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航空自衛隊の田母神(たもがみ)俊雄幕僚長が政府見解に反し、日本の侵略戦争を肯定する内容の論文を投稿して更迭された事件をめぐって、新たな事実が次々と明らかになっている。
懸賞論文に応募したのは田母神氏だけではなく、応募者235人のうち、94人が航空自衛官だった。この中の63人が、かつて田母神氏が司令をつとめた小松基地所属の自衛官だった。
航空自衛隊の中枢である航空幕僚監部が、全国の隊員に応募を呼びかけていたことも防衛省の調査でわかった。懸賞論文の課題は「真の近現代史観」である。教育の一環として奨励したというが、戦前の日本の歩みを美化する方向の歴史観を、組織をあげて論じようとしたと見られても仕方あるまい。
懸賞論文を主催した企業の代表は「小松基地金沢友の会」の会長で、田母神氏の知人でもあった。第6航空団の応募が突出している背景には、そうした人間関係が浮かんでくる。
小松基地の第6航空団では、事前の論文指導までしていた。田母神氏は問題論文で、日本の植民地支配や侵略戦争への反省を表明した政府見解を非難した。似たような趣旨で書くよう指導していたのだろうか。
航空自衛隊だけではない。海上自衛隊では隊員や幹部向けの「精神教育参考資料」に「わが国民は賤民(せんみん)意識のとりこ」という表現があったことも明らかになり、防衛相が陳謝した。
田母神氏は、将官への登竜門といわれる統合幕僚学校の校長もつとめていた。全国の自衛隊でいま、どんな教育が行われているのか、早急に総点検する必要がある。
論文応募が明らかになった直後、辞職を求めた浜田防衛相に対し、田母神氏が拒否していたことも判明した。
そもそも自衛隊は、大日本帝国の日本軍が果たした役割への反省を踏まえ、平和憲法に基づく民主主義国家の独立と平和の守り手として発足した。精強でなければならないが、意識において旧軍の負の遺産とは明確に断ち切られている必要がある。
自衛官ならなおのこと、歴史認識などバランスのとれた教養と正確な知識、民主主義社会における文民統制のあり方などがきちんと教育されなければならない。組織の外と触れ合い、平衡感覚を磨くことも大切だ。
災害救援や平和維持活動への参加などもあって、自衛隊に対する国民の信頼は着実に高まってきた。過去の反省に立ち、全く新しい組織として生まれ変わったという自衛官の意識と実績が、それを支えてきたのだ。今回の空幕長論文の事件は、そうした努力と国民の信頼を大きく揺さぶっている。
自衛隊に対する最高の指揮監督権を持つ麻生首相はもっと危機感をもって、信頼回復の先頭に立つべきだ。
パナソニックが三洋電機を子会社化することを発表した。国内の大手電機メーカー同士の本格再編は戦後初めてだ。日本経済が直面している苦境を乗り切る挑戦といえるだろう。
なによりも目を引くのは、地球温暖化を抑えるという21世紀最大の課題をにらんだ再編であることだ。
三洋は太陽電池の開発に早くから取り組み、世界トップ級の技術水準にある。生産量でも世界7位、4.4%のシェアがあるが、パナソニックはこの分野から撤退している。これは脱石油時代の有望な技術として市場拡大が見込まれており、パナソニックの資金力で開発を加速させるという。
充電式のリチウムイオン電池も三洋はシェア4割近くで世界1位。パナソニックと合わせると5割ほどになる。
三洋は、この電池を携帯機器向けにつくるだけでなく、自動車用にも手を広げつつある。パナソニックが手がける燃料電池と組み合わせればエコカーに生かせる。自動車分野での環境戦略にとっても有利な再編といえる。
いずれも次代の産業を引っ張る分野とみられており、他産業への波及効果も大きい。競争相手のメーカーを大いに刺激することだろう。
今回の再編では、三洋の大株主である三井住友銀行、大和証券SMBC、米ゴールドマン・サックスの金融3社の役割が大きかった。
これら3社は、得意技をもちながらも経営のまずさで行き詰まった三洋に、3千億円の資本を注入して再建を模索してきた。まず、多角化路線を転換させ、不採算事業を売却して太陽電池などの戦略部門に絞り込ませた。そのうえで、それを生かせる相方を探して縁組を成功させたのである。
投資銀行は金融危機の震源となり、批判にさらされている。しかし、黒衣として産業の再編を促す本来の役回りは、産業の転換期を迎えてむしろ大切になる。今回は、そのよい例かもしれない。反省すべきは、実体経済から遊離してマネーゲームにのめりこんだことだろう。
もうひとつ注目したいのは、この再編が金融危機という逆風を追い風にしていることだ。株価の急落は経済にとってマイナスだが、企業の買収価格を引き下げ、再編の機会も同時にもたらす。ピンチをチャンスに変えるこうした動きが続けば、苦境脱出の足がかりになるかもしれない。
とはいえ、三洋の雇用を守りつつ再建できるのか。不採算事業がまだ多く、たやすくはない。パナソニックには踏ん張ってもらいたいところだ。
日本の電機メーカーは、全分野を志向する百貨店型がまだまだ目立つ。再編はこれからも進みそうだが、次代を担う得意技を伸ばすような選択と集中を心がけてほしい。