(6)ラジオテレメトリー法による行動圏調査
@ 調査目的と調査方法
調査地におけるタヌキ及びキツネの行動圏と土地利用様式を把握することを目的に、ラジオテレメトリー法による調査を行った。
平成10年7月30日から9月26日までにメスのタヌキ(以下R1)、オスのキツネ(以下F1)各1頭を捕獲し、電波発信機を装着後放逐して、電波の指向性を利用して位置を調べた(以下ロケーションという)。
捕獲にはVICTOR社製ソフトキャッチ12個、WOODSTREAM社製かご罠1個を用いた。誘引のためトラップの近くに鶏肉を置いた。これらのトラップを日没前に図29に示したA~Cの3カ所に設置し、2時間おきに翌午前1時ころまで2〜3回の見回りを行った。捕獲はのべ14日間行った。なお捕獲個体は2頭ともB(グランドゴルフ場わき)において捕獲され、いずれもソフトキャッチによるものであった。かご罠は幼獣捕獲をねらったものであったが、捕獲には至らなかった。
捕獲個体は硫酸アトロピン0.2mg、塩酸ケタミン0.8mlを筋肉注射して麻酔し、ATS社製電波発信機付き首輪をボルトで装着した。頭胴長、尾長、体重を測定し、性別を確認した後、捕獲場所で放逐した。表2に測定値を示す。
ロケーションは八重洲無線社製トランシーバーFT-290mkと北辰産業社製ハンティング八木アンテナHS-FOX2を用いて、任意の時刻に行った。放逐1週間後から始め1週間に4日以上行うこととした。十分に離れた2地点以上から方向を調べ、地図上で交点をもとめてその時刻での位置点とした。
ロケーションは平成10年12月16日まで行い、R1で86ポイント、F1で46ポイントの位置点を得た。なおF1は平成10年11月16日の入信を最後に電波が途絶えた。理由として発信機の故障や電波が届かない地域への移動などが考えられるが、不明である。
A 結果と考察
ア. 行動圏の広さと配置
R1の全位置点を図30に、F1の全位置点を図31に示した。最外郭法による行動圏の面積はR1が137.7ha、F1が289.6haであった。これまで測定された他地域の行動圏面積と比較すると、ホンドタヌキでは九州えびの高原での12〜51ha(池田、1984)、高島、松浦島での8〜12ha(池田、1984)に比べて非常に広く、長野県入笠山での成獣メスの平均161.8ha(山本ら、1994)に近い結果となった。行動圏の面積は利用可能な餌資源の量と分布や、個体群の密度などに関係すると考えられる。本調査地におけるそれらの要素が、温暖な土地や島よりも広い行動圏を必要とするものであったと思われる。ホンドキツネでは足尾での146〜708ha(TAKEUCHI
and KOGANEZAWA,1992)、入笠山での259.5〜1866.5ha(山本、1996)と比べると、それぞれの地域での最も狭い例と同程度の面積である。F1の位置点数が少ないため、追跡が継続できればさらに広い値となる可能性がある。
R1とF1の行動圏はR1のほとんどがF1に重なっている(図32)。行動圏として土地のかなりの部分を共通に利用していると言えるが、位置点の分布からは行動圏内の各所の利用頻度には違いのあることが予想される。具体的な2種間の関係については不明であり、今後明らかにしたい課題である。
イ. 行動圏内の利用頻度と植生
一辺100mのメッシュ毎のR1、F1の位置点の分布をそれぞれ図33、図34に示す。緑色の多角形は行動圏である。表3、表4は調査地域の植生の割合と行動圏内の植生の割合とを比較したものである。行動圏内の植生のメッシュ数は、位置点が2ポイント以上のメッシュについては、位置点数を乗じている。
調査地内の胸高直径10cm以上の広葉樹林の面積にくらべ、R1がそこを利用する割合が1.59と他にくらべて高く、R1は胸高直径10cm以上の広葉樹林を選択的に利用していると言える。集落や田畑を利用することは少ないようである。他の地域で、民家からの残飯などを介して集落との関わりが述べられる(例えば関谷,1993)ことが多いが、本地域のR1ではそのようなことはなかった。
F1については、位置点の分布を見ると調査地東側の尾根に多く、その西に続く草地にも多い。植生との関係については傾向は見られなかった。
ウ. 泊まり場の分布
図35、図36に日没時刻前に得られた位置点の分布を示した。いずれも電波の入信状態が安定し、休息中と思われた。昼と夕など同じ日に日没前の位置点が複数得られた場合が6例あったが、いずれもほぼ同じ位置で移動はなく、時刻の早い方の位置点だけを記入した。またこれらのことからR1、F1ともいわゆる夜行性を示し、日没前は移動せずに休息するものと思われる。なおR1について平成10年11月に休息中の日没前から行動開始までの連続ロケーションを3回行ったが、日没時刻35分前〜12分前に行動を開始した。
R1については位置点が集中する場所(以下泊まり場と表す)が4カ所あった。これらの分布はいずれも胸高直径10cm以上の広葉樹林の分布に重なる。R1は日中の時間を広葉樹林内で休息して過ごす傾向があると言える。
