通の状況だ。すべての国が税金を下げ、財政支出を増やして経済を活性化しようという共通認識を持っている。今回のG20でもそういう話が出て、合意ができるのではないか。
■対北朝鮮政策
--オバマ米政権の誕生で、対北朝鮮政策はどう変化すると見ているか。韓国政府はオバマ政権と対北朝鮮政策で協調できるか。
◆オバマ氏は、南北関係に対する韓国政府、国民の考えを尊重すると思う。ブッシュ政権の時より韓米協議を十分にできると思う。ブッシュ政権末期には少し焦った感じがあった。任期末期で次の政権へ引き継ぐために進展させようという戦略だったと思う。オバマ氏はきちんとした協議を通じてやるだろう。
選挙中にオバマ氏は「必要なら米朝首脳会談をする考えだ」と話した。これに対して韓国内では「韓国が孤立する」という見方もあるが、私は心配していない。北朝鮮の核廃棄さえできるなら、オバマ氏が北朝鮮の金正日(キムジョンイル)国防委員長(総書記)と会うのを反対しない。米朝間で問題解決に努力することは、6カ国協議の目標達成にも役に立つ。
単独会談であれ、どんな形であれ、韓米の十分な協議の末に成り立つことだろうから、北朝鮮の核放棄の役に立つなら、米国と金正日委員長との首脳会談に私は反対しない。
特に民主党のオバマ政権は北朝鮮の人権問題を重視しているので、人権問題も提起されるだろう。北朝鮮はオバマ政権を軽く考えず、積極的に真摯(しんし)に対応すべきだ。
--金正日氏の健康状態をどう認識しているか。
◆金正日委員長の健康問題に関し、ここで触れるのは適切ではない。しかし国政運営に支障はないとみている。
--日本は6カ国協議における北朝鮮の核施設無能力化に対するエネルギー支援について、拉致問題の進展がないという理由で留保している。日本の対応をどう評価するか。
◆原則的には、北朝鮮が国際社会に出てこようと思ったら、人権問題を考慮しなければならない。人権問題は普遍的価値なのでどの国も例外はない。特に北朝鮮はテロ支援国家指定解除になったので、こういう時期にこそ人権問題に能動的に対処するよう期待する。
日本は拉致問題を理由にエネルギー支援に参加していないが、日本も6カ国協議を通じて核問題を解決させるという点においては、意思を全面的に共有している。6カ国協議の第2段階では、現在の国内状況もあって協力ができていないが、第3段階に入れば、日本がさまざまな役割を果たすだろうと思っている。私は6カ国協議で大きな目標をもって、日本の協力を得て一緒にできたら良いと思う。
--北朝鮮を訪問し、金正日氏と会う用意はあるか。
◆金正日委員長とは、過去の政権は任期中に1度ずつ会ったが、私は必要なら何度でも会う用意がある。北朝鮮が核を放棄し、南北が共同繁栄するため実質的協議ができるなら、頻繁に会う。会う場所などは考慮する必要があるが、会うこと自体は問題ない。
--会ったら何を話したいか。
◆私は心から統一を願い、心から北朝鮮が経済成長するよう願っている。経済的に自立できるよう、本当に心から助けたいと思っているので、北朝鮮国民と北朝鮮に対する愛情を、金正日委員長もいつか理解してくれると思っている。
■日韓関係
--大統領は就任以来、歴史問題に対して冷静に対応しようという姿勢を強調してきたが、変わりないか。4月の訪日で天皇訪韓を招請したが、韓国国民の感情をどう考えているか。
◆私が歴史問題を未来志向的に考えると言ったのは、歪曲(わいきょく)された歴史を認めるということではない。過去に縛られ、我々がやるべき韓日協力を通じて進むべき道の障害になってはいけないという意味だ。その考えは、今も変わりはない。
私は天皇の韓国訪問を歓迎する。国民も訪問を受け入れる姿勢がある程度できている。
ブラント西ドイツ首相がポーランドを訪問した時、ポーランド国民を感動させ、ヨーロッパを感動させ、第二次世界大戦で被害を受けた国々を感動させた場面があった。日本の天皇も、来て何をするかによって、両国の発展に影響を与える。そういう面も考慮してもらえればと思う。
--歴史問題を深刻化させないというが、竹島問題にはどう対応するか。
◆包括的に話すなら、日本は世界第2の経済大国であり、アジアが一つの市場圏へ向かう中で、日本の果たす役割が大きい。その役割を果たすには、日本は歴史に対する認識、アジアに対する認識をもう一度相手の立場、アジアの立場に立って、改めて乗り越えることこそが、一つのアジアをつくるうえで大切だ。私はアジアの平和と共同繁栄に向け、日本がやれる道を開こうと努力している人間だ。国内問題を持ち出して日本(の進む道)を邪魔する気はないという、大きな趣旨を理解してほしい。
