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2007/11/04

JOG-Mag No.521 暴走する「世界の工場」中国

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■■ Japan On the Globe(521)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

        The Globe Now: 暴走する「世界の工場」中国
    
             「世界の工場」は政策的に作られたコスト競争力を
             武器に、世界中の中小企業をなぎ倒していく。
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■1.プラートの苦難■

    プラートはイタリア北部の人口18万人ほどの町である。
   700年以上もヨーロッパの織物業の中心地として栄え、アル
   マーニ、プラダ、グッチなど高級ブランド企業がここで買いつ
   けを行ってきた。

    中央広場のごつごつとした石畳、壮麗な大聖堂、赤茶色の屋
   根の続く街並み、遠くの低い緑の丘、、、いかにもイタリアの
   古都らしい情景である。

    しかし、西の町外れだけが別世界となっている。窓に漢字が
   書かれた美容院、漢方薬の店、ネオン輝く娯楽クラブなど、ま
   るで中国の街並だ。プラートの人口18万人のうち、いまや中
   国人が2万人を占めている。

    彼らは初めは外人労働力として、プラートの伝統企業に雇わ
   れていたのだが、技術を習得すると独立していった。プラート
   の商工会議所に登録された中国人経営の企業は1992年の212社か
   ら、2003年には1753社へと急増した。

    これらの会社は中国本国に大規模な製造工場を造り、低賃金
   労働力を武器として、高級ブランド企業の注文を奪い始めた。
   デザインだけプラートで行い、製造そのものは中国で行う。そ
   の完成品に高級ブランドのラベルを縫いつける仕事だけがプラ
   ートで行われる。

    そのコスト競争力に押されて、2000年に6千社もあった伝統的
   なイタリア人経営の中小企業は、2005年には3千社を切ってい
   た。700年の織物工業の歴史が、いまや断絶の危機に瀕して
   いる。市当局には打つ手が見つからないようだ。

■2.黄の冒険■

     プラートに住む中国人の多くは、不法入国でやってきた。そ
    のうちの一人、黄の冒険譚は次のようなものだ。

     黄の父親は福建省でスッポンを養殖し、日本に輸出して稼い
    でいた。しかし、日本のバブル崩壊で需要が減ると、スッポン
    の価格が暴落し、養殖事業は躓(つまず)いた。父親は不法な
    地下銀行から金を借りていたが、支払い不能に陥ると、刑務所
    を兼ねている市庁舎の地下に監禁された。不法な地下銀行は、
    地方政府が経営していたのである。

     黄に残された手段は、妻と息子をおいて、海外に出稼ぎに出
    ることだった。地下銀行と交渉して、金を借り増し、犯罪組織
    「蛇頭」にヨーロッパへの密入国を依頼した。地下銀行は返済
    ができなければ、黄の親戚一同の財産を差し押さえるという条
    件で金を貸してくれた。

    「蛇頭」は黄に出国印の押された偽造パスポートを渡し、北京
    からロシアに向かう貨物列車に潜り込ませた。モスクワの手前
    で、列車から飛び降り、迎えに来た白いバンに乗せられた。そ
    こから車や貨物船を乗り継いで、なんとかイタリアに上陸でき
    た。そしてミラノを振り出しに、掃除や食器洗い、荷物運びな
    どの単純作業を続けながら、4年間、ボローニャ、ローマを転
    々とし、プラートまでやってきたのだった。

     プラートでの中国人労働者の典型的な賃金は、1日10数時
    間働いて月600ユーロ(約9万円)。生活を切り詰めてなん
    とか黄は父親の負債の返済を始め、父親はようやく解放された。
    4年で返済を終えたが、黄はまだ妻と子供の元には帰れない。
    15歳の息子の教育費を払うためだ。

■3.プラートの栄華と没落■
    
     黄のような不法入国者がプラートにやってきたのは、1980年
    代の半ばからだった。プラートの子供たちはまるで宇宙人でも
    見るかのように、中国人を眺めた。当時は人数も少なく、すぐ
    に町の織物工場で雇われた。

