今年のノーベル賞では、日本出身の4人が選ばれた。物理学の南部陽一郎さん(米国籍)が大阪市立大名誉教授、小林誠さんと益川敏英さんが京都大助手の経歴があるなど関西にゆかりがある。また化学の下村脩(おさむ)さんも大阪の旧制中学に在籍していた。振り返れば、日本人初のノーベル賞受賞者、湯川秀樹さん(故人)も京大名誉教授。以来、関西ゆかりの研究者の受賞が目立つ。科学や環境の分野で関西には独創的な成果を生み出す土壌があるようだ。
今年の4人を含め、ノーベル賞の自然科学3賞(医学生理学、物理学、化学)を受賞した日本出身者は計13人。湯川さん、朝永振一郎さん、福井謙一さん(いずれも故人)、利根川進さん、野依良治さんの5人が京大(京都帝国大)の卒業生だ。今の京大の前身のひとつにあたる旧制第三高卒の江崎玲於奈(れおな)さんも含めると、OBは6人。助手を務めた小林さん、益川さんもカウントすれば8人が京大関係者だ。また、田中耕一さんは富山出身で東北大卒だが、勤務する島津製作所は京都市にある。下村さんは、京都府福知山市出身で、旧制住吉中学(現大阪府立住吉高)に在籍した経験がある。
京大は基本理念の中で「自由の学風」をうたう。それが独創性の源になっているとの見方をする関係者は多い。
科学史家で、国際基督教大客員教授の村上陽一郎さん(72)は「東京大をはじめとする首都圏の大学は歴史的に、学問のスタンダード(標準)を受け継いでいくことが役割。スタンダードからはずれたところにノーベル賞を受賞するような成果があるのだとしたら、京大はそうした自由な研究ができ、花開く環境にあるのだろう」と分析する。
京大は、東京大創設から20年後の1897年、2番目の帝国大として誕生した。村上さんは「第二帝国大の性格を持った大学なのだから東大と同じことをしていても意味はない。一方で東大で続けているようなスタンダードも必要。東と西でうまく役割分担できていると思う」と話す。
京大と同様、大阪大にも「ノーベル賞級」と称される研究者は多い。
免疫学者の岸本忠三・元阪大学長(69)は、リンパ球などが作るたんぱく質で、他の細胞の働きをコントロールする「インターロイキン6」を発見し、その働きを分子レベルで解明した。岸本さんの論文は、90~97年の8年間で他の論文に延べ1万3513回引用され、この期間の被引用回数世界8位を記録。米科学誌「サイエンス」に98年5月「生物医学分野のスーパースター」として名前を掲載された。
また、阪大微生物病研究所の審良(あきら)静男教授(55)は、侵入した細菌やウイルスなどを幅広く感知して攻撃する「自然免疫」が外敵を見分ける仕組みや、特定の病原体を覚えてピンポイントで攻撃する「獲得免疫」と自然免疫の関係を解明した。審良さんも被論文引用回数が05~08年の4年連続トップ10に入り06、07年は連続1位だった。
政府は科学技術基本計画で「ノーベル賞の日本人受賞者を50年間で30人程度」という数値目標を掲げている。賞を目標とすることに賛否はあるが、関西の学界に「自由」さが保たれれば、夢ではないだろう。
大学だけでなく、民間の底力も見逃せない。
東大阪宇宙開発協同組合は、中小企業などの技術を集め、人工衛星「まいど1号」を開発した。現在、宇宙航空研究開発機構の筑波宇宙センター(茨城県つくば市)で検査を受けている。
同組合の今村博昭理事長(65)によると、東大阪には加工技術などで高いノウハウを持った企業が多い。「下請けの仕事が多い東大阪では、各社とも自社PRもできなかった。このプロジェクトで知名度が上がり、新たな注文を得たケースもある」と話す。「まいど1号」は今年度中に打ち上げられる見通しだ。【関野正】
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◆社会と歩む、大毎の歩み
大阪市立科学館が、東洋初の人型ロボット「学天則(がくてんそく)」を復元、一般公開している。実は「学天則」は大阪毎日新聞社の論説委員、西村真琴(1883~1956)が1928年に作製したもので、「大礼記念京都大博覧会」に出品された。西村は北海道帝国大の教授としてプランクトンやマリモの研究に打ち込んでいた科学者。大阪毎日新聞が募集した懸賞論文で佳作になったことが縁で、記者に転身した。
毎日新聞大阪本社に科学部が創設されたのは87年11月。96年4月に科学環境部と名称を改めた。科学部創設前にも科学報道は積極的に続けており、社会部の大学取材担当者らが医療ニュースなどを発信してきた。科学分野の間口は広い。先端技術や原子力、公害、環境問題など多岐にわたる。99年2月には臓器移植法(97年10月施行)に基づき高知赤十字病院で脳死判定が行われ、大阪大で法施行後初の心臓移植が実施されて大きなニュースとなった。
隠れた問題の掘り起こしにも力を入れている。科学環境部の大島秀利編集委員は「アスベスト(石綿)被害の情報公開と被害者救済に向けた一連の報道」で今年度の新聞協会賞を受賞した。一連の報道は、石綿健康被害救済法の成立、改正に結びついた。
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◆ノーベル賞自然科学系3賞の日本人受賞者◆
受賞者 分野(受賞年) 経歴
湯川秀樹 物理学(49年) ★京都帝国大卒、★京都大名誉教授=故人
朝永振一郎 物理学(65年) ★京都帝国大卒、★元京都大助手=故人
江崎玲於奈 物理学(73年) ★大阪府出身、★旧制第三高卒
福井謙一 化学(81年) ★京都帝国大卒、★京都大名誉教授=故人
利根川進 医学生理学(87年) ★京都大卒
白川英樹 化学(00年) 筑波大名誉教授
野依良治 化学(01年) ★京都大卒、理化学研究所理事長
小柴昌俊 物理学(02年) 東京大特別栄誉教授
田中耕一 化学(同) ★島津製作所(京都市)フェロー
南部陽一郎 物理学(08年) ★大阪市立大名誉教授、★大阪大招へい教授、米シカゴ大名誉教授=米国籍
小林誠 同(同) ★元京都大助手、高エネルギー加速器研究機構名誉教授
益川敏英 同(同) ★元京都大助手、★京都大名誉教授、★京都産業大教授
下村脩 化(同) 米ボストン大名誉教授、★京都府福知山市出身、★旧制住吉中(現大阪府立住吉高)に在籍
(★は、関西にゆかりの経歴)=敬称略
毎日新聞 2008年10月26日 大阪朝刊