<ECONOMIC NAVIGATOR>
地球温暖化や原油高を背景に、先進国が原子力発電に回帰したり、発展途上国や産油国が新規導入する動きが加速している。世界の原発は435基(発電電力量2兆7000億キロワット時)から将来的に現在の1・8倍の800基に近づくとの推計もある。一方、原発事故や核兵器への転用は世界的に重大な影響を及ぼすため、安全性や平和的利用の確保などの課題がより一層重みを増している。【坂本昌信】
原発は、70年代の石油ショックを契機に先進国を中心に代替エネルギーとして開発が進められた。だが、79年の米国・スリーマイル島の事故や、86年のウクライナ(旧ソ連)のチェルノブイリ原発事故などで、日本やフランスなどを除いて脱原発にかじを切った。
しかし、近年、温暖化が世界的課題として浮上する中、発電の過程で温室効果ガスの二酸化炭素(CO2)を排出しない原発に再び注目が集まり始めた。さらに新興国の石油需要の増加などを背景に原油価格が急上昇。7月の北海道洞爺湖サミット(主要国首脳会議)でも、主要8カ国(G8)の首脳からは「原子力の必要性」を強調する意見が相次いだ。
米国は、約30年ぶりに原発の増設を打ち出し、約35基の新設を計画している。ブッシュ大統領は01年に既存原子炉の出力強化などによる発電量増大を公表。さらに米エネルギー省は02年に2010年までに新規建設を目的とした「原子力2010」プログラムを発表した。
チェルノブイリの事故以来、ほとんど原発を新設しなかったロシアも約40基を計画。電力需要がウナギ登りの中国は、約30基の新設を予定している。欧州も、英国は今年1月、約20年ぶりに原発建設の凍結解除を決定。原発に否定的だったイタリアも、増設に向けた機運が高まっている。慎重な姿勢を見せているのはドイツだけだ。
新興国は経済成長に応じたエネルギーの安定確保を狙い、産油国も原油による外貨獲得を優先して積極的な姿勢に転じ始めた。
日本は、総発電量の約3割を原発が占める。新設は、建設中の3基を含む13基を計画している。政府は「低炭素社会づくり行動計画」で、原発を「地球温暖化対策を進める上で極めて重要な位置を占める」と、次世代型軽水炉の技術開発などを打ち出している。
世界的に原発依存の姿勢が強まる一方、日本では相次ぐトラブルにより安全性をめぐって慎重な世論が強い。
昨年7月の新潟県中越沖地震で被災した東京電力の柏崎刈羽原発はストップしたまま。東電は耐震補強を行っているが、「再稼働のめどは全く立っていない」(原子力安全・保安院)状況だ。国が進める「核燃料サイクル」の中核となる青森県六ケ所村の使用済み核燃料再処理工場は92年12月に国の事業指定を受けたが、試運転は相次ぐトラブルで長引き、日本原燃は先月30日にも11回目の終了延期を公表した。
一方では、世界で新しく原発導入を目指す国々は、日本やフランスなどに原発技術の協力を打診している。現在こうした動きがあるのは中東やアフリカ、アジアなどの20カ国以上。この中には政情が不安定な国もあり、専門家からは「パンドラの箱を開けることになりかねない」と危惧(きぐ)する声もあがっている。
核拡散防止条約(NPT)で米国やロシアなど5大国以外の途上国の国々は、核の平和利用にまで干渉されることに警戒感もあり、原発技術の移転について国際的な規制の枠組み作りが課題だ。
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■ことば
核不拡散などを目的とする条約で70年に発効。米露英仏中の5カ国を「核兵器国」と定め、核兵器国以外への核兵器の拡散を防止する一方、核兵器保有を放棄した国は原発など原子力を平和利用する「奪い得ない権利」を認めた。一部の非核兵器国には、核兵器国の都合の良い「覇権主義」に利用されているとの不満があり、核不拡散も核兵器国の核軍縮も進んでいない。締約国は190カ国。非締約国はインド、パキスタン、イスラエル。
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◆主要国の原発の現状と建設計画◆
国名 運転中 建設中 計画中
米国 104 0 約35
フランス 59 1 0
日本 55 3 10
ロシア 27 8 約40
英国 19 0 0
ドイツ 17 0 0
インド 17 6 約20
中国 11 8 約30
※資源エネルギー庁資料などから。単位は基。国の設置許可以前のものも含む。日本以外は今年1月現在
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◆原発の新規導入の動きがある国々◆
【欧州】
ポーランド、ベラルーシ
【中東】
トルコ、イスラエル、イラン、アラブ首長国連邦、ヨルダン、イエメン、バーレーン、クウェート、オマーン、カタール、サウジアラビア
【アフリカ】
モロッコ、アルジェリア、リビア、エジプト
【アジア】
ベトナム、タイ、フィリピン、マレーシア、インドネシア、カザフスタン
【その他】
オーストラリア、チリ、グルジア
毎日新聞 2008年8月15日 東京朝刊