10月30日(ブルームバーグ):全米証券化会議(ASF)を率いるジョー
ジ・ミラー氏(39)は9月のある夕刻、60人のバンカーらと会合した。話題の
中心はまだ記憶に新しかったリーマン・ブラザーズ・ホールディングスの破た
んではなく、証券化業界の未来だった。
米財務会計基準審議会(FASB)が、数兆億ドル規模の簿外資産を金融
機関のバランスシート上に戻させる規則を計画しているというのだ。そうなれ
ば、こうした資産を引き取った機関は膨大な引当金を積み増さなければならな
い。証券化事業の市場規模は今年1-6月(上期)に47%縮小した。業界とし
てはさらなる悪材料を受け入れるわけにはいかなかった。
翌日、ミラー氏は業界のメッセージを携えて、簿外資産の拡大について調
査している米上院の公聴会に臨んだ。同氏はFASBの提案について「悪しき
ルールを拙速に採用すれば、金融市場と経済に大きなリスクをもたらす」と主
張した。
簿外資産を認める会計規則は、米国の金融機関が有害資産を全世界にまき
散らす1つの原因となった。米上院の証券関連の小委員会を率いるジャック・
リード議員(民主、ロードアイランド州)は、この抜け穴が「今回の危機を増
幅させた1つの要因」と指摘している。どの程度に増幅されたかは次の数字で
分かる。世界の金融機関がこれまでに計上した評価損・貸倒損失の合計は6800
億ドル(約67兆円)余り。その約3分の1は欧州の金融機関が出した。
見送られた規制
ロビイストらの活躍によって、FASBの決定は遅れ米金融システムの最
重要部分は規制当局の手の届かないところに温存された。相対取引のデリバテ
ィブ(金融派生商品)への規制は見送られ、米証券取引委員会(SEC)は投
資銀行の自己資本比率要件を緩めた。このおかげで、投資銀行は借り入れを増
やすことで利益を拡大させることができた。住宅金融業界の監督当局も、米サ
ブプライム(信用力の低い個人向け)住宅ローン市場が崩壊するまで、規制を
強化しようとはしなかった。
米国の規制や会計規則の影響は、同国の各地で差し押さえられた住宅の山
を経由して欧州各国に及んだ。欧州では各国政府が巨額な資金を金融システム
に注入して信用危機の拡大に歯止めをかけようと苦戦している。この伝播(で
んぱ)の道を造り上げた素材には、株主や監督当局の目の届かないところに資
産を追いやることを可能にしたFASBの決定などが含まれている。
会計事務所プライスウォーターハウスクーパースのパートナー、ポーリ
ン・ウォラス氏は、簿外の会計処理について「一種の魔法だといつも思ってい
た」として、「パーティー会場で物を消して見せる手品のようだ。リスクはどこ
かにあるのだが、その場所は決して分からない」と話した。
FRBの権限強化
納税者の老後資金が目減りするなかでの金融機関救済には批判が強い。こ
れに対応し、米議会は銀行と証券会社への規制を見直し、米連邦準備制度理事
会(FRB)の権限を強化する可能性が高い。
ブルッキングス研究所のエコノミスト、ロバート・リタン氏は「FRBが
正式なシステミックリスク監視当局になっても驚かない」と語る。その通りに
なれば、6月30日までFASB委員を務めていたドナルド・ヤング氏にとって
は皮肉なことだ。同氏は9月18日にミラー氏と同じ公聴会で、SECとFRB
は監督対象の金融機関とともに、簿外資産についての情報開示強化に抵抗した
と指摘。「金融機関と監督当局からのFASBへの働き掛けはとどまるところを
知らなかった」と語っていた。
同氏はリード議員にあてた6月26日の書簡でも同様の指摘をし、ロビイス
トらは大幅な規則変更が信用市場の機能を妨げると主張したが、FASBがそ
れを退けられず、行動しなかった結果「信用市場の機能を妨げる代わりに崩壊
に手を貸すことになった」と述べた。
同氏はインタビューで、簿外資産の問題点は「透明性の欠如」だと説明。「リ
スクを増やしてもそれをバランスシートに反映させず、見た目を良くする」こ
とが可能になるとし、それが簿外資産の活用を増やしたとの見解を示した。
10年越しの取り組み
FASBは過去10年にわたり、簿外資産をめぐる会計処理の問題に取り組
んできた。証券化される金融商品の大半は簿外資産となる。住宅ローンや消費
者ローンなどの債権を証券化する際、基になる債権を創出したオリジネーター
(貸し手)は債権を別会社に売却することで、売り上げを計上すると同時に資
産(債権)を自社バランスシートから切り離す。この結果、資産は膨らまず、
対応して自己資本を増やす必要もないため、積極的に融資を増やし利益を高め
ることができる。
米銀シティグループは6月30日時点で1兆1800億ドルの簿外資産があっ
たことを明らかにしている。このうち8283億ドルは適格特別目的会社(QSP
