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レビュー

犬と猫のリンパ腫治療マニュアル

−その基本から最新の動向まで−

辻本 元

はじめに
 
抗がん剤の使用について説明する際,飼い主の方のなかには,依然として抗がん剤に対して非常に悪い印象を持っている方がおられる。もちろん,ある種の悪性腫瘍は抗がん剤に対する反応がきわめて悪いため,高用量の抗がん剤を使用しなければならず,そのような場合には強い副作用のため動物のquality of lifeが著しく損なわれる。しかし,リンパ腫は,ほとんどの場合,抗がん剤に対する感受性がきわめて高い。したがって,比較的副作用の少ない抗がん剤でも有効であり,しかも比較的低用量で用いることができる。そのため,寛解導入および維持のいずれにおいても,ほとんど副作用の発現なしに有効な化学療法を行うことができる。また,リンパ腫は犬と猫のいずれにおいても最も発生頻度の高い悪性腫瘍であるため,有効で副作用の少ない化学療法プロトコールの開発に関して数多くの研究の蓄積がある。過去30年以上にわたる研究の成果によって,現在では犬と猫のリンパ腫に対する化学療法プロトコールが確立された観がある。言い換えれば,これまでの手法では,リンパ腫に対する化学療法に関する画期的な進展は望めない状況になっている。ここでは,これまでの犬と猫のリンパ腫に対する化学療法についてreviewするとともに,現在の状況を打破するための方向性を示したい。また,化学療法を行う場合には,基本となるプロトコールは存在するが,個々の症例によって考慮しなければならない点が多いため,実際の症例に即した化学療法の選択についても紹介したい。

犬のリンパ腫に対する化学療法

1. 犬のリンパ腫の病型と臨床病期
 犬のリンパ腫の代表的な病型には,多中心型(multicentric form),前縦隔型(cranial mediastinal form),消化管型(alimentary form),および皮膚型(cutaneous form)がある。犬のリンパ腫全体におけるそれぞれの病型の発生頻度は,多中心型−約80%,前縦隔型−約5%,消化管型−5〜7%であり,皮膚型はそれらよりも少ないことが知られている。その他に,症例数は少ないが,眼,中枢神経系,骨,精巣,および鼻腔などにリンパ腫の発生が認められる。
 また,犬を含めた各種動物のリンパ腫について,WHOの臨床病期分類(表1)が用いられている。体内における病変の広がりによって,ステージIからステージVに分類され,さらに全身症状の有無によってサブステージaおよびサブステージbに分類される。したがって,個々の症例の状態によって,その臨床病期をステージIIIa,ステージIVbといった形で表すことができる。 

表1. 犬のリンパ腫の臨床病期分類(WHO分類)

臨床病期

分類のための規準

ステージT
ステージU
ステージV
ステージW
ステージV

単一のリンパ節または単一の臓器(骨髄は除く)のリンパ系組織に限局した病変が認められる。
一つの部位における複数のリンパ節に病変が認められる。扁桃に病変が存在する場合も含む。
全身のリンパ節に病変が認められる。
肝臓や脾臓に病変が認められる.全身のリンパ節に病変がある場合でもない場合でも,この所見があればステージIVとする。
血液や骨髄に腫瘍細胞が認められたり,他の臓器に病変が認められる。ステージI〜IVのいずれの場合でも,それに加えてこれらの所見があればステージVとする。

