殺虫剤成分を検出し、工業用「のり」になるはずだった中国米とベトナム米が、お年寄りたちの給食に使われ、スーパー、コンビニエンスストアで販売した焼酎に利用されていた。利潤だけを追求し、消費者を無視した業者たち。「公衆衛生は所管じゃない」と説明責任を果たさない農林水産省。「三笠フーズ」(大阪市)による事故米転売問題は11日、一気に全国の消費者レベルに広がった。
「公衆衛生の業務は農水省の仕事ではない」--農水省で11日開かれた会見では、梶島達也・食糧貿易課長らが、メタミドホスに汚染された事故米がどこの医療・福祉施設で給食用に出されたかを明らかにしないまま終わった。給食会社「日清医療食品」(東京都千代田区)が報道陣に対し、「近畿2府4県の119施設」に販売していることを認めているのにもかかわらず、「調査に支障があるから」と公表しなかった。
会見は当初午後5時半から始まったが、「日清医療食品」の名前さえ明らかにできず、報道陣と押し問答になり、いったん6時半に打ち切られた。
午後9時45分に再開され、日清医療食品の名前を明らかにしたものの、今度は、事故米を使用した施設数について、「近畿2府4県の保健衛生担当者から110施設と聞いている」と同食品の説明と食い違う説明をした。報道陣が「119施設ではないのか」と問いつめても「把握していない」の一点張り。さらに、農水省が把握している110カ所の府県別数についても明らかにせず、その理由も「調査に差し障りがあるので、2府4県から非公表を依頼された」と、大阪府など自治体の責任に転嫁した。
説明責任を追及されると、「公衆衛生の業務は農水省の仕事ではないので、公表できない点があることを理解してほしい」と述べ、都道府県や保健所などに「丸投げ」した。
医療・福祉施設で、お年寄りの口に入っていたことには、梶島課長は「大変遺憾に思う」と話すにとどまった。会見は11時半まで約1時間45分にわたったが、ほとんどが、報道陣との押し問答に終始した。
農水省は、事故米の流通経路について、(1)殺虫剤「メタミドホス」汚染米(2)カビ毒「アフラトキシンB1」汚染米(3)殺虫剤「アセタミプリド」汚染米--の3ルートの解明を進めているが、取引にかかわったとみられる業者は約50社に上り、確認に手間取っているのは事実。殺虫剤アセタミプリドルートでは、西酒造(鹿児島県)など10社が関与したと10日までに発表したが、アサヒビールは含まれていなかった。11日夕段階でも「アサヒについては確認できていない」と答えるなど、調査の遅れが目立っていた。【奥山智己、稲垣淳】
米卸加工会社「三笠フーズ」(大阪市)による事故米の転売問題を受け、農水省の白須敏朗事務次官は11日の記者会見で、三笠フーズに立ち入り調査を行った担当職員の処分を検討することを明らかにした。農水省は三笠フーズに対し、過去5年間で計96回の立ち入り調査をしたが、事前に日程を伝えていたため、二重帳簿を使った不正を見抜けなかった。【工藤昭久】
鹿児島県酒造協同組合によると、事故米と無縁だった酒造会社にも取引先から「安全性を証明してほしい」との声が相次いでいるという。同組合は風評被害を防ごうと8日から、販売した米について「安全証明書」を発行。組合加盟の県内113社に対し改めて事故米の取引がないか確認を求めているが「信頼回復は重い課題だ」(吉野馨専務理事)と頭を抱えている。
鹿児島県日置市の芋焼酎メーカー「西酒造」は、「薩摩宝山」の原料として使用。約30万本の自主回収を進めている。さらに、アサヒビールなどに販売していた工場内の原酒約30万本分の出荷も停止した。
熊本県でも、製品の安全性強調に懸命になっている。焼酎をつくるためのこうじ用として購入した球磨焼酎(米焼酎)メーカー「六調子酒造」(錦町)には、県が「残留農薬なし」との検査結果を出した8日以降も「大丈夫か」との問い合わせ電話が殺到している。
清酒メーカー「美少年酒造」(城南町)は11日、商品から農薬は検出されず、工場のタンク内の清酒も基準値以下で、いずれも「無害」と、県の調査結果を発表した。それでも、信頼回復のため対象商品計約3万本の自主回収は継続せざるをえない。自主回収に伴う損害額は約1億円、風評被害も考慮すれば、数億円になるとみられるという。【高橋克哉、遠山和宏、大塚仁】
飲料大手「アサヒビール」(東京都墨田区)は11日朝から、原料に事故米が混入していた焼酎65万本を店頭に置いているスーパー、コンビニに連絡し、撤去を要請するなど対応に追われた。他の大手メーカーでも同様に事故米が混入していないか、確認を急いでいる。ただ、農林水産省は事故米の転売先をすべて公表していない。大手ビールメーカーは「水面下で転売が繰り返されていれば、事故米が混入している可能性はゼロではない」と不安を漏らす。
大手ビールメーカーはビール需要が頭打ちになる中、00年以後、こぞって焼酎事業を強化した。02~03年の焼酎ブームで消費量が急増し、自社設備で製造しきれない分は中小の焼酎メーカーに原酒の生産を委託、これを加工し出荷するケースが増えた。こうした製造委託は「桶(おけ)買い」と呼ばれ、焼酎メーカーは工場の稼働率が上がり、ビールメーカーは自社設備を増設せずに低コストで増産できるため、酒造業界では一般的に行われている。
だが、自社生産とは異なり、材料の調達から製造工程まで完全には管理の目が行き届かないのが実情だ。今回のアサヒのケースでも、調達する原酒の製法や品質のチェックは厳しく行っていたものの、「原酒の原材料の仕入れ先までは指示していなかった」(アサヒ広報担当)という。
大手メーカーの場合、焼酎そのものに限らず、缶入りの酎ハイなど消費者にとってより身近な製品も、原酒を桶買いして加工しているケースが多い。【田畑悦郎、森禎行】
アサヒビールが回収する9商品は次の通り。
「芋焼酎さつま司25度」「芋焼酎さつま司黒麹仕込み25度」「芋焼酎さつま司黒壺36度」「芋焼酎かのか25度」「芋焼酎かのか黒麹仕込み25度」「芋焼酎かのか20度」「本格芋焼酎かのか25度」「芋麦焼酎とんぼの昼寝25度」「芋焼酎ちょこべこ25度」
問い合わせ先はフリーダイヤル0120・500・341。
カビ毒「アフラトキシン」について、厚生労働省は内閣府の食品安全委員会に健康影響評価を諮問し11日、同委員会に説明した。ナッツ類で汚染が増えており、国際的にも基準づくりが進んでいるため。評価結果を受けて、厚労省が食品中の基準値を設定する。
食品のカビ毒で問題になるアフラトキシンは6種類。焼酎原料米での汚染が発覚した「B1」については、食品衛生法に基づき全食品で検出されてはならないとの規制があるが、アフラトキシン全体の基準はなかった。【下桐実雅子】
食品偽装問題で、生産・流通企業は、消費者がどのような食生活を送っているのか全く考えていない。競争の厳しい世の中だろうが、もうけばかりを追求した弊害を転嫁されるのは、危険な商品を食べる消費者だ。生産・流通業者はこのまま市場の信頼が失われれば、景気がさらに悪くなるということを学んでほしい。ただでさえ物価高で苦しい中で、食の不安が広まれば、消費はさらに萎縮(いしゅく)する。まじめな事業者が成長し、悪質な業者を退場させる仕組みを作らないと、市場の信頼回復は図れない。
毎日新聞 2008年9月12日 大阪朝刊