E)と呼ばれる簿外会社が保有していた。QSPEの要件は設立者の金融機関
が支配権を持たないこと。金融機関はまた、ストラクチャード・インベストメ
ント・ビークル(SIV)と呼ばれる簿外組織も設立した。SIVはQSPE
が発行する住宅ローン担保証券やそれを基に組成された債務担保証券(CDO)
を購入していた。
証券化事業の急成長は1990年代半ばから始まった。今から10年ほど前、
ウォール街はインターネット関連株ブームのなかで繁栄を謳歌(おうか)して
いた。当時のFRB議長、アラン・グリーンスパン氏は、市場は自ら問題を解
決する能力があるとの説を信奉しており、当時の米議会も規制緩和に前向きだ
った。
こぞって反対
1998年、グリーンスパンFRB議長とルービン財務長官、レビットSEC
委員長(いずれも当時)は相対取引のデリバティブへの規制検討に反対した。
議会は2000年に、同市場を規制の対象としない法律を成立させた。
企業の債務を保証するクレジット・デフォルトスワップ(CDS)の市場
規模はその後、01年の水準から100倍近くに拡大することになる。このデリバ
ティブはリスクを分散させる一方で、不安も呼んだ。ニューヨーク連銀のデー
タによると、CDS取引はその90%が17の大手金融機関に集中。1社が破たん
すれば他社は巨額損失に直面する。このような不安は、最近の信用逼迫(ひっ
ぱく)の中心である銀行間市場での貸し渋りの一因となった。
FASBは証券化事業の拡大に対応するため、1996年6月に簿外資産向け
の会計基準を発表していた。2000年には、より多くの情報の開示を求めるとと
もに担保に関する規則を盛り込んだ「FAS140」ができた。規則によると、外
部からの出資が3%以上ある組織は、簿外会社とすることができる。エネルギ
ー会社エンロンの破たんで簿外会社への批判が高まったことを受けて、FAS
Bは03年1月にこの比率を10%まで引き上げる新規則「FIN46」を提案した。
銀行の反撃
銀行側は反撃した。米銀行協会(ABA)は同年7月のFASBあて書簡
で拙速を戒めた。結局、同年12月にFASBは銀行が手数料を受け取って運営
する簿外のインベストメント・ビークルに関する規則を緩やかにした改訂版の
「FIN46R」を発表した。
さらに、ウォール街の大手投資銀行は04年、ブローカー・ディーラー部門
が準備を義務付けられる損失引当金の規模を30%縮小させることに成功した。
この結果、金融機関はレバレッジ率を高め、米サブプライムローン関連証券へ
の投資をさらに増やすことができるようになった。ベアー・スターンズのレバ
レッジ率は規則変更後に33.5倍と、変更前の26.4倍から高まった。
簿外資産をめぐるFASBの行動の遅れや規則変更のおかげで、金融機関
は資産の大きな部分を世間の目から隠すことができた。サブプライム危機が表
面化し始めた後の07年5月、FASBはQSPEの廃止を提案。今年4月に承
認された。
爆発した時限爆弾
FAS140では、QSPEの資産はその活動が出資金融機関の支配の外にあ
る場合に限り、簿外とすることが認められていた。しかし、貸し手による「能
動的な管理と大規模な再編」が必要なサブプライムローンの登場が、QSPE
の概念を押し広げたとFASBのロバート・ハーツ会長は振り返る。9月18日
の講演で「今となってみれば、QSPEとされていたものの多くは時限爆弾だ
った」として、サブプライムローンのデフォルト(債務不履行)という「爆発
が起こり始めた」ことを指摘した。
FASBは今年7月、QSPEの廃止の時期を09年11月15日まで先送り
することを決めた。大手銀行や議員、業界団体などが、急激な変化は投資家を
混乱させると主張した結果だった。
アラン・ブラインダー元FRB副議長はインタビューで、FASBは「業
界から強い圧力を受けていた」とした上で、「業界も監督当局も、簿外組織に疑
いの目を向けることを怠り、最悪のシナリオになった場合の影響の大きさに気
付くことができなかった」と述べた。
今月23日の米下院の公聴会でサブプライムローン拡大に歯止めをかけなか
ったことについて糾弾されたグリーンスパン氏は、証券化商品の発行者に多く
の部分を保有させる規制に賛成の考えを示した。米下院金融委員会のバーニ
ー・フランク委員長(民主、マサチューセッツ州)も27日、「証券化というこ
の偉大な発明の行き過ぎを抑えるため」に規制に賛意を表明した。
一方、ノーベル経済学賞受賞者のジョゼフ・スティグリッツ・コロンビア
大学教授は21日の公聴会で「米国は有毒な住宅ローン資産を海外に輸出した。
輸出していなかったら、問題は米国内でさらにひどくなっていただろう」との
見解を示した。
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