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2008年9月3日 21時07分

介護療養型病床は財政再建の「いけにえ」か

 「介護療養型医療施設は財政再建のいけにえだ」「転換型の老健では収支が合わない」「療養病床削減方針は行き当たりばったりで決まった」―。「介護療養型医療施設の存続を求める会」が8月29日に東京都内で開いた「高齢者医療とケアのあり方を真剣に考える日比谷国民会議〜療養病床政策総点検」では、現場の医師や看護師、国会議員、医療経済研究者らがそれぞれの立場から意見を述べ、医療と介護の両方を必要とする人に対するケアの重要性が訴えられた。会場には、約500人の一般市民や医療従事者が詰め掛けた。(熊田梨恵)

【今回のシンポジウム】


 
 同会の吉岡充会長はシンポジウムで、「今般の療養病床政策は財政再建だけを考えた政策で、介護療養型医療施設が財政再建のいけにえになろうとしている」と述べた。

 2006年度の国民医療費は約33兆円。厚生労働省は年々伸びている医療費を抑えるため、06年度から始まった医療制度改革の中で、「医療費適正化計画」を打ち出している。療養病床再編計画は、「メタボ健診」といわれる「特定健診・特定保健指導」などと並ぶ、この計画の重要な柱の一つだ。
 療養病床再編計画では当初、38万床(医療型25万床、介護型13万床)ある療養病床のうち、介護型は11年度末までに全廃し、医療療養病床は15万床にまで削減するとの方針を打ち出していた。しかし、実際の再編が計画通りに進んでいない現状を踏まえ、現在は医療療養病床を22万床、回復期リハビリテーション病棟を3万床残すとし、残りは転換型の介護老人保健施設(老健)である「介護療養型老健」などへの転換を勧めている。しかし、老健よりも一般病床に転換する療養病床の方が多いことを指摘する調査もあり、現場からは「転換型の老健ではスタッフが足りず、患者に合ったケアが提供できない」「転換すると採算が合わない」などの声が上がっている。

 それぞれのパネリストの主張を紹介する。


■療養病床削減は行き当たりばったり
元財務省官僚の村上正泰氏
 療養病床削減方針が打ち出された背景には、「骨太の方針06」による毎年の社会保障費2200億円削減がある。厚労省も抵抗したが、これだけ財政再建方針のプレッシャーが強いと、削減対象を見つけなければならず、06年度診療報酬改定で療養病床がターゲットになったのだろう。
 療養病床削減方針はあまりにも突然に決まった。まず、05年に出された厚労省の「医療制度構造改革試案」や、与党の「医療制度改革大綱」にも、「介護型療養病床廃止」や「15万床にまで削減」という内容は入っていなかった。これは普通の政策決定プロセスと比較すると異常な事態。例えば、税制改革の場合、まず議論された内容について合意された後、「税制改革大綱」がまとめられて法案となる。しかし療養病床削減の場合、大綱がまとまっているにもかかわらず、法案提出直前になって突然「療養病床削減計画」が出てきたため、与党の法案審査でも猛反対が出て大紛糾した。
 急にこの方針が出た背景には06年度診療報酬改定がある。同改定では、全体の改定率が過去最大のマイナス幅に決まったことを受け、療養病床に導入された「医療区分」について、「医療区分1」の患者に対する点数は採算が合わず、医療機関として経営が成り立たない水準にまで大幅に引き下げられた。その分、医療保険適用の療養病床が削減でき、そうなれば延べ入院日数も減るので、結果的に入院日数短縮も達成されることになる。この医療区分と平均在院日数短縮の目標の整合性を取るために、「医療制度改革大綱」がまとめられた後ではあったが、「療養病床削減計画」が第一期医療費適正化計画の柱として、急きょ位置付けられることになった。
 介護型療養病床の廃止についても、老健局の方から05年末になって突如その方針が出た。それまで医療と介護の役割分担の明確化についてはいわれていたが、廃止という議論は全くなかった。こうしてそれぞれで検討していた方針を掛け合わせると、「療養病床を15万床にまで削減」ということになった。このように決められた計画なので、細部ではおかしいところがたくさんある。通常は受け皿の議論をしてから廃止するかどうかを話し合うはずだが、受け皿の整備が不確かなまま、先に削減が決められた。このため、当時の国会でも追及されたが、政府は「これから地域ごとの計画を立て、患者の追い出しにならないようにする」との答弁を繰り返すだけだった。言葉の内容が可能かどうかは不確実なまま、厚労省を信じるか信じないか、という話になってしまっていた。政策の進め方の順序が明らかに逆だったと思う。


