この家はケイの家であって、ケイの家ではないのだ。
姑は自分を誇示するように、家が出来上がったときにはすでに、ケイの表札と同じサイズの表札を門柱に掲げていた。
一緒に生活するようになり、まだ姑の本性を知らずにいたケイは体調を壊した姑に「仕事を辞めれば?」と労わり促した。
姑はすでに夫の遺族年金を貰っており仕事を辞めた。
しかし、家に金を入れることはせず、基本的な生活はケイの稼ぎで賄われていた。
故に、姑は遺族年金が全て小遣いになり、お気楽な生活をしていた。
だが、ケイに感謝の気持など微塵も持たなかった。
それどころか、自分がいるから家が成り立ってるなどと思う傲慢な考えの持ち主だった。
姑はお風呂に入るときに、お湯がバスタブから温泉のように流れていないと嫌だと言い、毎日バスタブからお湯を溢れさせたまま入浴するのだった。ヨウコは母親にそれを咎めもしなかった。その為、大きな家でもないのに水道光熱費は毎月7万を超えていたのだ。ケイは後にこのことを知った。
ヨウコもユウを妊娠前に会社を退職しており、お金を全て握られ二人に好き勝手されて、ケイは趣味を持つことさえ許されず、何の楽しみもなく馬車馬のように働くだけであった。
夫婦は別に寝るようになってからセックスレスと言って良いほど、ヨウコは関係を持とうとしなかった。若いケイの性欲が満たされることはない。ユウが小学生になっても、ヨウコは息子と寝るのをやめなかった。
ケイに取ってなんとも暗い日々が続いた。
ケイが一番自分らしくいられるのは家ではなく会社であった。
会社の仲間と一緒にいる時間が一番楽しい時間だった。
そんな時、ケイは研修で遠方の事務所に行かなくてはいけなくなった。ホテル住まいをし、週末に家に帰った。
そこで、ケイは契約社員でバツ1年上のサヨコと出会った。
一緒に飲んだときに意気投合し、不倫関係になった。
サヨコのマンションは事務所から近く、ケイはそこで寝泊りするようになった。
ケイはサヨコが好きとか愛とかそういう感情はなかった。ただ、性的欲求を満たしたかっただけだった。サヨコもそれでいいと思っていた。
研修を終えても、一年ぐらいそんな関係は続き、仕事だと言ってはケイはサヨコの元に行った。
しかし、こんな関係に終止符が打たれる日がやって来る。
ケイは出張に、サヨコを連れて行った。
その時の二人分のチケットの領収書を自分の部屋に無造作に置いていた。
それを、掃除をする時にヨウコに見られてしまったのだ。
それを見たヨウコはすぐに会社に電話をし、ケイに「話があるから今日はどこにも寄らないで帰って来て」と言って電話を切った。
まさか、ばれた?
そう言われケイは仕事を終えたその足で家に帰った。
家では怒り狂ったヨウコが待ち受けていた。
「これは何なのよー!」泣き叫ぶヨウコ。
取り合えず素直に謝るケイ。
「もう二度と会わないって電話しなさいよ!」と、言われケイは仕方なくヨウコの目の前でサヨコに別れを告げた。
怒りの収まらないヨウコ。
「裁判するからね!離婚よ!」
ヨウコはまだ若いケイの性欲など考えることなどなかった。それを少しでも満たしてあげようともしなかった。
普通の妻なら自分も至らないとこがあったと反省するのだろうが、自分には悪い所は一つもないと思っているヨウコが反省するはずもなかった。
不倫が良いとは言わないが、こんな状態ではケイが他の女性に走るのも仕方ないことだと思う。ケイに聞いたが、結婚してから、数えられるぐらいしか肉体関係がなかったと言うのだ。
このことは後に、ケイの言ったとおりだろうなぁと想像できることがある。
この時に、別れていればケイはまだ良かったのかもしれない。
しかし、許されないことをしたと言う罪悪感がケイを苛み、謝るしかなかったのだ。
しぶしぶながらヨウコはケイを許した。
ヨウコの叔父が「今別れて子供を抱えて苦労するより、勤めてる会社が確りしているので将来的なことを考えると今別れるのは損だ。許す方が得だ」と言われたこともあった。
それから、ヨウコは弁当を作り一切ケイにお金を渡さなくなった。
元々一日千円では何もできないのだから、そんな必要などない。
この頃には、ケイはかなりの年収を得ていたが、預貯金や家計などヨウコは一切ケイに話そうとしなかった。不信感が募りケイが通帳を見せるように言うと「ほら、これだけしかないでしょ?」と、赤字のページを見せるのであった。
そんなはずはないと思い、問い詰めると鬼のような形相で食って掛かり、ケイの一言に何倍もの言葉が返っきた。もめるのがイヤでそのことに触れないようにするのだが、我慢できず問うと、同じことが繰り返された。
人を締め付ければ締め付けるほど、人は違う方向に行くのをヨウコは知らない。
そして、そんなヨウコの行動がケイに家庭を壊させる方向に向かわせるのだった……。