サブステージa
サブステージb

全身症状が認められない場合
全身症状が存在する場合

2. 犬の多中心型リンパ腫に対する化学療法
 
小動物臨床において,最も症例数が多く,また化学療法によって最も良い反応が得られるのが犬の多中心型リンパ腫である。臨床的に応用可能な化学療法について,ここ20年以上にわたって数多くの研究が行われ,その進歩は目ざましいものがある(表2)。
 犬のリンパ腫は,ごく少数の例外を除き,悪性であり,治療を行わない場合ほとんどの犬は4〜6週間以内に死亡する。
 犬のリンパ腫に対して有効性が認められている代表的な薬剤としては,アドリアマイシン(ドキソルビシン),L―アスパラギナーゼ,ビンクリスチン,シクロフォスファミド,およびプレドニゾロンが挙げられる。その他に,有効と考えられる第二選択の抗がん剤としては,ビンブラスチン,シトシンアラビノシド,アクチノマイシン―D,ミトキサントロン,クロラムブシル,メトトレキサート,およびダカルバジンがある。
 初期に行われた化学療法として単剤による化学療法がある。アドリアマイシン(30mg/m2,IV,3週おき)の単剤療法では,寛解率50〜70%,生存期間の中央値6〜8ヶ月,といった成績が得られている(表2)が,その他の薬剤を用いた単剤化学療法はきわめて有効性が低い。現在では,アドリアマイシン以外による単剤化学療法は推奨されない。
 初期の併用化学療法では,アドリアマイシンを用いない組み合わせが用いられてきた。その代表的なものがCOPプロトコール:シクロフォスファミド(C)+オンコビン(O)(ビンクリスチンの商品名)+プレドニゾン(P)である。この併用療法は,単純で,容易に行うことができ,また副作用も少なく,寛解率60〜70%,生存期間の中央値6〜7ヶ月の成績が得られているため,以前には広く用いられたプロトコールである。
 その後,ヒトの非ホジキンリンパ腫で用いられているCHOPプロトコール:シクロフォスファミド(C)+ハイドロキシダウノルビシン(H)(アドリアマイシン)+オンコビン(O)+プレドニゾン(P)をもとにして,アドリアマイシンを組み込んだ複数のプロトコールが用いられるようになった。このようなCHOPプロトコールを基本とした方法を犬のリンパ腫に用いた場合,寛解率80〜90%,生存期間の中央値約12ヶ月,の成績が得られており,アドリアマイシンを使用しないプロトコールよりも明らかに有効な治療法であることが示されている(表2)。また,このCHOPを基にしたプロトコールの多くでは,L―アスパラギナーゼが追加されており,それによって化学療法に対する反応率が上がり,寛解導入が速やかになると考えられているが,L―アスパラギナーゼを使用することによって生存期間が有意に長くなるということは証明されていない。このようなCHOP-baseでL―アスパラギナーゼを加えた治療法として,ニューヨークアニマルメディカルセンターのAMC-1,2プロトコール,ウィスコンシン大学のUW-Madisonプロトコール(表3),タフツ大学のVELCAPプロトコール,イリノイ大学のCOPLA/LVPプロトコールなどがある。いずれも,基本的には同様の治療法であり,その成績も同様である。つまり,生存期間の中央値は12ヶ月,2年生存率は25%という壁を越えることができず,最新の報告でも,それよりも優れた成績は得られていない。したがって,CHOP-baseのプロトコールにL―アスパラギナーゼを加えた現在の治療法では限界が見えてきているようである。

 
表2. 犬のリンパ腫に対する各種プロトコールとその有効性

プロトコール

症例数

寛解率

寛解期間の中央値(月)

生存期間の中央値(月)

1年生存率

文献

COP
A
VMC-L
VCA-L
L-PVCD
L-VCAM
L-VCA-Short

20
37
147
112
21
55
51

70%
59%
77%
73%
71%
84%
94%

3.3
4.4
4.7
7.9
5
8.4
9.1

7.5
7.7
9.7
11.5
7.6
11.9
13.2

<10%
NR
25%
50%
NR
50%
NR

1
2
3
4
5
6
7

C:シクロフォスファミド,O:オンコビン(ビンクリスチン),P:プレドニゾン
A:アドリアマイシン(ドキソルビシン),V:ビンクリスチン,M:メトトレキサート
L:L-アスパラギナーゼ,D:ダクチノマイシン,NR:報告なし
文献
1 Carter,R.F.et al.,J.Am.Anim.Hosp.Assoc.23:587-596(1987)
2 Postorino,N.C.et al.,J.Am.Anim.Hosp.Assoc.25:221-225(1989)
3 MacEwen,E.G.et al.,J.Am.Vet.Med.Assoc.190:564-568(1987)
4 Greenlee,P.G.et al.,Cancer 66:480-490(1990)
5 Khanna,C.et al.,J.Am.Vet.Med.Assoc. 213:985-990(1998)
6 Keller,E.T.et al.,J.Vet.Intern.Med.7:289-295(1993)
7 Garrett,L.D.et al.,Proc.19th Annu.Conf.Vet.Cancer Soc.3-4(1999)

 最近話題になっている議論は,寛解導入後の長期の抗がん剤維持療法が必要かどうかという点である。いくつかの報告から,長期間維持療法を続けていても治療成績の向上は望めないという見解が一般的になってきている。維持療法によって経済的および時間的負担がかかり,また維持療法に用いた抗がん剤のために薬剤耐性が起きる可能性もある。治療を中止する時期については議論のあるところであるが,ウィスコンシン大学のVailらは治療開始後6ヶ月の時点で完全寛解の状態にあればすべての治療を中止することを推奨している(表3)。