■療養病床削減、自民は「部会長一任」で了承
飯島夕雁・自民党衆院議員
 06年1月半ばに開かれた自民党の厚生労働部会で、初めて厚労省から療養病床削減計画について説明を受け、議員からは多くの異論が噴出した。部会長からの提案に続いて厚労省から説明があったが、数字などのベースは既に決まっていて、会議だけが開かれたという感じが否めない。わたしも厚労省が出した数字を見た時に医療・介護難民が出ると思った。ほとんどの議員が「現場はこんなことはない」とかみついたが、最終的に「部会長に一任を取り付けていただいたということで閉めます」として、その会合は終わった。納得がいかなかったので、部会終了後に開催された、上部組織である総務会に駆け付けた。「部会では部会長一任を勝手に取り付けたのであり、一任を了解したものではない。しっかり議論してもらわないと困る」と訴えた。しかしその席では、「療養病床再編については厚労省が言うように議論していくが、受け皿整備を約束するという条件で法改正していきたい。少子・高齢化が続く中、保険給付の見直しをしていく中で避けて通れないことだ。今後は国会議員が嫌がる、消費税の議論で自己負担を増やすかどうかなどについても議論していくので、法律を通させてくれ」というのが当時の流れだった。こうして、「削減したからには高齢者が幸せになる受け皿をつくる」という内容の付則が付き、この法案が通された。
 このため、11年度末までに受け皿施設をつくろうとされている。厚労省の方で「介護療養型老健」を出してきたが、医師は1人で、スタッフの配置も少ない。「医療区分1」を「1」のままにするためにチームケアをしていること、現在のスタッフがどれだけ苦労しているかが理解されていない。厚労省には任せておけないと思い、3月に「療養病床問題を考える国会議員の会」を立ち上げた。厚労省は介護と医療の両方が必要な人がいるということを認めないが、介護療養型医療施設は、特養や老健が受け入れない、リスクの高い患者をケアしている。わたしたちが6月にまとめた提言では、「医療と介護を一体としたサービスを維持する」ことを最も重要な機能として受け皿施設について提言した。福田康夫首相と舛添要一厚生労働相に提出し、これが話し合われないならば、通ってしまった法案の撤回も考えるとしている。この提言にのっとって活動し、法案に乗せていきたい。国会議員は皆さんの声がないと動けない仕事だから、よろしくお願いしたい。


■宮島老健局長の発言に注目
清水紘・日本慢性期医療協会副会長
 これが7月の人事で新しく就任した、今の厚労省老健局長、宮島俊彦氏の就任時記者会見の発言だ。
「療養病床の医師は1万人いるが、なぜ子どもや妊産婦を診てくれないのか」
「療養病床では病状が急変すると一般病床に送るという。それで病院なのか。病院という名前はやめてほしい」
 これを聞いてどう思うか、判断は皆さんに任せたい。
 そして、療養病床削減という重要なことがたった約1週間で決められたという事実を皆さんにはよく覚えておいてもらいたい。


■介護型療養病床が転換すると収支は悪化
川渕孝一・東京医科歯科大大学院教授
 厚労省は介護療養型老健について、「人員配置を軽減するので報酬単価は下がるが、人件費の支出も減るので、収支で見ればそれなりに確保できる」としている。しかし、厚労省の発表するデータに基づいてシミュレーションしてみたが、介護療養型から転換する場合は医療療養型、介護療養型老健のいずれも収支は現状より悪くなった。経過型介護療養医療施設(113床で多床室、看護6:1の場合)が介護療養型老健(介護4:1の場合)に転換した場合、現状と比較して支出は減少するが、収入減の方が大きい。医療療養病床に転換した場合、収入は増えるが、費用増の方が大きくなった。経済学者であるわたしから見て、収支が悪くなることをやるというのは考えられない。
 また、このままの推計でいけば、05年で2600万人いる65歳以上の高齢者は、55年には3600万人になり、その分の介護スタッフも必要になる。厚労省は、介護職は年間4万−5.5万人増えると見込んでおり、看護師も5万人必要になる。しかし、年間100万人しか子どもは生まれていないので、10人に1人が介護職か看護師になるということになる。こんな推計で大丈夫なのだろうか。このままでいけば、持ち家率の高い日本人の場合、頑張れるところまで自宅で頑張り、最後は介護ロボットの助けを借りて施設で最期を迎えるという形になるのではないだろうか。


