札幌市の産婦人科医でつくる「札幌市産婦人科医会」(遠藤一行会長)が今月末で2次救急医療の当番制から撤退する。市は2次救急の患者を必ず受け入れる「拠点病院」を整備するから問題ないとしているが、市民からは不安を訴える声も寄せられている。背景には産婦人科医の不足に加え、軽い症状でも救急病院に駆け込んだり、かかりつけ医がいないため救急病院で「飛び込み出産」をする妊婦の問題もある。市と産婦人科医会は、妊娠したらかかりつけ医を決めるよう呼びかけている。【内藤陽】
■負担に悲鳴
産婦人科の救急医療体制は外来診療で対応できる初期(1次)▽入院の必要な2次▽重症で命にかかわる3次--に分けられる。札幌市の2次救急は同医会が年間約3200万円の補助金を受け、9病院による日替わりの当番制で運用してきた。
しかし、1次救急は休日に限って市内の病院・医院による当番制となっており、平日夜間は症状の軽い患者も2次救急の病院が受け入れている。それだけ2次救急病院の負担が重くなり、悲鳴をあげた同医会が市の夜間急病センターに産婦人科医を置いて1次救急の患者を受け入れるよう要求。市が拒んだため医会側が2次救急からの撤退に踏み切った。
これに先立つ数年前、同医会の郷久鉞二副会長(67)が理事長を務める札幌市北区の「札幌産科婦人科」は2次救急の当番を辞退している。夜間、慌てて事後避妊薬をもらいに来る女性や、ススキノで酔って運ばれてくる妊婦など、1次救急患者の診療負担に耐えられなくなったという。普段も夜間の出産に追われており、取材に応じた日も「昨夜から未明にかけて4件のお産があった。このうえ風邪薬や避妊薬をくれと来られても対応しきれない」と訴えた。
■新体制に移行
当番制に替わる新体制として市側は10月以降、市内の1病院を2次救急の「拠点病院」に指定し、さらに複数の「協力病院」を確保。これまで患者を受け入れるのはその日の当番の1病院だけだったが、新体制では拠点病院に加え協力病院も受け入れられるようにし、負担の分散を図る。
夜間急病センターへの産婦人科医の配置は拒否したが、看護師や助産師を「情報オペレーター」として置き、患者の相談に応じることで2次救急病院に駆け込む軽症患者を減らしたい考え。3次救急病院を従来の4病院から6病院に増やすことも決めた。
市は09年3月までを新体制の試行期間と位置づけており、館石宗隆・市保健所長は「10月以降、1カ月ごとに有識者による協議会で検証し、試行期間中も救急患者の円滑な受け入れ態勢を維持していく」と強調する。
■「飛び込み」多く
それにしても、なぜ札幌市のような大都市でこのような混乱が生まれるのか。全国的に産科医が不足する中、都市部への人口集中で出産件数が地方より多く、特に、妊娠しても医師の検診を受けないまま急に産気づいて救急車を呼ぶ「飛び込み出産」が多いことも影響しているようだ。
3次救急病院となっている札幌市中央区の市立札幌病院に昨年8月30日、路上で急な陣痛に襲われた20代の女性が運び込まれた。女性にはかかりつけ医がなく、救急隊が近隣の病院に受け入れを要請しても拒否された。女性は無事出産したが、4日後に突然、病室から姿を消した。病院側は女性の親に連絡を取り、赤ちゃんの引き取りを求めたが、分娩(ぶんべん)料約27万円は今も受け取っていない。
妊娠初期から検診してきたかかりつけ医なら感染症の有無や胎児の状況を熟知しているが、そうした情報のない飛び込み出産は事故のリスクが高い。加えて分娩料を払わないなどのトラブルも多く、産科医は飛び込み出産を嫌う。そのため救急病院に運ばれるケースが目立ち、市立札幌病院では今年に入ってすでに8件。市内全体では30~40件に上るとみられる。分娩料の不払いは2次救急の9病院で06年度に26件約1000万円に達した。
妊娠すれば最初に医師の診断を受け、その医師が定期的に検診しながら出産まで受け持つのが一般的。かかりつけ医がいれば早産などの緊急時にも対応できる。同医会の遠藤会長は「10カ月の妊娠期間中、1回も受診しない女性がいること自体、考えられないが現実だ」と嘆く。
札幌市は昨年10月、無料で受けられる妊婦検診を1回から5回に増やすなど、飛び込み出産を減らす対策に取り組んでいるが、効果は未知数だ。
毎日新聞 2008年9月14日 地方版