表3. ウィスコンシン大学における犬のリンパ腫に対する多剤併用プロトコール(UW-Madison, L-VCA-Short)

薬 剤

1


2

3

4

6
7
8
9
11
13
15
17
19
21
23
25

ビンクリスチン
L-アスパラギナーゼ
プレドニゾン
シクロフォスファミド
プレドニゾン
ビンクリスチン
プレドニゾン
アドリアマイシン
プレドニゾン
ビンクリスチン
シクロフォスファミド
ビンクリスチン
アドリアマイシン
ビンクリスチン
シクロフォスファミド
ビンクリスチン
アドリアマイシン
ビンクリスチン
シ クロフォスファミド
ビンクリスチン
アドリアマイシン

0.7 mg/m2, IV
400 IU/kg, IM
2.0 mg/kg, PO, SID
250 mg/m2, IV
1.5 mg/kg, PO, SID
0.7 mg/m2, IV
1.0mg/kg, PO, SID
30 mg/m2, IV
0.5 mg/kg, PO, SID
0.7 mg/m2, IV
250 mg/m2, IV
0.7 mg/m2, IV
30 mg/m2, IV
0.7 mg/m2, IV
250 mg/m2, IV
0.7 mg/m2, IV
30 mg/m2, IV
0.7 mg/m2, IV
250 mg/m2, IV
0.7 mg/m2, IV
30 mg/m2, IV

・25週目以降はすべての治療を中止する(25週目の時点で完全寛解が得られている場合)。
・それぞれの抗がん剤投与の前にCBC検査を行う.好中球数が2000/μl未満であれば5〜7日後に再びCBC検査を行う。
・シクロフォスファミドの投与によって無菌性出血性膀胱炎がみられた場合,その後はシクロフォスファミドの代わりにロイケラン(1.4 mg/kg, PO)を用いる。
・この治療プロトコールを行った場合,完全寛解率93%,生存期間の中央値13ヶ月の成績が得られている。

 化学療法によって寛解が得られた後,ほとんどの犬のリンパ腫は再発する。この再発においては腫瘍細胞の抗がん剤耐性獲得が深く関与しているものと考えられている。一般的には,最初の再発時には,寛解導入プロトコールの最初の治療(寛解導入に有効であったもの)に戻ることが推奨される。症例によって大きく異なるが,再発時における寛解導入療法による反応率と反応期間は,最初の治療のときの約半分と考えられる。それが有効でなかった場合には,いわゆるレスキュー療法(表4)を行う。単剤としてレスキュー療法に用いられる薬剤には,アクチノマイシン―D,ミトキサントロン,アドリアマイシン(アドリアマイシンが寛解導入プロトコールに用いられていない場合),ロムスチン(CCNU)などがある。また,アドリアマイシン+ダカルバジン,シスプラチン+シトシンアラビノシド,MOPPなどの併用療法の報告もある。どのレスキュー療法が一般的に最も優れているとは言えず,ほとんどの治療法において,その反応率は40〜50%,反応期間は1.5〜2ヶ月といったところが標準のようである。

表4. 犬のリンパ腫の再発時におけるレスキュー療法

薬 剤

症例数

CR+PR
(%)

CR
(%)

反応が認められた
期間の中央値(日)

CRが認められた
期間の中央値(日)

文献

アクチノマイシン-D
アクチノマイシン-D
アドリアマイシン
アドリアマイシン-ダカルバジン
MOPP(メクロルエタミン-ビンクリスチン-プロカルバジン-プレドニゾン)
シスプラチン-シトシンアラビノシド
ミトキサントロン
エトポシド(VP-16)
ロムスチン(CCNU)