■これが日本の民主主義か
安藤高朗・日本慢性期医療協会副会長
 療養病床削減の方針が出た当時、日本療養病床協会(現在の日本慢性期医療協会)の責任者としてある席に呼ばれた。その時に「これが民主主義の国か。日本という国か」と思うような圧力を受けた。しかし、現在は議員の先生などから「(家族が)急性期から追い出されてしまい、家で見られないから最後まで見てくれるか」「リハビリテーションに期限があることは知っているが、期限が切れてもやってもらえないか」と相談された。やはり本音と建前があるということではないのか。
 療養病床削減については、例えて言うと、二階へのはしごを登らされて外され、火を付けられてロケットで飛ばされたようなもの。以前は東京都から、「(協会の)会員に介護保険の療養病床を選ぶよう言ってくれ」と言われていたが、介護型は廃止が決定された。厚労省からは並行して医療保険の療養病床も削りたいと言われ、日本という国が信じられなくなった。当時は小泉政権の政策に乗って、ごく一部によって削減が決められたが、国会議員もよく分かっていなかったと思う。先日ある国会議員から、「療養病床は医療保険と介護保険の2種類に分かれているんだね」と言われ、今ごろ何を寝ぼけているのかと思った。


■転換型老健では身体拘束に後戻り
井口昭子・上川病院総師長
 介護型療養病床から、転換型の介護療養型老健になったと仮定してケアを考える。介護型は常勤医が3人以上だが、介護療養型老健は1人プラスアルファ(アルファは外部の医師による往診)。つまり土日や夜間は医師がいないということになる。これで手厚いケアができるとは考えにくい。これまでは夜間に誤嚥の心配があったときなどは当直医に診てもらい、抗生剤を出してもらえたが、往診医では状況が分からないため、常勤医に電話して診察なしの指示のみで、看護師が抗生剤を使うようなことも出てくるかもしれない。従来のように患者の状態に応じて予防的に抗生剤を使うこともできなくなるだろう。
 これまでは適切なケアによって何とか医療区分1の状態を保っていたが、手厚いケアができない介護療養型老健ではすぐに悪くなってしまう。こうした態勢では施設側も責任を持てないとして、状態が不安定な人に転院を勧めたり、入所を拒んだりするようになり、安定した軽い患者が入所するようになるだろう。
 わたしたちはこれまで身体拘束廃止に取り組んできたが、介護療養型老健では現在よりもスタッフが3割程度減るので、認知症で昼夜逆転や夜間せん妄の患者がいれば、以前のように拘束せざるを得ない状態になってしまう。これでは患者を中心にしたケアは提供できず、スタッフのモチベーションも下がるだろう。また、今の施設ではリハビリテーションスタッフが3人いるが、介護療養型老健では1人になるので、リハビリをしっかりすれば自宅に復帰できる患者も、可能性が狭まる。リハビリ専門の施設が必要になるだろう。


■誰にも看取られず亡くなっていくのか
勝田登志子・「認知症の人と家族の会」副代表理事
 認知症があっても安心して暮らせる社会、認知症があっても一人の人間として扱ってほしいということを求めて活動してきた。
 厚労省の提案する介護療養型老健はあまりにも安易で、看板だけを付け替えて介護報酬を下げるというもの。安らかに尊厳ある死を迎えたいと思っても、あの内容では医師もおらず、誰にも看取られず亡くなるということが起きかねない。果たして厚労省が言うように、夜間などには医師や看護師はオンコールで駆け付けてくれるのだろうか。
 認知症は「医療区分1」が多く、「社会的入院」といわれて家族は肩身が狭い思いをしている。廃院する病院もあり、在宅に帰れない事情がある人もいる。わたしたちはどこに行けばいいのか。お金を締め付けることから考える厚労省の案は受け入れられない。
 介護報酬などについて議論する厚労省の審議会「社会保障審議会介護給付費分科会」の委員でもあるが、残念ながら一回の議論はたった2時間で、思いをしっかりと発信できない。既に12月までの14回分の日程も決まったが、どこで何を審議するかが明らかになっていない。議題が届くのは1週間前、資料は2、3日前で、会合に来てみると資料が積み上がっていることも。改善を要望しているが、本当はもっと時間をかけてしっかり議論すべきだ。

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