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社説 単純労働力めぐる虚構の制度を改めよ(9/29)

 途上国の人材育成に貢献するとの目的で創設された外国人研修・技能実習制度の矛盾が一段とあらわになっている。建前とは裏腹に、単純労働力を低賃金で受け入れる抜け道として利用され、人権侵害の温床として国際的な批判が高まってきた。

 「婦人子供服製造」の研修・技能実習のため来日したのに本来の名目とは異なるクリーニング店で低賃金労働をさせられ、待遇改善を求めたところ帰国を強制された――。中国・湖北省出身の女性6人の訴えが、国際的な波紋を呼んでいる。

 中国と米国から批判

 中国の新聞は批判記事を相次いで掲載し、中国外務省の姜瑜・副報道局長は記者会見で「日本側が中国国民の合法的な権益を守るよう望む」と日本政府に注文をつけた。

 外国人研修・技能実習制度は、研修生としてまず1年勉強してもらい、その後2年は実習生として現場で働きながら技能を習得してもらう、という仕組みだ。国際貢献のための制度と位置づけられている。

 だが実際には「単純労働力は受け入れない」という建前を維持しながら海外から低賃金の労働力を導入する、いわば裏道として利用されている、との批判を早くから浴びてきた。立派な目的・理念を掲げていることが、かえって不正常な実態をごまかしてきた面がある。

 たとえば、湖北省の女性たちも経験したという研修段階での労働である。制度上、研修生は企業と雇用契約を結ぶことができず、最低賃金など労働関係法令は適用されない。その結果、実態は労働者なのにふさわしい法的保護を受けられないという矛盾が生じている。米国務省は今年、世界の人身売買に関する報告のなかでこの問題を厳しく批判した。

 湖北省の女性たちの場合、本来の名目と異なる仕事をさせられたり、技能実習に移行したあとも最低賃金を下回る給与しか払われなかったりと、二重、三重の法令違反があったようだ。残念なことにこうした問題事例はかなり多い。

 法務省の調べでは賃金不払いなどの不正行為は2007年に449件に達し前年比倍増した。4年前に比べ5倍である。厚生労働省の調べでは、05年に研修生・技能実習生を受け入れた事業所のうち80%で法令違反がみつかった。日本国内でも送り出す国でも、営利目的のブローカーが暗躍しているといわれる。

 制度が掲げる目的・理念と、制度を利用する企業側の実際のニーズがかけ離れていることが、様々な問題の根底にあるのは明らかだ。現実に大半の事業所で法令違反が起きていることや国際的な批判の高まりを考えると、早急に制度を廃止し事態を正常化すべきである。

 一方、サービス業を中心とする深刻な人手不足は無視できない。正規の労働者としての地位を与えて外国から人材を受け入れる制度を創設する必要がある。欧州などの多くの国々が採用しているような3年程度の短期就労制度を、受け入れ人数などを管理する形で導入することを検討するときではないだろうか。

 研修制度を廃止すると企業が海外の拠点で雇った人材を日本で研修するのが難しくなるとの指摘がある。これについては、1980年代以前のように企業内研修に限って認める枠組みを改めて整えることで対応するという方法もあろう。

 移民政策は今後の課題

 人口が減り始めた日本の活力を維持するため定住を認める形で受け入れるべきだとの考えもある。たとえば自民党の外国人材交流推進議員連盟は6月に「50年間で1000万人の移民受け入れ」を提言した。

 しかし短期就労を超える本格的な移民受け入れを巡っては国民の間に合意ができているとは言い難い状況だ。自民議連案は日本語教育の徹底をはじめ日本の文化・習慣になじんでもらう政策が柱の1つになっているが、合意の形成にも制度設計にも時間がかかる。

 まずは問題の多い研修・技能実習制度を廃して国際的にも通用する枠組みを整え、今後の課題として移民政策の是非や方法を検討していくのが現実的だろう。

 もちろん、3年程度の短期就労でも「単純労働力は受け入れない」という建前を放棄することになるので、国会での議論が前提となる。これまで国会で論戦が高まることはなかったが、各党が積極的に取り上げることを期待したい。

 制度の廃止を待たず直ちに実行すべき課題もある。1つは労働基準局による監督の強化だ。また、現在の制度の下で研修生の受け入れ数が無秩序に増え続けているのは問題がある。新制度ができるまで新たな受け入れを抑制していくべきである。

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