24年ぶりの帰国ということで、24年間という年をいろんな形で考えさせざるを得ない。そんな思いをされてみなさんご覧になったと思いますが、例えば24年前というのは、私個人にとっては、初めてテレビというものに本格的に関わった年でありました。
それからずいぶん長い歳月の間、ああいう状況におかれた人たち、大変苦難があったに違いないにもかかわらず、いわば、人間性といいますか、そういうものをよくぞ保って、ここまでこられたという思いが致します。
そして、彼らがこういう境遇にあったことについて、全く彼らには責任がありません。そしてその結果として、例えばバッジを着けようが、あるいは、今後、北朝鮮に置いた家族のことおもんぱかってどういう発言をしようが、それは彼らの責任を問うたり、批判すべきことでは、私はないと思います。
もし、拉致された人、そして亡くなった人たちに何かの過失があるとすれば、それは、「日本人」に生まれたということでしょう。自国民が自国の領土でさらわれることについて、それを止められず、その後も24年にわたって放置したという、そういう国に生まれたということの過失ぐらいしかありません。
そして、その過失を償うために何をしなければならないかと言えば、色んな曲折があると思いますけれども、彼らは拉致されたのですから、帰ってきたんですから、日本人なんですね。彼らは日本人であり、その家族の関係者もそうでありますが、それを日本政府は断固守るんだという、この意思表示を非常にはっきり北朝鮮側に今後も続けるべきであります。
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