     90年代の前半には中国人労働者は1万人に増えた。床の掃
    除や、ラベルの縫いつけ、織物の裁断など、低賃金にも関わら
    ず、長時間を不満も言わずに働いた。その中から熟練工も育っ
    ていった。さらに一部の中国人たちは母国から安い糸や布を仕
    入れて、プラートのイタリア企業に供給するビジネスも始めた。

     安価な中国人労働力と中国産原料を使うことで、プラートの
    企業のコストは下がり、大いに潤った。地方政府は喜んで、移
    民サービスセンターを設置し、不法でも構わずイタリアに渡っ
    てきた中国人の世話をした。

     しかし、そんな蜜月時代は長く続かなかった。中国人工員た
    ちは何年か勤めて技術を得ると、会社を辞めて独立する。ぼろ
    を着た出稼ぎ労働者が、いかにして工場を辞めた翌週に元ボス
    の競争相手となったか、という記事が地元紙の商業面を賑わせ
    た。

     まだ20代の女性起業家・王一華もその一人だ。王も蛇頭の
    手引きで19歳にしてイタリアに不法入国した。いまでは中国
    人の工員とイタリア人のデザイナーを雇う「グレート・ファッ
    ション」という企業の代表におさまった。フォルクスワーゲン
    に乗り、高級なサングラスをかけ、流暢なイタリア語を話す女
    性起業家である。
    
■4.同じ苦難はコモ、ビエッラ、モンテベルーナにも■

     プラートを襲った苦難は、イタリアの伝統的産業に支えられ
    てきた都市に共通の運命である。

     北部の美しい湖畔の町コモは、古代ローマ時代から絹織物の
    中心地だった。20年ほど前に中国の絹産業が復活すると、中
    国産の絹糸のほうが、コモのものよりも安くて、品質も大差な
    いことが明らかになった。さらに、安い労働力目当てに紡績と
    製織の作業が中国に外注されるようになった。

     そのうちに浙江省の企業が、コモで使われているコンピュー
    タ制御の織機を導入した。これを昼夜動かすことで、この企業
    は数年のうちにコモの伝統的企業を次々と廃業に追い込みだし
    た。7年でこの地域でのコンピュータ制御の織機の数は670
    台にまで急増し、世界の絹ネクタイのほぼ半分を生産するよう
    になった。

     今やコモの伝統的企業に残された競争力はデザインだけだ。
    しかし、それも風前の灯火である。浙江省のネクタイメーカー
    の最大手「巴貝(パペイ)」は、輸出した絹物の支払いが困難
    になったイタリア企業から、代金と相殺にデザイン工房を譲り
    受けた。膨大なデザイン見本帳とイタリア人デザイナーを手に
    入れて、優れたイタリアン・デザインのネクタイを年間2千万
    本もの生産能力で世界に供給できるようになった。

     フランスとの国境に近い毛織物の町ビエッラでも、中国企業
    の攻勢で、13世紀から川沿いに並んでいた工場が次々と閉鎖
    に追い込まれている。北東部の町モンテベルーナは登山靴生産
    のメッカだったが、安価な外国製品との対抗上、各企業はこぞっ
    て生産をルーマニアの工業団地にシフトした。
    
■5.イリノイ州ロックフォードの苦難■

     中国企業の攻勢に喘いでいるのは、イタリアの繊維産業など
    軽工業分野だけではない。アメリカの機械工業も同様である。

     イリノイ州ロックフォードは見渡す限りの農地に囲まれた典
    型的な中西部の町である。ここは19世紀末にインガソルとい
    う企業が工作機械の製作工場を設立して以来、アメリカの工作
    機械産業の中心地として発展してきた。

     20世紀の幕開けと共に自動車産業が勃興すると、インガソ
    ルの工作機はたちまち評判となった。ヘンリー・フォードの大
    衆車「T型モデル」の製造にも一役買った。その後も航空機や
    戦闘機、原子炉の部品の開発にも参画して、専門技術を蓄積し
    ていった。

