2008年10月5日
現役の精神科医で作家の帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)さんが、性別の常識を問う小説『インターセックス』(集英社)を刊行した。先端医療が抱える矛盾に切り込み、インターセックスというマイノリティーに光を当てる問題作だ。これまでも人間の尊厳にふれる小説を発表してきた帚木さん。最もいけないことは「無関心」、次に「無知」と話す。
「インターセックス」とは、性器や生殖器の状態や染色体があいまいで、男女どちらかに分類できない人びとのこと。広義でみると新生児100人に1人半の割合でいるという。人格と肉体の性が逆転している性同一性障害とは異なり、両性具有や半陰陽といわれてきた。
数年前、米国の患者の手記を読んでその存在を知った。「無知を恥じた。申し訳ないことだった」。3年かけて集めた資料は、積み上げると60センチの厚さになる。
「医者でさえほとんどが知らないインターセックスという言葉を、まず認知してもらいたい」
本書は、天才産婦人科医・岸川が主人公の『エンブリオ』の続編でもある。法の盲点をつき、流産させた胎児の臓器をひそかに移植している同じ病院が舞台。今回は、秋野翔子医師がインターセックスの患者と向き合いつつ、岸川の過去を暴いていく。
翔子は、幼児期から性別を決めつけて手術する治療を批判し、男女の真ん中があってもいいと主張。正常かどうかは「定義次第」と言い、患者の意志を尊重する。自助グループのモデルケースも示されるのは、「依存症」を専門とする医師ならではだ。
帚木作品の主人公たちは、何かと闘っている。天然痘ウイルスやアパルトヘイトと向き合う医師を描く『アフリカの蹄(ひずめ)』など、それ自体が告発の書。精神科病院を舞台にした人間ドラマ『閉鎖病棟』、朝鮮人の強制連行がテーマの『三たびの海峡』、日本人憲兵の罪を考えさせる『逃亡』など、既存の価値観や偏見と闘う人に光をあてる。
だが、医師同士の権力闘争を書くつもりはない。「法が追いついていない医療の根本の問題をえぐり出してこそ、現役医師が書く意味がある。米国のゴア元副大統領流にいえば『不都合な真実』を明るみに出したい」
47年、福岡県生まれ。「田舎で貧乏。ここで一生終わるのか。抜け出るには勉強するしかない、と小学校高学年の時に思った」。東大文学部を卒業後テレビ局に就職、2年で退職し九州大医学部へ。教授が論文をでっちあげる事件があり、医師の倫理観のあいまいさやうさんくささに直面したことが小説執筆の原動力となった。「だから主人公は、告発する人や権力にたてつく人にならざるを得ない」
後輩医師から「言ったことは必ず実現させる人」と言われている。「小林多喜二が読まれているのは現代作家の怠慢。読んだ人の人生が変わるくらいの小説を書かないと、作家の存在意義はない」(吉村千彰)
著者:帚木 蓬生
出版社:集英社 価格:¥ 1,995
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