理系白書

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第2部 かけ橋として/1 若手研究者らユニーク活動

 ◇街に天体望遠鏡「宇宙は面白い」

 国民の「科学離れ」が問題になって久しい。近年、科学の魅力やその成果の意義を分かりやすく伝える「科学コミュニケーション」の重要性が認知され始めてきた。「理系白書」’08第2部は、さまざまなやり方で「科学と社会をつなぐかけ橋」となっている人々を紹介する。【西川拓】

 「信じられない。本当に宇宙に行って見ているみたい」

 秋の訪れを告げる虫の鳴き声が響く国立天文台(東京都三鷹市)のグラウンド。大型双眼鏡で月面をのぞいた同市在住の吉武リマさん(44)が、興奮気味に歓声を上げた。

 「中秋の名月」を翌日に控えた9月の晩、外国人を対象に開かれた「観月会」だ。近隣に住む留学生や家族連れら約40人が参加した。ススキが飾られ、月見団子も振る舞われた。

 企画したのは、天文台で学ぶ学生や若手研究者らで作る天文学普及プロジェクト「天プラ(天文学とプラネタリウム)」だ。中心メンバーで、超新星を観測して宇宙の膨張の様子を研究している高梨直紘さん(28)=国立天文台広報普及員=は「言葉という障壁を持つ人たちにも、天文学の魅力を伝えたかった」と狙いを話す。この日は三鷹国際交流協会と連携し、日本語、英語、ハングルで、月見の風習の説明、月や木星の観望会などがあった。

 ロシアから来日し、同市に住んで13年になるという吉武さんは「初めて望遠鏡で月を見たが、オレンジ色のような黄色のような素晴らしい色だった。地元に天文台があることを今まで知らなかったが、大人も子どもも感動できるよいイベントだと思う」と話した。

   □   □

 「天プラ」は03年、当時東京大の大学院生だった高梨さんと平松正顕さん(27)=現・台湾中央研究院研究員=が、プラネタリウムと協力して天文学を一般の人に普及しようと始めた活動だ。2人は学部生のころから、東京大の文系学生対象に天体観望会を開いていた。「将来の官僚候補に天文学の応援団になってもらおう」という“下心”があってのことだったが、経済学者を父に持つ高梨さんには別な思いもあったという。

 「世界には1日1ドル以下で生活している貧しい国がたくさんあるのに、研究に年間数十億円などと気軽には言えない。なぜこの研究をするのか、どこが面白いのかを一般の人にきちんと説明できないとだめだ」

 学会などで同志を募ったところ約30人が集まり、科学館やプラネタリウムで天文教室を開くなどの活動を始めた。しかし、「科学館などには、元々科学に興味を持っている人しか来ない」(高梨さん)ことに気づき、より多くの人に訴えかける方法を模索した。

 そこで着目したのが「天文グッズ」。誰でも毎日使うトイレットペーパーに星の一生を描いた絵と解説文を印刷することを発案し、企業の助成金で試作品を作った。05年に売り出したところ、これまでに約3万5000個を出荷するヒットとなった。このほか、天文学の用語を織り込んだ「あすとろかるた」やネット上のゲームなども作った。

 さらに、科学館や天文台を飛び出し、都心の盛り場やデートスポットなどに天体望遠鏡を持ち込んで道行く人々に惑星や星団などさまざまな天体を見せる「ゲリラ観望会」もたびたび開いた。天文教室などでは、研究者が敬遠しがちな宇宙人の話なども積極的に取り入れる。

   □   □

 最近、天プラが取り組んでいるのは、冒頭の外国人向け観月会のような、ターゲットを絞った普及活動だ。「よく『科学の面白さを市民に伝える』と言うが、この場合の市民とは具体的に誰なのか。それをはっきり意識し、相手の求めるものを提供しないと、研究者側の独りよがりになってしまう」からだという。

 乳幼児を持つ母親のために託児所付きの観望会を開いたり、入院患者のために病院に望遠鏡を持ち込んだこともある。一方で、富裕層を狙い、豪華客船を使った日食観望クルージングを運航会社に提案した。

 次から次へとユニークな活動を展開するバイタリティー。「天プラはあくまで趣味の延長で、まずは自分たちが思い切り面白がることが大事」と強調する高梨さんは「研究にも普及にも力を注げる新しい職種を生み出すことが目標」と話している。

毎日新聞 2008年9月28日 東京朝刊

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