航空自衛隊のトップがゆがんだ歴史認識を堂々と発表する風潮に、驚くばかりだ。「我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)である」などと主張する田母神(たもがみ)俊雄・航空幕僚長の論文である。政府がただちに更迭を決断したのは当然である。
政府は戦後50年の95年8月15日、当時の村山富市首相が、戦前の植民地支配と侵略について「国策を誤り」「アジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えた」とし、「痛切な反省」と「心からのおわび」を表明した。歴代政府は、この村山談話を踏襲してきた。
田母神氏の論文は、この政府見解を真っ向から否定するものだ。旧満州や朝鮮半島の植民地支配を正当化し、「大東亜戦争」を肯定する内容で貫かれている。
同時に、憲法が禁止している集団的自衛権の行使や、武器使用の制約などを「東京裁判のマインドコントロール」と批判している。
こうした認識を公表して悪びれない人物がなぜ空自の最高幹部に上り詰めたのか。大いに疑問である。
田母神氏は安倍政権の昨年3月に空幕長に就任し、福田政権の今年4月には、イラクでの空自の活動を違憲と判断した名古屋高裁の判決について、お笑いタレントの言葉を引用して「そんなの関係ねえ」と語り、物議をかもした。自衛隊内では、政治や安全保障に関してストレートな発言を繰り返していたことで知られていたという。
このような人物がトップの組織では、同様の考えを持つ人が多数を占め、正論と受け止められているのではないかとの疑念がわく。同氏を空幕長に据え、今回の事態を招いた政府の判断に文民統制(シビリアンコントロール)の機能不全を感じ、同氏を昇進させた防衛省に体質的な問題を覚える国民は多いに違いない。
また、同氏の言動を許してしまった政治の現状も指摘せざるを得ない。
歴史認識をめぐっては、過去、閣僚が植民地化や侵略を合理化する発言をし、辞任する事態が繰り返されてきた。麻生太郎首相も自民党政調会長だった03年、日韓併合時代の「創氏改名」について「朝鮮の人たちが名字をくれと言ったのが始まりだ」と語ったことがある。一方、安倍晋三元首相は、首相就任後に村山談話を踏襲する考えを表明したが、就任前は「適切な評価は歴史家に任せるべきだ」と、日本の戦争責任への明言を避けていた。首相就任前後の落差を本音と建前の使い分けと受け取る国民は多かった。
こうした政治家の姿勢や言動が、問題の背景にあるのではないだろうか。
今回のような事態を避けるには、文民統制の強化が必須である。現在、自衛隊の統合幕僚長、陸海空の幕僚長人事は閣議の了承事項である。これらの人事決定に国会が関与する道を探るのも一策であろう。
毎日新聞 2008年11月2日 東京朝刊