■重度障害ほど重く 歩くだけでも料金
障害者に重くのしかかる福祉サービス費の1割負担、暮らしを支えるヘルパーの不足、地域での生活に欠かせない訪問介護の制限……。推計約720万人ともいわれる身体・知的・精神障害者の自立を促そうという障害者自立支援法が本格施行されてまもなく2年になる。だが、現場を歩くと、障害者やその支え手から、法の見直しを求める悲痛な声が聞こえてくる。
埼玉県白岡町の知的障害者更生施設「太陽の里」。午前10時、駐車場の一角で入所者6人が堆肥(たいひ)作りを始めた。
林政臣さん(33)は、真剣な表情で天日干しした堆肥をミキサーにかける。職員が50数えるのを待っていったん箱へ。その後、袋詰めし、自分の顔入りのラベルを張って完成だ。
最も重い知的障害のある政臣さんは96年、21歳の時、ここに来た。母親のたみ子さん(60)は週に数回、越谷市の自宅から会いに来る。「ここは政臣の生きがいの場所。終(つい)のすみかです」
だが、2年半前に障害者自立支援法が施行されてから、不安が日々ふくらんでいく。
法施行前の「支援費制度」では、食費や光熱水費も含めて所得に応じて負担していた。政臣さんの場合、約5万円を払っていた。それが法施行後は、福祉サービスの量に応じて原則1割負担が課されることになり、食事や光熱水費も実費となった。このため、1割負担分の2万4600円に加え、食費や光熱水費を合わせた計約8万2千円を施設に払わなくてはならなくなった。体調維持のための栄養補助食品や衣料費でさらに月2万円以上出費がかさむ。
政臣さんのひと月の収入は障害基礎年金約8万2千円と、生前、父親がかけていた障害者扶養共済手当を合わせ約12万円。手元にほとんど残らず、貯金もない。たみ子さんは清掃のアルバイトで生計を立てているが、政臣さんを支える余裕はない。
「法律ができて、重度の障害者ほど負担が重くなった。意思をうまく表現できない息子が自立して生きていくことは今の制度ではできないと思う」。たみ子さんは表情を曇らせた。
◇
「私たち視覚障害者は、ヘルパーにお金払わんと道を歩かれへん。料理や掃除も十分にできひん。好きで障害者になったわけやないのに……」
神戸市の吉田淳治さん(67)は、外出時に事業所から派遣されるヘルパーに同行してもらう移動支援と、ヘルパーに自宅で料理や掃除などをしてもらう家事援助を利用する。1割負担として払う利用料は月計6千円。目が不自由な妻しず子さん(71)も移動支援を使う。一家の負担は計9千円だ。
支援法ができる前の利用料の負担はなし。「たった9千円とまわりは言うかもしれへん。でも私たちには重い」
小学1年の時、疎開先の福井県で地震の生き埋めになり、目を痛めた影響で小学6年の時に失明した。大阪市内の盲学校を卒業後、マッサージ店に就職。32歳でしず子さんと結婚した。「仕事といえばマッサージ業。限られた選択肢の中で生きていくしかなかった」
そのマッサージ業は、体力の衰えもあって「開店休業状態」。自営収入と夫婦2人分の障害基礎年金を合わせたひと月の収入は約21万円なのに対し、支出は家のローンや食費、光熱水費、電話料金など計約20万円。そこに1割負担の9千円がのしかかる。外出時のヘルパーの交通費も払わなければならないし、スーパーのチラシが読めず割高な商品を買うなど「障害者ゆえにかかる小さな出費の積み重ねが生活を圧迫する」と言う。外出を控え、食べたいものを我慢したこともある。
「もし突然、目が見えなくなって、道を歩くのにお金がかかると言われたら、いったいだれが納得するでしょうか」
◇
政臣さん、吉田さん夫婦、そして全国各地の障害者約30人がこの夏、1割負担は憲法違反などと訴え、負担の免除を求める行政不服審査を申し立てた。10月末には集団訴訟を起こす予定だ。来年春の障害者自立支援法の見直しに向け、国の論議が今後本格化するのを前に、障害者支援の現場から見える課題を3回にわたり報告する。
■「生きること」に課金 強い憤り
障害者自立支援法に、福祉サービスの量に応じた原則1割(応益)負担が導入されたのはなぜか。引き金になったのは、03年度に始まった「支援費制度」だ。障害者が自由にサービスを選べるようになり、利用者が増加。財源不足に陥った国は、サービス費用を障害者を含め、皆で支え合おうとの考えを打ち出し、支援法で所得に基づく「応能負担」からの転換を進めた。
これにより、支援法に基づくサービス利用者のうち約9割に費用の負担が生じることに(08年1月、厚労省調べ)。受けるサービスが多い重度障害者ほど負担が重くなり、福祉サービスの利用を控えたり、施設から退所したりする人が相次いだ。
日本社会事業大学の佐藤久夫教授(障害福祉論)は「応益負担は『障害は自己責任』という考えにつながるもので、障害者の生きる意欲をそぐ」と指摘する。障害の原因となるけがや事故はいつ何時、自分の身に降りかかるか、予想できない。だれもが障害者になる可能性はある。それにもかかわらず、食事や排泄(はいせつ)、移動など生きるのに最低限の支援を「益」とみなし、負担を課すこと自体に対する強い憤りが広がっている。
03年の日本の国内総生産(GDP)に占める障害関連給付費の割合は0.7%。経済協力開発機構(OECD)加盟国でデータが得られた29カ国中、メキシコ、韓国についで下から3番目という。佐藤教授は「福祉先進国の欧州では、利用料負担はないか、あっても所得に応じた応能負担が主流だ」と話す。日本の障害者福祉の予算レベルの低さが問題の根底にあるといえるだろう。
(この連載は森本美紀、清川卓史、向井大輔が担当します)
◇
〈障害者自立支援法〉 身体・知的・精神の福祉サービスを一元化し、就労支援の強化を盛り込んだ。さらに、障害者の自己負担を所得に応じた「応能負担」から、サービスの利用量に応じて原則1割を定率で支払う「応益負担」に転換した。06年10月に本格施行。