12
25
12
15
17

10
15
13
43

83
0
42
53
88

30
47
15
27

42
0
33
33
35

10
47
7
7

42
0
145
<42
28

56
NR
NR
86

63
0
152
NR
NR

NR
84
NR
110

1
2
3
4
5

6
7
8
9

CR : complete response(腫瘍の臨床的消失),PR:partial response(腫瘍の50% 以上の縮小),
NR:報告されていない
文献
1 Hammer,A.S.et al.,J.Vet.Intern.Med. 8:236-239(1994)  
2 Moore,A.S.et al.,J.Vet.Intern.Med.8:343-344(1994)  
3 Calvert,C.A.et al.,J.Am.Vet.Med.Assoc.179:1011-1012(1981)  
4 VanVechten,M.et al.,J.Vet.Intern.Med.4:187-191(1990)  
5 Rosenberg,M.P.et al.,Proc.11th Annu.Conf.Vet.Cancer Soc.56(1991)  
6 Ruxlander,D.et al.,Proc.11th Annu.Conf.Vet.Cancer Soc.61-62(1991)  
7 Lucroy,M.D.et al.,J.Vet.Intern.Med.12:325-329(1998)  
8 Hohenhaus,A.E.et al.,J.Vet.Intern.Med.4:239-241(1990)  
9 Moore,A.S.et al.,J.Vet.Intern.Med.13:395-398(1999)

3. 犬における他の型のリンパ腫に対する化学療法
 
犬の消化管型リンパ腫では腸管全体にわたって腫瘍性病変が認められることがほとんどであり,重篤な消化器症状および全身症状が認められる。したがって,多剤併用化学療法を行うことが難しいことが多く,実際に化学療法を行った場合にも食欲不振,下痢,嘔吐,消化管出血などが大きな問題となることが多い。したがって,現在のところ,犬の消化管型リンパ腫に対する化学療法についてはきわめて悲観的な状況にある。
 犬の前縦隔型リンパ腫は,発生頻度の低い病型であり,またほとんどの場合その予後は悪い。猫の縦隔型(胸腺型)の場合には寛解導入プロトコールによって完全寛解が得られる確率は高いが,犬の前縦隔型リンパ腫ではほとんどの例で完全寛解が得られず,生存期間も短い。また,多中心型リンパ腫等に伴って前縦隔部に腫瘤が認められることも多く,この場合には予後が悪化することが知られている。
 犬の中枢神経系リンパ腫は,その多くは多中心型リンパ腫の転移によるものであるが,まれに中枢神経系原発のものもある。中枢神経系リンパ腫に対しては放射線療法が有効であり,その反応率は高いが,長期生存は期待できない。また放射線照射時には鎮静や麻酔の必要があり,それが放射線照射の実施を困難にしている。髄腔内へのシトシンアラビノシドの投与についての報告もあるが,反応率は低く,反応期間も短い。
 犬の皮膚型リンパ腫における化学療法の有効性は犬の多中心型リンパ腫におけるものよりも低い。皮膚型リンパ腫では,化学療法による寛解率が低く,反応期間および生存期間のいずれも短い。皮膚型リンパ腫には表皮向性リンパ腫(多くはT細胞型)と非表皮向性リンパ腫(多くはB細胞型)があるが,非表皮向性リンパ腫の方がコントロールしやすいことが多い。イソトレチノインisotretinoinやエトレチナートetretinateといったレチノイドを用いた治療が犬の皮膚型リンパ腫に対する治療法として試みられており,少数例ではあるが比較的生存期間の長い例も報告されている。リポソーム含有アドリアマイシンやロムスチンといった薬剤による皮膚型リンパ腫の治療の報告もあり,長期生存例の報告もある。現時点においては,犬の皮膚型リンパ腫における化学療法については問題が多く,明らかに有効性のあるプロトコールを確立するためには,より多くの症例を用いたコントロールスタディが必要とされている。

4. 犬のリンパ腫の予後と関連する因子
 
犬のリンパ腫の症例は,化学療法を行わなかった場合,そのほとんどが短期間のうちに死亡する。化学療法を行った場合,多中心型リンパ腫においてはそれぞれのプロトコールにおける生存期間の中央値が明らかとなっている。しかし,症例によって生存期間はさまざまであり,多くの因子が各症例における予後と関連していることが明らかとなっている(表5)。

表5. 犬のリンパ腫における予後因子

因子

予後との関連が明らかとなっている

おそらく予後と関連すると考えられる

コメント

WHO臨床病期(ステージI〜V)

WHO臨床病期(サブステージa,b)
病理組織学的所見 

免疫学的表面形質
高カルシウム血症 

性別
増殖指数
化学療法前におけるコルチコステロイドの長期投与

P-糖蛋白の発現 

前縦隔リンパ節の腫大

病変の解剖学的部位

 















 













 

