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著者「サイトウアカリ」の正体は?
サイトウアカリ=澤本嘉光
サイトウアカリの正体は、携帯電話ソフトバンクのCM「予想外な家族 白戸家」をプロデュースする気鋭のCMプランナー・澤本嘉光さんです。映画「犬と私の10の約束」では脚本を手がけています。

1966年生まれ。東京大学文学部国文科卒後、(株)電通入社。CMの企画制作に携わり、クリエーター・オブ・ザ・イヤー賞、東京コピーライターズクラブ最高賞、カンヌ広告祭銀賞など国内外の数々の広告賞を受賞しています。最近では東京ガスの「ガス・パッ・チョ!」シリーズ、ソフトバンクモバイル「予想外な家族」シリーズなど多数の話題作を生み出しています。

処女作となる本小説は、澤本さんのユーモアあふれるセンスと絶妙なリズム感で描かれています。映画とはまたひと味ちがうユニークなキャラクターたちも登場します。
犬、という、風来坊   
澤本嘉光

 私は、普段は15秒、30秒といったコマーシャルの企画をしております。なかなかその職業の内容についても知られていないと思いますので簡単に書きますと、商品をよく印象づけるための15秒、30秒のシナリオ書きです。それに、タレントさんのキャスティングをして、演出家と相談をし、撮影していた者の編集に立ち会って完成させるという全行程に参加して、クオリティーに責任を持つという作業です。

 今回、まず、犬の10戒、というモチーフから、ゼロからオリジナルの脚本のストーリーを作る、という作業をしまして、そのあとに小説という形で肉付けをしていきましたが、普段の仕事との共通点、相違点、がとても面白く感じました。15秒を考えるのも、30秒を考えるのも、頭に浮かんでくるアイデアを形にしていくということでは同じですが、普段は秒数の制限がありますのでそれを整理して切り捨てていくという思考過程をとりますが、脚本は、そこを軸にしてどんどん広げていくという思考過程をとりました。

 ネタ、ということでは、15秒、30秒のCMの中にも膨らませていけば映画一本分くらいまでに広げていけるものもあり、むしろ、そういう大きなネタのときのほうがCMとしても大きく話題になることが多いと認識しています。いま、おかげさまで続けさせていただいておりますソフトバンクさんの犬のお父さんのCMも、東京ガスさんのタイムマシンから偉人が現代見学に来る話も、そういう意味では広げていきやすい根幹のあるものではないかと思っています。

 逆に、違うと思いましたのは、CMのセリフはかなりスピード感が必要です。また、たとえばCMを作っていく際には30分の1秒といった単位で編集を確認していって理想の映像の配分を検討し、それに乗るセリフをそれこそ語尾のイントネーションの違いまで検討いたします。当然、CMのコンテ(シナリオです)を書く時にはそのあたりのことも計算しながら書くのですが、映画になりますとその部分は監督にお任せすることになり、その出演者がどういう口調でしゃべるか、までの細かい想定をして、とまではなかなかできないなと思いました。編集作業で、このタイミングは3フレーム(30分の1秒が1フレームとい単位です)変えましょう、などというものでもないですので。

 そこで今回気をつけたのは、極めて普遍的なものにしていくということで、妙なセリフの癖や、引っ掛かりはどちらかというと外して行きました。この作業が実は経験があまりなかったので最初戸惑いましたが、できてみた今は、普遍ということの大事さを教えられたような気がしています。(とはいえ、機会があればもう少し脱・普遍の言い回しのものなども挑戦してみたく思います)。ストーリー自体は、次々と、いつもは15秒以上の話は思いついても規制して考えないようにしているからなのか逆にこういう機会にあふれ出してきてくれたので、書くのは、とても楽しくできました。

 ポイントとしては、やはり、どうやったら興味曲線を保てるのか、という、普段やっている仕事の延長のようなことが気になり、そういう、ふとした笑いをちりばめた形にしたかったのですが、映画はなかなか時間が長いようで短く、その部分は、今回書かせていただきましたサイトウアカリ版の原作本に次々と入れさせていただきました。ですので、脚本時に書いて結局映画の映像まで至らなかったネタが、あの本には、日記風という極めて読みやすい形で書かれています。

 僕は男性ですが、著者名は、登場人物「サイトウアカリ」。書いていて人格が二人いるようでしたが、考えてみるといにしえに紀貫行が「土佐日記」を「男がすなる日記というものを……」という書きだしてはじめたのと気持ちは同じだったのかもしれないなという気がしました。読みやすい、というのが、目標の一つ、笑いがちりばめてあればあるほど、最後に涙も自然と出てくる、という考えでできるだけそういう日常の笑いを入れてみた、というのが、もう一つの特徴であり、今回の目標です。

 僕は大学で国文学科で寺山修二を卒論に書いたような人間ですので、そのギャップにはなかなか驚きましたが、これも、普段CMという場でいろいろな自分になって15秒、30秒のストーリーを考えてきたからできたのかもしれません。むしろそのスタンスが楽しかったです。とはいえ、実はご一読いただけるとわかりますが、この話は、犬の話だけではないです。テーマは、僕の中の永遠ですが、親子の成長譚。また、大好きな「馬鹿が戦車でやってくる」とか、たとえば「寅さん」もそうなのですが、民話の「八郎」に原形を見る、何か問題のあるところに異端者がやってきて、その異端者が歓迎され問題を解決すると、またその街でも異端になって去っていく、という流れをすこし「犬」という家族を設けることで考えられれば、と思い書いたものではあります。長くなりました。

 CM的思考と映画的思考が入り混じったものになっていると思います。何かしら、残るものがあって、こののちの日本の親子関係や、犬と人間の関係を少しでもいいほうに変えるものになっていれば、と、希望します。

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