独立行政法人「日本学生支援機構」が大学生に貸与した奨学金の返済が滞るケースが増え、延滞債権額は2000億円を突破した。背景には、長期延滞者への強制執行を見送るなど、機構の回収の甘さがある。【山本紀子】
貸し倒れに向け注意が必要な3カ月以上の延滞債権額は年々増え、07年度は2253億円と、この10年間で倍以上に膨らんだ=グラフ。進学率の上昇による貸与者増や、ニート増加のほか、資力があるのに払わない者もいる。
◆給与差し押さえ皆無
問題として指摘されているのは、機構が法的手段に訴える案件が少ないこと。給与を差し押さえる強制執行は皆無といっていいほどだ。
裁判所への提訴や支払い督促申し立てなどで、強制執行を認める「債務名義」(判決など)を得たケースは07年度に1715件あった。だが、実際に執行したのは1件。06年度は925件中0件、05年度も321件中4件だった。
これについて機構は「差し押さえの前に入金を約束する人がいる。また、住所が変わって連絡不能になることもある」と説明する。一方、回収に携わった元職員は「差し押さえのノウハウもなく、騒がれると面倒なのでしないだけ。住所変更のケースは聞いたことがない」と証言する。
生活保護受給者や失業中の人は返還を猶予されるほか、差し押さえられる額も民事執行法で給与の4分の1に限られ、強制執行で延滞者が路頭に迷う恐れはない。機構は強制執行の対象を給与に限っており、「大きい家に住んでいても外車を乗り回していても、勤め先が判明しなければ差し押さえできない」(元職員)という苦しい実態もある。「長時間どなる人には延滞金を減免したケースもある」(同)という。
内外からは厳しい指摘が相次ぐ。機構を監査した財政制度審議会は7月、「債務名義を取得した債権で、その後の手続きが行われていない。証明書なしで返還猶予を認めている例がある」と指摘。財務省主計局も「回収努力が足りないのは明らか」と非難する。高まる批判に、機構を所管する文部科学省学生支援課も「返さないと厳しい取り立てがあることを広く知ってもらう必要がある。厳正な対処が必要」と述べ、機構に改善を指示したことを明らかにした。今後は預金も強制執行の対象とする。
長い間督促を怠ったため、時効で回収不能となる例も表面化している。
機構が延滞者に奨学金返還を求めた訴訟で、延滞者が「返済期限から10年たち時効が成立しているので、返す必要がない」と主張し、機構が回収をあきらめるケースだ。
機構によると、昨年度は5件の裁判で時効成立が認定された。兵庫県の男性に、奨学金と延滞金計約320万円の返還を求めた訴訟では、返還期日から10年以上過ぎた分の債権の時効成立を認めざるを得ず、請求額を150万円減らし、約170万円の返済で和解した。
女性に約83万円の返還を求め、神戸簡裁で争われた訴訟でも、時効で50万円が回収不能となり、30万円返済の判決しか得られなかった。
債権回収に詳しい銀行関係者は「民間なら延滞が6カ月に及んだ時点で手を打つ。時効を中断するには、支払い督促申し立てや提訴が必要だが、そうした処置を取らず、『時効管理』をしてこなかったのだろう」と指摘する。
機構が支払い督促申し立てなどに力を入れ始めたのは独立行政法人になってから。「以前の督促はずさんだった」と文科省学生支援課も認める。
「時効は、裁判で認められて初めて成立する。今後は時効にかからないよう回収に努めたい」と機構は話す。しかし、10年を超える延滞債権は他にもあり、裁判で時効を主張されると貸し倒れになる恐れもはらんでいる。
◆財務省「貸しすぎ」非難
貸与は増え続ける一方なのに、回収策は生ぬるい。そんな実態に最もいらだっているのは財務省だ。
奨学金は給与所得が1300万円程度の世帯にも認められ、いまや全短大生・大学生の3割にあたる103万人が受給している。このため財務省は「ごく普通の満ち足りた家庭が、奨学金を得ている可能性がある。奨学金が学費でなく電話代や旅行費にあてられているとの調査もある」と指摘し、「貸しすぎ」を非難する。
これに対し文科省は「高所得でも、子どもが多かったり病人がいたりすれば奨学金の必要がある」とし、需要があると強調する。大学入学者も増えると見込み、来年度は562億円の奨学金増額を要求している。一方で「回収にかける人員も予算も少なすぎる」と認め、5億円の回収費を10億円増やす予算要求もしている。
督促の際は「返さない」人と「返せない」人の見極めが必要。収入がなく返還猶予にあたる人もいれば、開き直って払わない人もいる。現在の督促方法は機械的でメリハリがない。支援機構に欠けているのは、情報の蓄積と分類。今後は、コールセンターの対応などから延滞者のデータを分析して「返さない人」を特定、資力のある人に対して法的措置を進め、回収を徹底すべきだ。
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■ことば
旧日本育英会。04年に独立行政法人化した。奨学金には無利子の第1種と有利子の第2種がある。私立大に自宅から通う場合、保護者の給与所得の上限は第1種998万円、第2種1344万円。
毎日新聞 2008年9月15日 東京朝刊