ステージI/II―予後が良好のことが多い
ステージVで骨髄浸潤が強い場合―予後が悪い
サブステージb―生存期間が短い
high grade/medium grade―治療に対する反応率は高いが,生存期間が短い
T細胞型―生存期間が短い
T細胞型リンパ腫におけるものおよび腎機能低下がある場合は予後を悪化させる
雌の方が予後が良いことを示唆する報告がある
報告によって予後との関連が異なっている
ほとんどの報告において,化学療法前におけるコルチコスチロイドの投与は治療による反応期間を短縮することが示されている
化学療法に対する反応率を低下させ,寛解期間を短縮するものと考えられる
多くの症例報告において,寛解期間および生存期間が短いことが示されている
骨髄浸潤,び漫性皮膚病変,および消化管病変がみられる場合には予後が悪い

 WHOの病期分類におけるサブステージ(a, b),National Institute of Health Working Formulation(WF)分類における悪性度,免疫学的表面形質,化学療法前におけるコルチコステロイドの長期投与,前縦隔部の腫瘤,および病変の解剖学的部位,といった因子は犬のリンパ腫の予後を左右する因子であることが明らかとなっている(表5)。また,WHO病期分類のステージ(I〜V),高カルシウム血症,性別,腫瘍細胞の増殖指数,腫瘍細胞におけるP糖蛋白の発現,といった因子についても予後との関連が示唆されている(表5)。さらに,抗がん剤による副作用と密接に関連する骨髄,消化管および心臓の機能の他,肝機能や腎機能などもそれぞれの症例の予後を左右することが多い。
 したがって,化学療法を開始する際の飼い主に対する説明においては,その動物のリンパ腫の病型・病期と使用するプロトコールに基づいて報告されている生存期間の中央値を示し,さらにここで示したような因子を考慮することによって,個々の症例の予後をある程度予測することができる。 

猫のリンパ腫に対する化学療法

1. 猫のリンパ腫の病型と臨床病期
 
猫のリンパ腫の代表的な病型としては,消化管型(alimentary form),縦隔型(mediastinal form),多中心型(multicentric form)の3つがある。また,節外性リンパ腫(extranodal lymphoma)として,腎臓,眼,眼球後部,中枢神経系,鼻,皮膚などに発生するリンパ腫がある。犬のリンパ腫とは異なり,猫のリンパ腫では,猫白血病ウイルス(feline leukemia virus,FeLV)感染によって発生する症例が存在する。また,猫免疫不全ウイルス(feline immunodeficiency virus,FIV)の感染は,リンパ腫発生における直接的関与はないものと考えられるが,それによる免疫異常を介してリンパ腫の発生頻度を上げることが知られている。FeLV抗原検査の一般化によってその伝播がコントロールされるようになり,またFeLVワクチンの開発によって完全とは言えないがFeLV感染の予防が可能となった結果,FeLV陽性リンパ腫の症例が減少しつつある。消化管型リンパ腫の多くの症例はFeLV陰性である。現在では,この消化管型リンパ腫はリンパ腫全体に占める割合が増加する傾向にあり,米国では猫のリンパ腫のなかで最も多い型となっている。それとは反対に,縦隔型リンパ腫の多くはFeLV感染に起因して発症することが明らかにされており,この型の症例はFeLV感染のコントロールの一般化に伴って減少する傾向にある。
 猫のリンパ腫の臨床病期分類は,犬のリンパ腫で述べた病期分類(表1)を改変したより詳細な分類法によって行われる。しかし,基本的な点は犬におけるものと同様であり,またステージIのリンパ腫は他のステージのリンパ腫よりも予後が良好であるが,その他のステージ間で予後がほとんど変わらない。 

表6. 猫のリンパ腫に対する各種プロトコールとその有効性

プロトコール

腫瘍の部位

症例数

完全寛解率

(%)

寛解期間の中央値

(月)

生存期間の中央値

(月)

文献

COP
COP
VCM
VCMP
AMCプロトコール
(V, L, C, A, M, P)
UW-Madisonプロトコール
(V, L, C, A, M, P)

胸腺型
消化管型
胸腺型
全ての型
消化管型

全ての型

 

12
28
31
103
31

22

 

92
33
45
62
71(CR+PR)

68

 

6.0
7.0
2.0
7.0
4.0

9.1

 

NR
1.5
2.6
7.0
6.7

7.5

 

1
2
3
4
5

6

 

