2歳の終わりの冬に体の半分を大やけどしましました。
なんだかショッキングな始まり方でごめんなさい。
でもいろんな意味で自分の心に整理がついてきたので、ここに書き記したくなったんです。
大鍋の熱湯をみぞおちから下にひっかぶってしまいました。
冬だったので厚着してたせいで、最悪のことにはならなかったんですが、それでも腹の部分はかなりひどいやけど跡が残ってしまいました。
程度によっては体の三分の一をやけどしても死に至るらしいので、私は幸運だったと思います。そしてなんとその2日前には顔を鋭いハサミで突きあげてしまい、大けがをしていたのですから。
どちらの傷痕も今でも残っています。
顔のほうは隠しようもないのでどうでもいいですが、腹のほうは外から見えない分気楽ではありました。
でも子ども心にも深層心理というか、心の深い部分では何かをすごく恐れていたのだと思います。子ども時代は今よりもっとひどい痕だったので。
少女時代、年頃の女性時代と、時がたつにつれて痕はだんだん薄れても行くようでしたが、やはりいつもどこかで何かを恐れていたのだと思います。
恋愛でしょうか。
素敵な人に対するあこがれは人一倍強いくせに、本気の恋愛は避けていたように思います。
それなりに近づいてくれる人もいました。長い人生ですからね。
でも何となく進み始めると、恋愛になる前に自分から喧嘩を吹っ掛けてだめにしてしまいました。私に傷つけられた人は恨んだかもしれません。でもきっとすぐにもっと素敵な女性を見つけたことでしょう。
そんな私が生涯で(今のところ)最高に引かれた人は、皆様にはもう言うまでもないですよね、その人でした。
性を拒否してる人だと私には思えました。そのくせ精神的恋愛には人一倍引かれてるように見える、つまり私によく似た人だと思えました。
それで20年も思いが続いてしまったんです。会えなくても、同じ生き方をしてくれているような気がして…。
でも最近になって、その人が結婚していたことを知って、むしろそれが当たり前なのに、理解できなくて辛くもありました。でもそれほど苦しんでる人じゃなかったと思うと、安心したようなところもあります。幸せでいてくださいと願います。
ただ、それとは別に引っかかるんです。
“あの世界”で、5月に私が一番問題行動をとってしまった原因の卑猥発言の投稿者の言葉です。
50歳過ぎの処女だもーーーん、というやつです。
あれは読者さんなどではないと私は感じています。
むしろその時に私がすごく怒ったことから、アンチになった元読者さんが目をつけ、バカにしだしたという流れです。
その時点までは誰ひとりそんなことは言わなかったんです。どうでもいいことでしょう、読者さんにとっては。
そしてその卑猥発言者は、私の作品に出てくるのが処女ばかりじゃないか…と、だからそういうことだと言わんばかりの言葉も投げつけました。
つまり私の本を全部読んでいる人だというわけです。
それからしばらく考えて、私はやっとわかりました。そんなことが言えるのはこの世でただ一人しかいないと。
8年ほど前に手紙を送った相手。
そこに自分の性的問題を書いて送った相手。
私はあだ花のまま死んでいきたいんです…と書いて送った相手。
その人しか。
こんな風に言うと、また証拠もないのにひどいことを言ってると罵られそうです。
そうです。証拠はないです。匿名世界ですから。
だから私も、手紙を送ったのが誰とは言わないでおきます。
何もかもが証拠のない匿名世界の出来事です。だからそれはどうでもいいです。
ただちょっと心に引っかかっただけなんです。もう私も忘れていくでしょう。
でも私の生き方を“あの世界”ではさんざんバカにされました。そのことはどうってことはないし、怒っているわけではないですが。
ただ一生独りで生きようとするのは、そんなに変なことなのか?そういう運命もあるかもしれないじゃないか…とちょっと思うだけです。
それに別のトラウマのせいもあるのか、本当に私は性そのものが理解できないです。性への憧れなんてのがないんです。それでも結構幸せに生きてますし。
別にいいじゃん、それほどの問題だろうかと今でも思っています。
確かに私はたまたま生まれた妙なやつかもしれません。
でも、いつかまた性を拒否してる方に出会えたら、本気で愛してしまうと思います。
その時は独身主義をやめるかもしれません。なんてね。
奇跡は起こるかもしれませんよ〜!