(7月に公表された文部科学省の中学校新学習指導要領解説書で)急に領土問題が出てきた。韓国国民にとって独島(日本名・竹島)は領土問題だけに(竹島をめぐる日本の姿勢は)まったく理解できない。その点を日本は理解してほしい。
■環境問題
--大統領は金融危機の打開策のひとつとして、環境に優しい「グリーン成長」を提起している。
◆グリーン成長で経済危機が乗り越えられるという意味ではなく、解決の出発点にしようということだ。経済危機を乗り越える過程で、環境分野の投資が重要ということは世界の共通認識になっている。韓国は来年8兆ウォン(約5960億円)を投資、さらに今後は再生可能なエネルギーに110兆ウォンを投資し、95万人の雇用を創出するという目標を掲げている。
--大統領は05年に毎日新聞と朝鮮日報による日韓国際環境賞を、今年はタイムズによる環境賞を受賞した。環境問題における国際協力にどう取り組むか。
◆現在直面する懸案は、先進国と発展途上国との意見が一致していないということだ。中国をはじめとする途上国は、先進国が温暖化の責任をとるべき張本人だから、同様に規制すべきではない、先進国が大きな犠牲を払うべきだと主張している。この点で先進国と途上国の協力が必要で、特に日本がやるべきことは技術の共有だ。先進国がより積極的に途上国と協力し、技術を共有することで、問題解決を目指すべきだ。
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かつて韓国の政権は「王朝」に例えられた。政権交代のたびに指導者は新たな国家指導理念を持ち出し、強力なリーダーシップで実現しようとした。その結果、北朝鮮政策や外交政策で一貫性を欠き、波紋を引き起こす例も珍しくなかった。
李明博大統領は韓国の歴史で初めて登場した企業人出身の国家元首だ。理念型のこれまでの政権との違いを「実利主義」という言葉で表現し、国家の安定と発展のためには是々非々で対処する方針を明確に示した。
今回のインタビューでも米朝関係について「北朝鮮の核廃棄に役立つならオバマ氏が金正日委員長と会うのに反対しない」と明言した。世界金融危機では「世界第2の経済国として(解決に)果たす役割は大きい」と日本への期待を示した。韓国主導の北朝鮮問題解決にこだわったり、国際社会での日本の役割拡大に警戒感を示すことがあった前政権とは明らかに異なる姿勢を示す発言だ。
しかし、李明博政権にとって国内情勢は容易ではない。BSE(牛海綿状脳症)問題で中断していた米国産牛肉の輸入開始を決めたところ「米国との関係改善のため、国民の健康問題を無視した」との批判を浴び、全国に反政府運動が広がった。
また、経済危機克服策として首都圏開発の規制緩和を発表したところ「首都圏と地方の格差を拡大させるだけ」との反発を受けた。大統領選を圧勝し、経済活性化を至上命令としてスタートした指導者が国内の不人気にあえぐ異常事態を招いた。
前政権が北朝鮮と約束した経済交流で、核問題進展に合わせたペースダウンの方針を打ち出したため、南北対話はほぼ断絶状態だ。「変革」という理念を押し出して米国民の支持を得たオバマ氏と実利追求の李明博政権の相性を懸念する声もある。
だが、日本にとって実利主義は悪いことではない。李明博大統領は金融危機克服をめぐる日本への期待のほか、歴史問題や竹島(韓国名・独島)領有権問題を問う質問に「韓日関係を国内の政治で利用する気はない」と断言した。
相互の利益になるなら、胸襟を開いて日本と関係強化を図りたいという韓国指導者の声をどう受け止めるのか。大統領とのインタビューを通じ今後、日本側にゆるぎない日韓関係を築く用意があるのかどうかが試されることになるだろうと感じた。
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■人物略歴
1941年、大阪市に生まれ、戦後に家族で韓国に戻った。苦学して高麗大に入り、民主化を求める学生運動にも力を入れた。卒業後は後に財閥・現代グループの一つとなる「現代建設」に入り、入社12年で社長に就任。その後、国会議員に転身し、02年にはソウル市長に当選した。07年12月の大統領選で野党ハンナラ党公認候補として出馬し、他候補に大差をつけて当選した。市長在任中の05年には都市緑化、河川浄化などの取り組みが評価され、ソウル市が「第11回日韓(韓日)国際環境賞」(毎日新聞社、朝鮮日報主催)を受賞した。
毎日新聞 2008年11月11日 東京朝刊