間郁夫さんの「旅の雑記(32)中国の病院利用体験」(08・09・21)

 
  相変わらず中国武漢に滞在しています。10月早々から中国企業のほとんどが国慶節の大連休に入る為、私も月末で武漢の仕事を切り上げてアメリカに戻ります。先週月曜日は仲秋の3連休でしたが、私の方は金曜の昼前から体がだるく発熱を感じるようになったので、仕事を午前中で切り上げ、アパートに戻り休みました。直ぐに、日本製の風邪薬を飲んで寝込んだのですが、薬の効果で汗はかくものの、体温は一向に下がらない状態でした。

  その翌朝も同じ状態で体温を測ると38.5度。寒気もひどいので、中国の病院を訪問、その治療を受けました。私にとっては初めての中国の病院利用です。旅先での病気と云うのは本当に辛いですね。でも逆に面白い体験もしました。そんなことで今回はその体験談です。
 
  武漢市内には中国語の不自由な外国人患者を受け入れ、通訳をつけてくれる病院もあるそうですが、私の場合、そんな贅沢も云ってられません。症状からそんな病院を見つける気力もありませんでした。ですからアパートから一番近い大きな病院ならばと云う判断で、徒歩で15分ぐらいの場所にある湖北省中医院問診部を選びました。省立の病院で西洋医学に加えて漢方治療を行ってくれる病院です。

  建屋内にある漢方薬局からの臭いがロビー内に薄っすらと広がり、ロビーは病院臭いと云うより線香臭さが感じました。建物は少し古く、内部は昨今の新しい病院と比べると見劣りしますが、日本の地方の基幹病院で少々建物が古いと云う感じです。中国の病院の良いところは土日の休みでも、ほとんどの診療科は開いており患者を診てくれることです。

  土曜の昼前に病院に到着。先ずは受付会計に並び、症状を伝えて診察料を払うと、私の名前がタイプされた診察券をくれ、内科室へ!の指示でした。内科室は2階にあり、その廊下沿いには内科系の各科(循環器、呼吸器、何とか内科など等)10科ほどの診察室が並んでました。さて内科室です。部屋の扉は開いてます。患者は廊下でなく、その室内で診察の順番を待ちます。でも順番が決まっている訳でも無く、呼び出しがある訳でもありません。診療室内には医者が一人。事務机が診察机兼事務机です。

  部屋には他に手作りのような白いペンキで塗られた診察ベッドがありました。患者は先生の机の周囲に置かれた同じく白い色で塗られた丸椅子に座って順番待ちです。診察中の患者と順番待ちの患者を仕切るカーテンとか壁はありませんから、先生と診察中の患者の会話は全て筒抜けです。およそ診察にはプライバシーがありません。(聞くところによると婦人科だけは診察患者以外には診察室に入れず、ほとんどは女医が担当しているそうです)

  診察室には先生をアシスタントするナース等もいませんから、全て先生の一人作業です。面白いのは診察の順番待ちです。順番を待つ意識の無い中国です。診察を終えた患者が席を発つと、運良く次にその椅子に座った待ち患者が次の診察を受けることが出来ます。(椅子取りゲーム)
 
  この内科室にある設備(?)は体温計、聴診器、血圧計に喉を検査する懐中電灯だけ。他に診療用の小物機材もありません。アメリカの診察室も小奇麗ではあるけど、医療設備といったものはほとんど無いのでこんなものかな?の印象でした。先生の仕事は診断処方箋書きまでで、処置には手を出さないのが原則なのかもしれません。

  さて私の番、40歳ぐらいの黄先生。(汚れてはいないけど糊付けアイロン等をしていない白衣なので、よれよれの感じ。これは看護士も同様で白衣はよれよれです。木綿系の制服なのか?)検診票の私の名前を見て日本語で”日本人?”と質問があり、私も驚き。黄先生、学生時代に少し日本語を勉強したことがあるそうで、診察の途中も片言で”頭痛い?”とか
”喉は?”といった具合でやりとりしてくれました。昔ながらの5分計で体温を測ると熱は39度。体がぐったいの訳です。診察の結果、病名は病毒とか?感じの響きは悪いのですが風邪の一種だそうで中国では珍しくないとか。先生、処方箋を決める前に、血液検査の結果をみたいと云うことで血液検査室に行けとの指示でした。でも検査項目を書いた紙をくれません。行けば良いのですね?と確認して、別の棟にある血液検査室に行ったら、検査室の窓口のおばさん。まず会計に行って血液検査料を支払い、領収書をここで見せるようにと云うのです。