長野ではタヌキの泊まり場は「積み石」やススキ草地、藪の中が使われることが報告されている。本調査地にもススキ草地が散在するが、R1が泊まり場として使っていることを示す資料は得られなかった。ただススキ草地で休息する別の個体を12月5日8:50に観察している。
F1では養豚場近くの廃屋周辺に集中している。しかし位置点全体の分布からもこの周辺はよく使われる場所と考えられ、特に泊まり場として選択されているのかは分からない。またはんのき沢集落と伐開地南の休息穴周辺といった、特徴ある場所に複数の位置点があることは興味深い。
エ. タヌキの一夜の行動
R1について平成10年12月4日14時30分から5日9時20分までと、平成10年12月11日15時10分から12日7時00分までの2回、一夜を通して追跡を行った。電波の入信状況を連続して記録しながら、4〜5日では1時間に1回、11〜12日では2時間に1回程度のロケーションを行い位置を記録した。図37、図38はその際の位置点を地図上に表し、時間の経過にそって矢印で結んだものである。最外郭法による一夜の行動圏面積は、12月4〜5日が41.8ha、11〜12日が50.2haであった。直線での移動距離は4〜5日が2.3km、11〜12日が3.2kmであった。
12月4〜5日ではR1は16:40までに泊まり場からわずかに移動した後、入信音の強さとメーターの振れ幅が一定(以下「入信が安定」と表現する)になり、再び休息したと思われる。18:00に入信音に強弱が生じ、メーターの振れ幅が不規則に変化(以下「入信が不安定」と表現する)し始めた。これは発信機が木の陰や岩の陰に入るなどして電波に強弱がつくためと考えられ(米田、1996)活動を開始したと判断した。18:40に休耕田を経由して19:40までに広葉樹林に移動した。この間電波の入信は不安定で移動を続けていたと思われる。その後22:40までは電波が安定と不安定を不定期に繰り返し、移動は少なかった。22:40に位置を確認後、23:15までの電波の入信状況は同様であった。採食などの活動が考えられるが、R1までの距離が200m以内と近く、警戒のため移動が小さいことも考えられた。そこで一旦調査地を出て、2時間後の5日1:15にロケーションを行ったが位置を確認できなかった。3:00に別当集落から入信があり沢に入り込んでいることが分かり、3:30に位置を確認した。3:30から5:30までは移動せず、電波は安定と不安定を不定期に繰り返した。5:30から電波が激しく不安定になり、伐開地を回り込むように移動して6:20に広葉樹林に入った。電波の入信が安定したため、泊まり場に入ったものと判断し、一旦調査地を出、9:20に位置を確認したところ、100mほど北に移動しており、この位置は15:20にも変わらなかった。
12月11〜12日は、ロケーションによるプレッシャーを小さくする意図で、原則として2時間おきに位置の確認をし、その都度調査地から離れることにした。15:50に活動を開始し、広葉樹林を北に移動した。21:00には別当集落内の墓地脇の広葉樹林におり、電波の入信は不安定で活動中と思われたが、12日0:30にも大きな移動はなかった。3:30に伐開地東側におり、電波は安定していた。4:50と7:00、15:00は広葉樹林の同じ位置におり、電波が安定し、泊まり場に入ったものと思われた。
以上のわずか2例であるが、広葉樹林に長く滞在する傾向があり、島状に分布する広葉樹林を結ぶように移動しているように思われるが、移動中の追跡ができず、移動の時間や経路が不明のため、はっきりしたことは言えない。
B 行動圏調査のまとめ
行動圏と植生の関係、泊まり場の分布、一夜の行動において、ホンドタヌキR1と広葉樹林との関わりが示唆されたと考える。今後追跡個体の数を増やし、一夜連続追跡の例数を増やして、同様の傾向が見られるか確かめるとともに、行動圏内の土地利用の原因と考えられること、例えば餌の供給量などの調査を行う必要がある。
聞き取り調査から、調査地において民家の床下に毎日の泊まり場をもつタヌキがいることが分かっている。また先述のように、R1が使うことのなかった地点のススキ草地で泊まる個体を観察している。これらはR1とは明らかに違った行動圏を持ち、違った行動圏内の利用をしていると考えられる。これらの個体の追跡を行いR1などと比較することが、本調査地に生息するタヌキの生活を理解するのには不可欠である。
ホンドキツネについては位置点の数をはじめ、資料がまだまだ足りない。F1の探索とともに追跡個体の数を増やし、追跡の例数を増やすことが必要である。
R1とF1の行動圏が大きく重なることが分かったので、今後はタヌキとキツネが具体的にどのような種間関係を持っているのか、土地利用に関する資料や食性に関する資料などを整えることによって、検討していきたい。