札幌の会社が開発・販売するパソコンの音楽制作ソフト「初音(はつね)ミク」が、旋風を巻き起こしている。ソフト購入者がオリジナルのメロディーや歌詞、映像を作り、次々とインターネット上で発表し、埋もれていた才能を開花させている。ソフトは本年度のグッドデザイン賞(日本産業デザイン振興会主催)も受賞。新たな文化の源となっている。(岡本玄吾)
4万本以上販売 ネット上で作品続々
「本当に人が歌っているようで感動した」「音楽作りの夢を取り戻してくれた」−。
十二日夜、札幌市中央区の紀伊国屋書店札幌本店で開かれた「初音ミク現象」について考えるイベント。会場を埋めた二百人を超す参加者からは、初音ミクについて、こんな感想が出された。
道内各地のほか、東京から駆けつけた女性も。用意した七十席では足りず、ほとんどの人は立ったまま。会場は熱気に包まれた。
主催は、北大科学技術コミュニケーター養成ユニットの修了生ら。このソフトを昨年八月に開発・販売したクリプトン・フューチャー・メディア(札幌)の伊藤博之代表取締役をゲストに招き、開発のコンセプトや今後の行方などを聞いた。
千本売れればヒットと言われるこの種のソフトだが、初音ミクはわずか二週間で三千本を販売。これまでに四万本以上が売れた。パソコンに音階と歌詞を入力すると、女性の声で歌ってくれる。声のベースは女性声優のもので、仮想アイドル歌手「初音ミク」が歌っていると設定した。実勢価格は一万五千円ほどだ。
爆発的な人気につながったのが、ボーカルソフトそのものの面白さに加え、初音ミクに東京・秋葉原を中心とするアニメ文化的なキャラクター画像を設定したことだ。
創作動画と
クリプトン社が発表している初音ミクのキャラクター画像は立ち姿など三種類だけだが、購入者はこれらの画像をもとに、別のソフトを使ってさまざまなポーズのイラストや動画を創作。中には、初音ミクが日本武道館でコンサートを開いている様子や三次元映像などの動画も。完成度の高いアニメーション作品が多い。
同社も二次創作については、営利目的などを除き制限を加えない異例のガイドラインを策定した。ネット上では、創作動画がこのソフトで作成したオリジナルの曲や歌とともに、動画投稿サイト「ニコニコ動画」や「ユーチューブ」に次々と発表され、視聴者からは「微妙な切なさが胸にくる」「演出がうまい」などの感想が書き込まれている。
CD発売も
購入者がつくり、次々と広がる初音ミクの世界。伊藤さんは「(急速な)進化は面白くて、スリリングだった。予想を超える反響でした」と驚く。
同社は昨年十二月、メロディーや歌詞、イラストなど、クリエーター同士が得意な分野で投稿しあい、協力して新しい作品を生むためのサイト「ピアプロ」も開設した。他人の歌詞に自分の曲をつけ、好きな動画と一緒に発表するなど、共同制作が相次いで生まれている。
「カジュアルに自己表現ができるようにしたい」。伊藤さんが初音ミクに込める思いはこうだ。これまで自分の音楽を認めてもらうには東京に行く必要があった。しかし、夢がかなうのはわずか。
「しょぼくれて帰ってくる人を何人も見てきた。既存の音楽産業は若い人が使い捨ての状況」と伊藤さん。音楽をやっている人はプロになりたいというよりも、自分を認めてもらえる活動の場がほしいのだと考える。
それが、初音ミクによって、札幌に住んでいても、他に仕事があっても、年一、二曲だけでも、自分の作品を世界に発表できる。
「ゆくゆくは地方の産業になるのではないか」。そんな思いも、心の底にある。
インターネット上の人気を背景に、初音ミクのキャラクターはテレビゲームのソフトや漫画にも登場している。八月末には、大手CD制作会社のビクターエンタテインメントからCDも発売された。
札幌生まれの初音ミク。まだまだその人気は衰えそうにない。
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<「若者の欲求 簡易に実現」 武邑・札幌市立大教授>
「初音ミク現象」について、札幌市立大デザイン学部の武邑(たけむら)光裕教授に聞いた。
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フォークギターがはやった時代から、音楽文化には若者が参画してきた。普通の若者が楽器を演奏し、聞いてほしいという欲求を、簡易に実現させたソフトが初音ミクだ。動画投稿サイトが一つのきかっけになり、若者たちのライフスタイルや表現欲求とくっつき、これだけのブーム、文化をつくった。
クリプトン社がまぐれで初音ミクをヒットさせたと思うかもしれないが、若者文化のトリガー(きっかけ)となっている会社が、他にも札幌から生まれている。札幌は日本文化をグローバルな形で外から見られるからだ。
道内の若い世代が、東京一極集中の文化生産と違うスタンスで、日本や世界のマーケットを見始めている。今後も、このスタンスを意識したほうがいい。