手元資金に余裕のあるNTTドコモやKDDIの支払いは「異業種参入した我々からすると信じられないほど短い」(後藤氏)。端末が売れなくなった日本市場で、ソフトバンクが強気に条件変更を申し出れば、メーカーから恨み節が出るのも無理はない。
もっとも、ソフトバンクにとっては危険な賭けでもある。やり方を一歩間違えれば、信用不安が高まりかねないからだ。そこまでして資金回収を急ぐ本当の理由はいったい何なのか。
それは、携帯電話事業のキャッシュ生成力の高さにある。今後、基地局などへの設備投資が減少すれば、携帯電話事業は優秀な「キャッシュマシン」へと変身する。しかし、携帯電話事業の買収資金として調達したWBS(事業証券化)には、このキャッシュを携帯電話事業以外に使うことはできない契約があるのだ。
つまりソフトバンクが携帯電話事業に眠るキャッシュを持ち出すには、WBSの借入金を全額返済するか、返済の途中でソフトバンク名義の借入金に置き換えなければならない。従って、今はあえてM&Aを封印し、借入金を粛々と返済することが次に勝負するための軍資金を手に入れる最短距離と言える。
「40代でひと勝負して50代で事業を完成させ、軍資金を返済する。無借金にして60代で次の経営陣にバトンを渡す」
説明会で自身が19歳の時に立てたという人生プランを披露した孫社長はまだ51歳。これからただ借金を返し、引退することはないだろう。既にM&A凍結解除後の構想を練っているのかもしれない。
日経ビジネス 2008年11月10日号16ページより