     こうした中西部の工作機メーカーは、戦争や景気後退、日本
    ・韓国メーカーの台頭も乗り切ってきた。しかし、中国企業の
    攻勢にとどめをさされつつある。ある統計では、オハイオ州な
    ど10州の金属加工業者のうち、2003年5月から翌年9月にか
    けて180件の倒産や廃業があった。3日に1件の割合である。
    中国の競争相手が前ぶれもなく、3分の1か、それ以下の値段
    で売り込みをかけてきたらしい。

■6.ハイエナのような手口■

     こうした倒産や廃業に伴って工場設備が競売にかけられるが、
    そうした場にも中国企業が姿を現した。機械設備、設計図、操
    作ノウハウを手に入れるためである。自動車などの近代工業や、
    軍需産業を興すには、工作機械が重要な役割を果たすので、中
    国政府は積極的に先進技術を買いあさるよう国有企業に促して
    いる。

     インガソル社も2003年に倒産し、最初に売りに出された自動
    車用の工作機械部門は、中国の巨大な国有企業「大連工作機械」
    が買収した。数十年かけて蓄積された自動車製造技術の設計図
    や工業規格の書類の山が、ただちに中国本社に送られた。

     大連工作機械は次にインガソルの切削機部門も買収しようと
    したが、こちらは米政府に阻止された。この部門は米軍からの
    注文で、ロケットの燃料タンクの性能を高める技術を開発した
    り、B−2ステルス爆撃機がレーダーに映らないようにする素
    材を塗る機械を開発していたからだ。

     低価格攻勢でアメリカの工作機メーカーを倒産に追い込み、
    競売にかけられた設備や設計図などを買収して技術を手に入れ
    る。まさにハイエナのような手口である。
    
■7.分断されるアメリカ社会■

     ロックフォードにある「ダイアル・マシン」社は、ここ数年
    で従業員70人のうち30人の解雇を余儀なくされていた。同
    社のエリック・アンダーバーグはこう語る。

         わが社でずっと働いてきた人たち、家族もよく知ってい
        る人たちに、もう仕事はないと告げるのはたまらない気分
        です。もはやロックフォードには時給16ドル、17ドル
        を稼ぐ熟練工に働き口がないことは誰でもが知っています。

     解雇された熟練工たちの行き場は、ウォールマートなどの安
    売り店だ。時給7ドルで年金もない。

     アメリカの国勢調査局によると、アメリカでは所得の中流層
    が少なくなっている。2003年に収入2万5千ドル(約290万
    円)から7万5千ドル(約870万円)の就労者は減少したが、
    それ以下とそれ以上の人は増加した。

     時給16ドルを稼ぐ熟練工が、時給7ドルで年金もない就労
    者になる。7万5千ドル(約870万円)以上もの収入がある
    階層とは、ウォールマートのように安価な中国製品を大量に販
    売して儲ける大規模チェーン店や、中国に生産を外注してコス
    トを下げる大手メーカーの経営者、管理者だろう。

     中国企業の攻勢によって、アメリカの中小企業と中産階級は
    直撃され、大企業での低賃金労働者と高給取りのスタッフとに
    分断されつつある。
    
■8.不公正なコスト競争力■

     こうして、世界各地で中国企業は猛威を振るっているが、そ
    のコスト競争力は中国政府が政策的に作り出したものだ。この
    点を『ファイナンシャル・タイムズ』の元北京支局長ジェーム
    ズ・キングは、次のように指摘する。

         中国は、対ドルの通貨価値を割安に固定して、輸出の大
        きな競争力としていた。労働者にはほとんど、またはいっ
        さい福利厚生を与えないから、原価が人為的に低く抑えら
        れている。独立した組合はなく、中国の工場で見てきた安
        全基準は、アメリカなら違法ものだった。