C:シクロフォスファミド,O:オンコビン(ビンクリスチン),P:プレドニゾン,V:ビンクリスチン
M:メトトレキサート,L:L-アスパラギナーゼ,A:アドリアマイシン(ドキソルビシン)
CR:complete response(腫瘍の臨床的消失),PR:partial response(腫瘍の50% 以上の縮小)
文献
1 Cotter,S.M.J.Am.Anim.Hosp.Assoc.19:166-172(1983)  
2 Mahony,O.M.et al.,J.Am.Vet.Med.Assoc.207:1593-1598(1995)  
3 Jeglum,K.A.et al.,J.Am.Vet.Med.Assoc.190:174-178(1987)  
4 Mooney,S.C.et al.,J.Am.Vet.Med.Assoc.194:696-699(1989)  
5 Rassnick,K.M.et al.,J.Vet.Intern.Med.13:187-190(1999)  
6 Vail,D.M.et al.,J.Vet.Intern.Med.12:349-354(1998)

2. 猫のリンパ腫に対する化学療法
 
猫のリンパ腫に対する化学療法は,基本的には犬のリンパ腫に対するものと同様の考え方で行うことができる。つまり,使用できる薬剤の種類はほぼ同様であり,単剤による化学療法よりも併用化学療法の方が寛解率が高く生存期間も長い。また,アドリアマイシンを使用したCHOP-baseの多剤併用療法の方がアドリアマイシンを使用しないプロトコールよりも治療成績が良い(表6)。
 しかし,犬のリンパ腫と猫のリンパ腫の間にはいくつかの相異点もある。犬ではアドリアマイシンの単独療法が優れた有効性を示すことが知られているが,猫のリンパ腫をアドリアマイシン単独で治療した場合は,それによる食欲不振や消化器症状が強く現れるため,推奨できる治療法とは言えない。逆に,猫はコルチコステロイドによる副作用を発現しにくいため,併用療法のなかで長期間にわたってコルチコステロイドを使用したプロトコールも採用されている。また,犬の消化管型リンパ腫はきわめて予後が悪く,化学療法を行うことも困難であるが,猫の消化管型リンパ腫は化学療法に対して比較的良好な反応を示し,長期生存をめざすことも可能である。
 犬のリンパ腫と同様,猫のリンパ腫においても,寛解後の維持療法の必要性について疑問視されている。多数症例を用いたコントロールスタディはまだ行われていないが,ウィスコンシン大学のプロトコールでは,6ヶ月後の時点で完全寛解の状態にあれば,その時点ですべての治療を中止することが推奨されている(表7)。
 

表7. ウィスコンシン大学における猫のリンパ腫に対する化学療法プロトコール(UW-Madison)

薬 剤

1


2

3

4a

6
7d
8
9b
11
13d
15
17
19
21d
23
25c

ビンクリスチン
L-アスパラギナーゼ
プレドニゾン
シクロフォスファミド
プレドニゾン
ビンクリスチン
プレドニゾン
アドリアマイシン
プレドニゾン
ビンクリスチン
シクロフォスファミド
ビンクリスチン
アドリアマイシン
ビンクリスチン
シクロフォスファミド
ビンクリスチン
アドリアマイシン
ビンクリスチン
シクロフォスファミド
ビンクリスチン
アドリアマイシン

0.5〜0.7mg/m2,IV
400IU/kg,SC
2.0mg/kg,,PO
200mg/m2,IV
2.0mg/kg,PO
0.5〜0.7mg/m2,IV
1.0mg/kg,PO
25mg/m2,IV
1.0mg/kg,PO
0.5〜0.7mg/m2,IV
200mg/m2,IV
0.5〜0.7mg/m2,IV
25mg/m2,IV
0.5〜0.7mg/m2,IV
200mg/m2,IV
0.5〜0.7mg/m2,IV
25mg/m2,IV
0.5〜0.7mg/m2,IV
200mg/m2, IV
0.5〜0.7mg/m2,IV
25mg/m2, IV

aプレドニゾンをこの週から1日おきに投与する。 
b9週目において完全寛解の状態にあれば,その次は2週間あけて11週目の治療を行う。 
c25週目において完全寛解の状態にあれば,化学療法を中止し,再発の有無を調べるために1ヶ月に1回再診する。 
d腎臓リンパ腫または中枢神経系リンパ腫がある場合には,この時点でシクロフォスファミドの代わりにシトシンアラビノシド(300mg/m2/day, SC, DBID)を2日間にわたって投与する。
注意:それぞれの抗がん剤投与の前にCBC検査を行う。好中球数が2000/μl未満であれば5〜7日間待ってCBCを再度行い,好中球数が2000/μl以上に増加していれば抗がん剤を投与する。

