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貧困ビジネスで稼ぐ連中!(1)/城 繁幸(joe's Labo代表取締役)

Voice9月16日(火) 16時47分配信 / 国内 - 政治
格差に関する議論が盛り上がっている。格差といってもいろいろあり、地域格差や年金格差までさまざまあるものの、現在議論の中心となっているものは雇用における格差だ。きっかけは、秋葉原の事件によって非正規雇用の存在がクローズアップされたことだろう。とくに8月号の各誌では、この問題に関する左右両派からのオピニオンが乱れ飛んだ。
 だが、これは非常におかしな話だ。犯人の動機解明はこれからの捜査を待たなければならない状況であり、家族でもない外野にとやかくいえる問題ではない。むしろこれまで出てきた情報からは、雇用状況はほとんど関係なく、純粋に本人の内面に関わる問題のようにすら思える。とくに問題なのは、明らかに特定の主張をせんがために、本事件をだしに使ったメディアがあるという事実だ。そういった論調が広まるのを防ぐためにも、格差問題の論点と対策の方向性について、活字というかたちで以下にまとめてみたい。

非正規雇用拡大の始まり

 非正規雇用という言葉が一般にも使われるようになったのは、1990年代半ば以降のことだ。それまでは人事部など、一部の採用業務に関わる人間のあいだでしか使われることはなかった。一応言葉の定義をしておくが、“正社員”とは、雇用の期限のない、つまり終身雇用対象となる雇用労働者のことだ。ほとんどが厚生年金に加入し、ボーナスと退職金の支給も受ける。非正規雇用とはそれ以外の雇用労働者のことで、フリーターや派遣社員、日雇い労働者が対象となる。彼らには一般的にボーナスも退職金もなく、年金も国民年金だけである。さて、非正規雇用という言葉が90年代半ば以降にメジャーとなったのはなぜだろう。それはバブル崩壊にまでさかのぼる。
 じつは、日本の人事賃金制度は、職能給と呼ばれ世界的に見ても非常に特殊なものだ。個人の能力に値札を付ける方式で、経験を積めば値段は上がるはずだから、勤続年数に比例して積み上がっていく。いわゆる年齢給だ。年齢に応じて積み上がっていくものだから、当然、下がることは想定されていない。判例でも労働条件の不利益変更には厳しい制限が付き、賃下げや降格といった処遇見直しは事実上不可能なシステムだ。
 一方、世界標準としては職務給と呼ばれるものが一般的で、こちらは担当する仕事に値札が付く。ちょうどプロ野球選手をイメージしてもらえればいい。年齢、年功に関係なく、本人の果たせる役割に応じて柔軟に上下するシステムだ。よくヨーロッパは終身雇用だという意見もあるが、それはブルーカラーの話だ。ホワイトカラーは職務年俸制が基本だから、賃下げや降格は普通に行なわれ、人材の流動化は日本よりはるかに進んでいる。
 なぜ日本においてだけこのような特殊システムが成立したかは諸説あるが、筆者は戦中の国家総動員法に起源があると考えている。ともかく、戦後の高度成長期を経て80年代いっぱいまではとくに不都合なく機能しつづけた。
 だが、1991年以降すべてが変わってしまった。同年、日本企業は過去最高の新卒を採用し、新卒求人倍率は2.8倍を超えたものの、翌年からは新卒採用自体を見送る企業も出始めた。企業内で人件費の見直しが進められない以上、入り口を締めるしかない。そこで新卒採用が減らされ、ここから就職氷河期が始まることになる。
 だが若い兵隊自体は必要だ。そこで従来よりずっと安く、社会保険コストや退職金といった福利厚生がなく、さらには柔軟に雇用関係を見直せるワーカーが労使双方から必要とされることになった。これこそが非正規雇用労働者の拡大の始まりである。ちなみに連合・高木会長自身、「正社員の既得権を守るために、偽装請負を含む非正規雇用拡大を黙認してきました」という事実は総括的に認めている(2006年8月9日付『朝日新聞』)。
 結果、現在の日本には、正社員と非正規雇用労働者のダブルスタンダードが存在する。前者には高度成長期につくられた手厚い保護がなされ、後者はそれを支えるためだけに使い捨てにされる状況なのだ。たとえば、米国経済急失速をもって、トヨタは国内2300名を超える派遣請負労働者を切り捨てている最中であるが、正社員は誰1人クビを切られず、賃下げもなされない。雇用に関するリスクはすべて非正規側にしわ寄せされるためだ。
 それでいて過去数年間の好況時には、共に働いて得た利益のなかから労組だけにベアが回され、非正規側に回ることはなかった。しかも連合が労働分配率の話をするときには、法人企業統計ベースの話ではなく国民所得ベースで議論し、これだけ下がっているのだからもっとよこせと要求する(非正規雇用労働者もカウントできるため)。これを搾取といわずに何というのか。
 対策の方向性は明らかだ。ダブルスタンダードを解消し、痛みを正社員と非正規雇用労働者のあいだで適正に分配するしかない。それには、賃下げや降格、解雇も含めた正社員の雇用規制を大幅に見直し、人材流動化を推し進める労働ビッグバン以外にはありえない。
「そんなに簡単に職務に値段が付けられるのか」という論者もたまにいるが、そういう人は一度、非正規雇用の現場を見てみるといい。コンビニのバイトにせよ派遣社員にせよ、こちらの世界ではとっくの昔から仕事に値札が付いている。余計な規制さえなければ、それが自然な姿なのだ。現状の問題点は、一方的な正社員保護のおかげで、非正規雇用の現場に下りていく人件費が不適切に少ないという点に尽きる。
 また、「ただでさえ低い中小企業の処遇をさらに引き下げるのはナンセンス」という声もあるが、逆だ。日本は世界でも稀なほど企業規模によって処遇に差があるが、これは要するに大手や労組の強い企業が中小下請けに人件費コストを押し付けている結果だ。各企業内で柔軟な見直しが可能となり、職務給が一般化すれば、長期的には企業規模の格差は必ず縮小する。
 既得権の見直しと聞いて、おそらく多くの正社員は萎えると思われるが、けっして全員一律の賃下げというようなものではない。まず、20〜30代の若手であれば、それは中高年正社員との世代間格差を薄める意味があるから賛成するメリットは大だ。一例として、大卒総合職が課長以上ポストに昇格できる割合はすでに26%にすぎないというデータもある(2006年『読売新聞』調査)。流動化はこの比率を増やす可能性があるのだ。
 中高年正社員についても、けっして一律で損をするわけではない。貰い過ぎの人間は賃下げもありえるが、逆に50歳を過ぎての大抜擢もありえる。何よりこれまで35歳を越えての転職が難しかったのは、年齢給で割高になってしまったためだ。この縛りが消え、誰でも流動化の恩恵を享受できるようになる。労働ビッグバンとは、けっして中高年の賃下げでも正規と非正規の待遇を等しくする共産主義でもなく、新たな利益の再分配システムだと考えてもらえばいい。

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  • 最終更新:9月16日(火) 16時47分
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