■利用者「生存権の危機」 事業所「現場もたない」
「我々は生きるぞー」
「貧乏人の話を聞けー」
7月20日、京都市中心部の河原町通。障害者本人と介助するヘルパーが一緒になり、障害者自立支援法の見直しを訴えるデモがあった。焼けつくような日差しの下、約100人が繁華街を行進した。
車イスで参加した木村善男さん(44)は「ヘルパーいないと死んでしまう!」と書いたプラカードを掲げ、「ヘルパーの時給を上げろ」と声を振り絞った。
20歳の時、交通事故で四肢まひになった。9年前に母親をがんで亡くし、04年から市営住宅で一人暮らしを始めた。食事、トイレなど生活全般で24時間介助を利用する。
この暮らしが今、立ちゆかなくなりつつある。ヘルパーが確保できず、事業所が介助を引き受けなくなったからだ。つてを頼って、自分でヘルパーを見つけ、事業所に紹介し、介助を維持する。
それでも月に数日、夜間介助を受けられない日がある。持病のため急に意識が混濁したり、体温がうまく調節できなくなったりする恐れは絶えずある。ヘルパーがいない夜は、死の恐怖におびえる。
市の福祉事務所にヘルパーを探してもらったこともあるが、30を超す事業所から断られ、紹介された事業所も条件が折り合わなかった。
「ヘルパー不足で生存権すら危うい状況だ」
背景にあるのは、障害者自立支援法の介護報酬の低さだ。特に、重度訪問介護サービスの事業者の間では、十分な賃金が払えないためヘルパーが集められないとの声が根強い。
京都市障害保健福祉課によると、「ヘルパーを見つけてほしい」という利用者からの相談はこの1年、目立って増えてきた。斉藤泰樹・在宅福祉担当課長は「重度訪問介護の報酬は決して十分とは言えず、引き上げを国に求めている」と話す。
◇
このデモの先頭には、赤い字で「過労死」と書かれたプラカードを手にした渡辺琢さん(32)の姿もあった。重度障害者の介助をするヘルパーの集まり「かりん燈〜万人の所得保障を目指す介助者の会」(事務局・京都市)のメンバーだ。
低賃金と重労働に耐えられなくなったヘルパーが職場を去り、残った人は過重労働でつぶれていく――。渡辺さんらはここ数年、悪循環に陥った事業所を身近に見てきた。
市内の事業所に責任者として勤める男性ヘルパー(34)は、デモに参加する予定だったがかなわなかった。変更のきかない介助予定があったからだ。
3月、同僚の20代女性が「この仕事を続けるのはきつい」と言い残し、看護師を目指すために退職した。7月、20代の男性職員が過労で入院した。
人手不足で代役がいないため、体調が悪くても休めない。7月の労働時間は300時間を超えた。休日は月曜日だけ。しかも日曜は夜勤なので「明け休み」になる。「この1年、夏休みや正月休みを含め、連休を取った記憶はない」
求人をかけても最近は問い合わせすらない。週に2、3人、サービスの利用申し込みがあるが、人をやりくりできず、断らざるを得ない状態だ。
時給は1100円。支援法ができてから100円下がった。利用者宅の間を移動する交通費も足りず、7月は計約2万円を「自腹」で出した。残業代は一部未払い。実質の手取りは月約25万円にとどまる。
この事業所では支援法が施行された06年、介助1時間あたりの平均収入が05年比で約5%、04年比で約12%下がった。いま報酬全体の9割を人件費にあてており、これ以上の時給引き上げは厳しい。「もう現場はもたない。何とか報酬を引き上げてほしい」
かりん燈の渡辺さんは「このままではヘルパーの過労死や重度障害者の死亡事故が起きる」と警鐘を鳴らす。
◇
■過労死水準超す16.6%
600を超す団体でつくる「障害者の地域生活確立の実現を求める全国大行動実行委員会」と「かりん燈」は今年、障害者を介助するヘルパー約880人にアンケートした。
それによると、月給制で働くヘルパーの基本給は平均18万円。「1カ月分以上のボーナスあり」は15.5%、「昇給あり」は11.5%にとどまった。一方、月の平均労働時間(正職員)は194.7時間。過労死ラインの水準(月80時間の残業)を超すと考えられる「月240時間以上」の人が16.6%いた。
実行委員会はこれとは別に07年秋、人材確保をテーマに事業者にアンケートし、全国73事業者から回答を得た。それによると、「過去3カ月にヘルパー不足のために新規利用者を断らざるを得なかった」と答えた事業所が4分の3に達した。
こうした現状を踏まえ、障害者自立支援法の見直しに関する与党の報告書(07年12月)には、人材確保と事業者の経営安定の観点から、09年4月に報酬を改定することが盛り込まれた。
介護の担い手不足は高齢者の分野でも深刻さを増し、社会保障の根底を揺るがす問題となっている。「介護従事者処遇改善法」が5月に国会で成立したが、具体策はまだ見えない。福祉現場の崩壊を食い止めるために、抜本的な対策を急ぐ必要がある。
◇
〈重度訪問介護〉 長時間の支援が必要な障害者に、身体介護、家事援助、移動支援などを一体的に提供する障害者自立支援法のサービス。全国で約7千人(07年12月)が利用する。障害の程度や移動介護の時間に応じて加算がある。支援法以前の「支援費制度」時代は、ほぼ同じ支援を「日常生活支援」と「移動介護」のサービスの組み合わせで提供していた。NPO法人「中部障害者解放センター」(大阪市)の石田義典事務局長は「多くの事業所は自立支援法になって1割以上の減収となっているはずだ」と指摘する。