3. 猫のリンパ腫の予後
 
現在,最も成績の良い治療プロトコールはすべてCHOPプロトコールを基本にしてL−アスパラギナーゼを加えた多剤併用化学療法である。それぞれの大学等でいくつかの異なるプロトコールが実施されているが,いずれにおいても,完全寛解率50〜70%,生存期間の中央値4〜7ヶ月,といったほぼ同様の成績が得られている。生存期間は,全体的には犬の場合よりも短いが,完全寛解が得られた猫の30〜35% は1年以上寛解した状態で生存することが知られている。また,我々の経験では,治療を中止した後,3年以上にわたって再発なく生存し,事実上治癒したようにみえる猫のリンパ腫症例が存在する。
 猫のリンパ腫に関しては,犬のリンパ腫ほど予後と関連する因子について研究されていないが,いくつかの因子と予後との関連が知られている。FeLV陽性リンパ腫とFeLV陰性リンパ腫を比較した場合,FeLV陽性リンパ腫の方が明らかに予後が悪い。この差は,FeLV感染に伴う骨髄機能不全や免疫不全が予後を悪くしていることによるものと考えられる。また,病型による予後の違いについても知られており,生存期間の中央値は,消化管型で7〜10ヶ月,縦隔型で2〜3ヶ月,腎臓リンパ腫で3〜6ヶ月と報告されている。また,猫の鼻腔リンパ腫の多くはFeLV陰性であり,この型においては放射線療法がきわめて有効である。放射線療法および化学療法のいずれを行った場合にも,FeLV陰性の鼻腔リンパ腫症例の生存期間の中央値は1年半に達し,この型は予後良好の病型と言える。臨床病期の比較に関しては,ステージIの症例はステージIII, IV, Vの症例よりも生存期間が有意に長いことが知られている。また寛解導入化学療法によってComplete response(CR)が得られた症例では,Partial response(PR)およびProgressive disease(PD)の症例よりも生存期間が有意に長い。
 

犬と猫のリンパ腫治療に関する最新の動向
 
犬および猫のリンパ腫に対する化学療法に関しては,現在ではCHOP-baseのプロトコールにL-アスパラギナーゼを加えた多剤併用療法を用いた場合,最も高い寛解率と最も長い生存・寛解期間が得られている。多くの大学や病院でそれぞれのプロトコールが用いられており,それらの間で抗がん剤の組み合わせやその投与スケジュールに若干の違いはあるが,いずれも基本的にはCHOP+L−アスパラギナーゼのプロトコールであり,それによって得られている治療成績に大差はない。これら治療プロトコールを用いた場合,生存期間の中央値は,犬のリンパ腫で10〜14ヶ月,猫のリンパ腫で4〜7ヶ月で,現在のところこのような成績が限界と考えられる。新しい抗がん剤の導入,抗がん剤の用量や投与回数の増加,および抗がん剤の投与スケジュールの変更,といったこれまでと同様の試みでは治療成績を大幅に改善することは難しい状況にある。そこで,これまでとは異なるアプローチによる犬および猫のリンパ腫治療の新しい展開が必要とされている。ここでは,我々の研究室で行っている研究を含め,リンパ腫治療に関する最新の動向を紹介する。 

1. 腫瘍細胞の抗がん剤耐性とその克服
 
リンパ腫に対する化学療法においては,多くの場合再発時において,またときには治療開始時から,腫瘍細胞の抗がん剤耐性が認められることがあり,このことが化学療法を実施する際に最も大きな問題となっており,予後の悪化に関与している。腫瘍細胞の抗がん剤に対する耐性にはさまざまな機構が知られており,化学構造的に関連のない複数の抗がん剤に対して耐性となる多剤耐性(multidrug resistance, MDR)が認められることも多い。抗がん剤に対する耐性機構としては,薬剤の排出促進,抗がん剤の解毒亢進,抗がん剤の標的の変化,および抗がん剤によるアポトーシス誘導機構の異常などが知られている。
 犬および猫においては,薬剤の排出促進に関与するP−糖蛋白(P-gp)の発現が抗がん剤に対する多剤耐性と関与していることが報告されている(図1)。
腫瘍細胞の培養細胞株では,P-gpの発現と抗がん剤耐性との間に明らかな関連が認められるが,臨床例においては両者の間に関連が認められない症例も多い。犬のリンパ腫においては,腫瘍細胞のP-gpの発現が予後を悪化させることを示唆する報告もあるが,その他の機構による抗がん剤耐性も多いことが示されており,P-gpの発現に関する検査のみでは多剤耐性を評価することができないと考えられる。

