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マスコミ:責任、影響力を考える--倫理懇全国大会の議論から

 「メディアの力、責任、そして可能性」をメーンテーマに25、26日に熊本市で開催されたマスコミ倫理懇談会全国協議会の全国大会。新聞、出版、放送など各メディアから出席した約320人が、より高い倫理観と責任感を持ってマスコミ倫理の向上に努めることを申し合わせ、終了した。三つの報道分科会の議論を紹介する。

 ◇匿名社会--不祥事を中心に困難になる取材

 「匿名社会と取材・報道の自由」をテーマにした分科会では、個人情報保護法(05年4月施行)の影響で、行政や民間企業の不祥事などを中心に、取材が難しくなりつつある現状が報告された。

 ある全国紙記者は「学校や地域などの緊急連絡網や同窓会名簿の廃止、不祥事の当事者名を隠すなどの過剰反応は法施行後3年たった今も多く、逆に社会の基本が個人情報の共有で成り立っていることが再認識されつつある」と指摘。「同窓会名簿の廃止などは、個人情報保護法が事実上国民すべてを規制対象とする包括法であることから発生しており、『過剰反応』というよりも個人情報保護法が構造上持つ問題だ」と分析した。

 具体的には、熊本市の民間病院「慈恵病院」の「こうのとりのゆりかご」(いわゆる赤ちゃんポスト)の事例が報告された。「ゆりかご」は、親が匿名で赤ちゃんを預けることができる全国初の施設。07年5月に設置され「命を救える」「捨て子を助長する」など賛否両論がある。

 熊本市や同病院は当初「どの赤ちゃんがゆりかごに入れられたか特定される可能性があり、(預けられた事実が)あったかなかったかも一切言えない」と、個人情報を盾に情報提供を拒んだという。

 熊本市政記者クラブは「設置には賛否両論があり、どう利用されているのか社会的関心が極めて高い」と抗議。「1年に1度、情報提供する」とする市・病院との溝は埋まらないまま、各社が独自取材で預けられた例をそのつど報道する状況が続いている。

 8月、9月に市と熊本県が発表した資料では、1年で預けられたのは17人。うち10人の身元が判明した。

 報告を担当した地方新聞記者は「(親の)周辺の者が、子どもが預けられたという報道を見て問い合わせをし、身元が判明した例もあった。また10代の未婚の母親が多いと予想されていたが、実際は30、40代が6割で既婚者も6割。ゆりかごは社会問題の鏡であり、改善のためにもいっそうの情報開示が必要だ」と話した。

 ◇犯罪被害者--感情の伝え方の難しさを再確認

 「犯罪被害者の取材と報道」をテーマにした分科会では、山口県光市の母子殺害事件を取り上げ、被害者感情の伝え方について議論した。

 同事件をめぐっては、放送界の第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の放送倫理検証委員会が今年4月、差し戻し控訴審判決を前に放送されたNHKと民放のニュースやワイドショーなど33番組を具体的に取り上げ、「被告・弁護団を強く非難し、被害者遺族に同調・共感を示すことを繰り返した」などとして批判する内容の意見書を公表した。

 分科会では、検証委員会の委員長代行を務めた小町谷育子弁護士が「被害者遺族の発言の圧倒的な存在力の前に、裁判に関する分析や検証を被害者遺族の語ったことで安易にまとめてしまい、それを超えるものを提示しなかったのではないか」と指摘した。

 これに対してテレビ側の当事者からは「被害者に安易に食いついたという反省はあるが、世論を反映した側面はある」などといった反論があった。

 また、委員会の意見では「集団的過剰同調」という表現で、一方的に被害者側に沿った報道をする姿勢を批判したが、これに関しては「90年代後半から被害者がどんどん立ち上がって発言し始めた中で、引きずられないよう書く側は心していかねばならない」と同調する意見が出る一方で「集団的過剰同調という言葉には違和感がある。こういう言葉が使われると、被害者がまた置き去りになる」との反論もあった。

 また、一昨年8月に福岡市であった飲酒運転の乗用車による3児死亡事故に関して、西日本新聞の記者が、被害者遺族である夫妻の取材・報道を積極的にすることで、飲酒運転を厳罰化する道交法改正などに結びついた経緯などを報告した。

 その一方で、メディアへの露出過多を理由としたいわれのない中傷が夫妻に寄せられたという。このため、夫妻が精神的にまいってしまい、今年6月には各社に写真の掲載や取材の自粛を申し入れたと説明。二次被害を生むこともあり得る遺族取材の難しさを再確認した。

 毎日新聞のデスクは、次々に発生する事件ばかりを追いかけがちな新聞の事件報道への反省から、企画「忘れない『未解決』を歩く」の連載を始めた経緯について説明した。

 ◇裁判員制度--予断与えるのか、報道のあり方は?

 来年5月の裁判員制度スタートに向け、「変わる刑事司法と報道--裁判員制度、犯罪被害者の法廷参加」をテーマにした分科会では、2班に分かれて活発な意見を交わした。裁判員に選ばれた国民が裁判官と一緒に重大事件の被告を裁くことになるため、裁判前の事件報道が国民に予断を与える恐れがあるのか、事件報道のあり方を改める必要があるのか、報道の自由と公正な裁判との調和をどう図るかなどが論点になった。

 朝日新聞と読売新聞がそれぞれ、報道指針を独自に作って試行・運用している取り組みを報告した。いずれも▽犯人視しない報道に努める▽情報の出所をできるだけ明示する▽容疑者・弁護側の言い分もできるだけ報道する--など共通する考え方が示された。

 具体的な記述では、ともに「調べによると」といった従来の表記から、「発表によると」「捜査関係者によると」などと、あくまで捜査当局の見方であることがわかるような表記に改めた。こうした変更で捜査関係者からは「取材に応じにくくなる」などと厳しい反応も出ているという。

 一方、毎日新聞も現在、できるだけ情報の出所を明記するよう努めることなどを盛り込む報道指針づくりを進めていると説明した。NHKや共同通信も同様に、報道のあり方の見直しを検討中と報告した。

 分科会には、日本弁護士連合会からゲストスピーカーとして2人の弁護士も出席し、各社の取り組みを評価した。各社からは、弁護士の取材対応が不十分で、容疑者側の言い分を報じにくい現状に不満の声が上がった。弁護士は「逮捕された容疑者は混乱し、捜査機関への供述と弁護士への供述内容が異なることもある。直ちに供述内容を明らかにすることが容疑者の利益になるか難しい面がある」などと語った。

 識者コメントのあり方も論議になった。世間の関心が高い事件で新聞などが識者コメントを素早く載せることに、弁護士は「影響が大きく、識者に十分な情報が伝わっているのか懸念がある」と疑問を呈した。これに対し、全国紙の記者は「できるだけ早く識者のコメントを提供するのは読者の利益になる」「さまざまな見方を伝えるのが使命だ」と反論した。民放の記者は「ワイドショーも報道局と同じ部門にして、事前にコメントをすり合わせしている」と述べた。

 裁判員制度そのものへの疑問の声も上がった。地方紙の記者は「犯人視報道をしないよう気にするあまり、真実の究明が後退しないのか」、雑誌記者は「裁判員への接触も禁じられ、事件の真実が報道できなくなる。国家による言論統制につながる」と批判した。

毎日新聞 2008年9月29日 東京朝刊

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