         国有銀行は国有企業に低利で融資しているが、あっさり
        債務不履行になることもある。中央は輸出業者に対して、
        アメリカにはない気前のいい付加価値税の払い戻しを行っ
        ている。排ガス規制は手ぬるく、環境保護のための企業負
        担は、そのぶん小さい。企業は外国の知的所有権を当然の
        ように侵害しているが、法廷が腐敗しているのか中央の支
        配下にあるからなのか、起訴はされにくい。最後に、国が
        電気や水など、さまざまな資源の価格を人為的に抑えるこ
        とで、工業を助成している。[1,p130]

     こうして政策的に作られた不公正なコスト競争力を武器とし
    て、中国企業はプラートやロックフォードの中小企業をなぎ倒
    してきたのである。

■9.暴走する「世界の工場」■

     1970年代から80年代にかけて日本の工業製品の輸出がアメリ
    カの製造業を脅かしたた時も「日本はアンフェアだ」と非難の
    声が上がった。現在の中国の製造業がそれを再演しているよう
    に見える。

     確かに当初の日本の輸出攻勢は、低賃金・長時間労働、安い
    円、政府の保護政策に支えられたものだった。しかし、その後
    の日本企業は大きな変貌を遂げた。

     円は変動相場制に移行し、1ドル360円から百数十円程度
    へと3倍も上昇した。人件費も高騰し、福利厚生も行き届いて
    いる。企業への課税水準も環境規制も世界トップレベルである。
    知的所有権に関しても、日本はソニーやパナソニック、シャ
    ープ、トヨタやホンダなど、独自の製品で自前のブランドを築
    き、そのために膨大な研究開発投資を行ってきた。

     こうした努力で、今日では日本が不公正な競争をしかけてい
    る、などと非難する者はいなくなった。しかし、中国の場合は
    日本と同じコースを辿ることは難しいだろう。中国共産党が独
    裁政権を握っていられるのも、経済成長を続けているからであ
    り、そのためには現在の低コスト路線を自転車操業で走り続け
    るしかない。

    「世界の工場」は、世界中の資源を吸い込み、煤煙と廃液を吐
    き出しながら、安価な(時には有害な)工業製品を洪水のよう
    に送り出し、世界中の中小企業をなぎ倒しつつある。そんな
    「世界の工場」の暴走を世界はいつまで許すだろうか。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(505) 断裂する中国社会
    1億円の超高級車を乗り回す「新富人」と年収100ドル以
   下の貧農9千万人と。 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogdb_h19/jog505.html
b. JOG(224) 「油上の楼閣」中国経済
    経済発展する壮大な楼閣は、一触即発の油の海に浮かんでい
   る。 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h14/jog224.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. ジェームズ・キング『中国が世界をメチャクチャにする』★★★、
   草思社、H18
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794215274/japanontheg01-22%22

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■前号、前々号「重光葵(上・下)」に寄せられたおたより

                                           ハドソンさんより
     こんにちは、僕は近畿に住む高校生です。

     重光葵は教科書には名前しか出ない人物です。その人物が、
    テロにより右足を失ったり、ソ連との紛争の解決及び終戦直後
    の日本のためにに尽力したことを初めて知りました。このよう
    な話を聞くたびに「日本人に生まれてよかった」と思えるよう
    になりました。

     戦後自虐史観は僕の学校でもはびこっています。近代史では
    日本の学校なのに日本が完全な悪者扱いです。そういう自虐的
    な授業を受けたらやはり落ち込んでしまいますが、そうなった
    時にこのJOGを読むと、「ああ、まだまだ日本も捨てたものじゃ
    ないな。」と思えます。

     伊勢さん、次のJOG、楽しみにしてますよ!

■ 編集長・伊勢雅臣より

     ご声援ありがとうございます。立派な国際派日本人となるべ
    く、頑張ってください。

     読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
    への返信として、お送り下さい。
     掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
    http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jog/jog_res.htm

============================================================
Mail: nihon@mvh.biglobe.ne.jp または本メールへの返信で
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             http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogindex.htm
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