 P-gpは細胞膜上に発現し,アドリアマイシン,ビンクリスチン,エトポシドなどの抗がん剤をATP依存性に細胞外に排出させる(図1)。これまでの研究から,ベラパミール,シクロスポリン,タクロリムスといった薬剤は,P-gpを介した薬剤排出に関して抗がん剤と拮抗し,その結果抗がん剤の細胞内濃度を上昇させる。したがって,ベラパミール等の薬剤が耐性克服薬として注目されたが,それら薬剤自体の作用のため臨床応用には限界がある。一方,新規キノリン化合物であるMS-209は同様の機構で抗がん剤と拮抗し,しかもこの薬剤自体は生理活性を持たないため,副作用のない臨床応用可能な耐性克服剤として注目されている。我々は,このMS-209を用い,in vitroにおける薬剤耐性克服効果を証明し,また犬および猫のリンパ腫の臨床例に投与し,耐性克服に関する臨床試験を行った。その結果,抗がん剤耐性が認められた犬のリンパ腫7例中4例および猫のリンパ腫2例中2例において,MS-209による耐性克服効果が認められた。しかし,これらMS-209の有効性が認められた症例においても,再発が1週間以内に認められることが多く,本薬剤についてはその有効性の持続に関して問題が残っている。
 最近になって,きわめて低濃度でP-gpに作用し,しかもその効果が長時間持続する第二世代および第三世代のP-gp阻害薬が開発され,その臨床応用が期待されている。また一方では,P-gp以外の機構による薬剤耐性についても研究を進める必要があり,その阻害による耐性克服療法の開発も期待されている。 2. 骨髄移植を利用したリンパ腫の治療法の開発

2.骨髄移植を利用したリンパ腫の治療法の開発
 
リンパ腫の犬において,放射線照射または高用量化学療法を行うことによって腫瘍細胞全体を殺し,その後で骨髄移植によって骨髄細胞の補充を行えば,理論的にはリンパ腫を治癒させることが可能となるものと考えられる。現在ではまだ実験段階であるが,タフツ大学のグループは高用量のシクロフォスファミド投与後に,あらかじめ採取・凍結してあった自家骨髄細胞を移植することによって,犬のリンパ腫に対する新しい治療法の開発を進めている。これまでに5頭の犬にこの治療法を行い,生存期間の中央値50週という成績が得られている。そのうちの4頭の犬は,現在も寛解中であるため,その生存期間はさらに長くなるものと思われる。
 犬および猫のリンパ腫治療においては,今後,このような骨髄移植を用いた治療法の開発が大いに期待されている。

3. サイトカイン療法を組み合わせた化学療法の開発
 
抗がん剤による化学療法においては,その骨髄抑制作用のために,好中球減少症および血小板減少症が大きな問題となる。現在,すでに好中球減少時に組み換え型ヒト顆粒球コロニー刺激因子(rhG-CSF)を用いることによって好中球数を回復させ,感染をコントロールし,また次の抗がん剤投与をスケジュール通りに行うことを可能にする治療が行われている。今後は,あらかじめrhG-CSFの投与を前提としたより強力な化学療法プロトコールを作成することも考えられる。しかし,ヒト型G-CSFを犬や猫に頻回投与すると,抗ヒト型G-CSF抗体が産生され,その後のヒト型G-CSFの投与に反応しなくなるばかりではなく,内因性のG-CSFも抑制されてしまうため,重篤な好中球減少症が発現する。そこで,犬型および猫型の組み換え型サイトカイン製剤が待望されてきた。米国AMGEN社が犬のG-CSF製剤を開発しているが,現在のところ,市場には出ていない。日本では,日本生物科学研究所が我々との共同で犬および猫の組み換え型G-CSF製剤を開発中であり,これまでのところ,作成した猫のG-CSF製剤は抗がん剤投与による好中球減少症に対してきわめて有効であることが認められており,今後の臨床応用が期待される。
 その他,顆粒球−マクロファージコロニー刺激因子(GM-CSF)やトロンボポエチン(TPO)の犬および猫の組み換え型製剤についても開発が進んでおり,将来的にはこれらを抗がん剤による化学療法プロトコールに組み入れていくことが可能となるものと思われる。(東京大学大学院農学生命科学研究科・獣医学専攻・獣医内科学教室・教授)


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