  ”とりあえず検査しますから検査料を払ってくださいね!”と云う発想は通用しません。先ずは支払いを済ませたことを確認してからの処置開始です。この国の医療は入院手術を含めて全ては前払いと云うのが特徴らしいです。急患も交通事故もこの前提は徹底しているみたいです。

  私は会計の列に並んで血液検査料の支払いを済ませ、血液検査室でその領収書を見せると、採血カウンターの窓口から手を出すように云われ、看護士は私の指先を消毒し針のようなもので指を刺し、出てくる血液を小さな測定容器に集めます。自然に出てくる血液だけでは足りないので、かなり強く指先を絞るようにしての採血です。痛いのですが、その手つきの良さには感心してしまいました。

  1ccに満たない血液サンプルを容器に採ると、5分ほどで検査結果が出るから、廊下で待つように云われました。何を調べているのか?気になったのですが、5分後に英語表記でプリントされた検査結果を見ると、血糖やコレステロール、酸素量等など15項目ほど、健康診断同様の血液検査結果が出てました。簡便的な測定法なのでしょうが、あの1ccにも満たない血液で、これだけ多くの項目が検査出来るのは感心です。

  さて、その血液検査結果を持って再び内科室の黄先生のところに戻り、検査結果を見せると、処方箋を書いてくれます。説明によると解熱剤の注射と抗生物質を加えた点滴2本ずつを3日間続けると云うものでした。その処方箋を持って病院内の薬局で薬を貰い、注射室で調合注射してもらいなさいと云うことでした。先生には丁寧にお礼です。
 
  今度は私も多少知恵がついてきたので、先ずは会計のカウンターに並び、処方箋代を支払い、その領収書と処方箋を持って建屋内の薬局に行きました。正解です。薬局ではその二つを見て、全ての薬を袋詰めして渡してくれました。私の場合、3日分の点滴薬もありますから、ちょっとしたスーパーでの買い物と云う大きさのビニール袋です。

  これを注射室の窓口に渡すと、いよいよ治療です。解熱剤は小さなガラスアンプルの注射。注射室の隅をカーテンで仕切って、お尻にプチッでした。多少プライバシーの配慮はありました。次に待っていると、看護士が点滴薬の調合を済ませ、私の名前が呼ばれると手際よく点滴薬の針を手の甲の血管に指して絆創膏で止め、点滴の流れを確認すると、後は注射室の
待合室で点滴が終わるのを待ってくださいとのことでした。片手で点滴薬を高く持ち上げ、その部屋に行くと比較的ゆったりのベンチに点滴薬を吊るすフックが並んだ待合室でした。時間つぶし用に古いTVが天井から下がってましたが、どうも壊れているらしく映ってませんでした。

  待ち時間の患者のほとんどは時間つぶしに携帯メール。どこも同じでしょうか?40分ほどで一本目の点滴は終了。ナースコールボタンを押すと、ナースは新しい点滴薬に交換、やがて2本目の点滴も終え、アパートに戻りました。翌日の点滴時には症状は5割ぐらい回復。3日目にはもう点滴は必要ないのではないか?と思うぐらい回復してました。一応、黄先生の診断よろしく処方も適切で全快したと云う結果になりました。
 
  今回の病院での支払い総額は550元(8500円)ほどでしたが、武漢市内の会社の事務職で月給2000元を稼ぐ人はまあまあの収入の人ですから、風邪の治療で月給の4分の1が消えてしまうと云うのもなかなか大変なことです。健康保険制度も十分に発達していないようで、保険診療を認めない病院も多く、医療費と云うのは中国人にとっては頭の痛い問題だと思います。
 
  また、治療費の先払いと云う話は聞いてましたが、実体験してみて、その徹底ぶりには感心しました。中国の病院では日本やアメリカで聞かれる医療費の踏み倒しや未回収と云った問題は起こりませんね。これは救急車で患者が運ばれてきても同様だそうです。身内なり知人が病院に来て支払いを済ませるまでは、患者は急患用のタンカーに乗せられたままで、治療はしてもらえないのだそうです。最近、交通事故被害者を救済する為、直ちに治療を開始すると云う法律は出来たそうですが、その治療費は政府が負担すると云う訳でもないので、判断は病院側次第、大半は実施していないと聞きました。
 
  私の軽い病気の治療体験から中国の医療は云々などと云うつもりは全くありませんが、言葉のハンデイーの大きい中での病院利用と云うのは自分の良い経験にはなりました。完全前払い等、馴染めないものもありますが、想像していたより、ずっとしっかりした医療システムであったのにも感心しました。
 
岩間@武漢