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  ▼ 記者の視点
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理解されない予防接種のリスクとベネフィット
医師、行政、企業、報道がそれぞれ啓発を
2008.9.3

 本紙8月29日号の特集で、初めてワクチンを取り上げた。海外では一般的に使われているワクチンが日本国内では使えない、いわゆる“ワクチン・ギャップ”や、時代に対応できない予防接種法など、ワクチンを取り巻く課題は多い。だが、約4カ月の取材を経て最も強く感じたのは、「予防接種の意義が国民に理解されていない」ということだ。

 すでに国内で流通しており、定期接種に含まれているワクチンでさえも、接種率が高まらず、感染が拡大するケースがある。そこから、個別のワクチンが導入されるかどうかや、定期接種・任意接種という分類の問題以前に、予防接種に対する国民の理解が不足していると感じた。

◎ 危機が迫れば予防接種を受ける

 先日、ワクチンの情報提供をしているMRと酒を飲む機会があり、彼らの日常的な活動や、医療現場の声などを聞いた。その場で、「どうして日本ではワクチンが使われないと思うか」と尋ねたところ、その場にいたMR全員が、即座に口をそろえて言った。「副反応への抵抗感ですよ」。

 MRのリーダー格は言う。「体の中に異物を入れるのだから、何の反応もない方がおかしい。多少の発熱があっても不思議ではないだろう。しかし、そのワクチンのおかげで重篤な感染症を防げるのだということも、一般の人に理解して欲しい」。要するに、ワクチンのリスクとベネフィットが住民に理解されていないというのだ。

 その後、秋田県大館市を取材した。麻疹が流行した大館市は、今年1月に「非常事態宣言」を発令。公費補助による緊急予防接種を実施するとともに、学校保健法に基づいて「予防接種を打たなければ登校を認めない」という強制措置を日本で初めて実施した。こうした“脅し”が功を奏したとはいえ、大館市の取り組みは成功だったと思う。

 なぜならば、最終的には秋田県の麻疹2期(小学校入学前1年間)の予防接種率が95%を超え、都道府県の中で唯一、WHOの推奨値に達したからだ。この域まで達すれば、麻疹を鎮圧できるようになる。

 大館市の取り組みが成功したのは、強力なリーダーシップを発揮する小児科医がいたことが大きい。医師の情熱が行政を動かし、市広報や地方紙、学校教育現場などを通して、住民に予防接種の必要性が伝わった。

 大館市の事例で明らかになったのは、「危機が迫れば、多くの住民は予防接種を受ける」ということだ。ほとんどの住民が、副反応のリスクよりも、ワクチンのベネフィットを選択した。予防接種を否定するほど副反応を怖がる住民はまれなのではないだろうか。

◎ 国民の意識は変えられる

 大館市の取材を経て、国民の意識は変えられると感じた。予防接種に対する理解を深め、接種率を上げるためには、<1>医師<2>行政<3>企業<4>メディア―の協力が不可欠だと感じている。

 医師は、予防接種の重要性を直接住民1人1人に訴えることができる。さらに、学校などを通じて教師や保護者にも説明できるし、努力次第では大館市のように、住民の健康を守る医師の立場から、市政を動かすことも可能だ。

 行政、特に強大な権限と責任を持つ厚生労働省には、医療現場のニーズに対して迅速に対応してもらいたい。必要があれば、60年も前につくられた予防接種法に縛られることなく、勇気を持って法改正に臨んで欲しい。必要な予防接種をすべての住民が受けられるような体制づくりが必要だ。そして、ワクチンごとにリスクとベネフィットを検証し、どの程度のレベルで国民に推奨するのかを明確にアナウンスして欲しい。

 企業の果たす役割も大きい。必要なワクチンを日本国内に速やかに導入し、市場をつくっていく努力を継続すべきだ。プレスセミナーなどの疾患啓発活動のほかに、医師らの市民啓発活動を善意の資金面でサポートすることも可能だろう。そして最も重要なのは、良い情報も悪い情報も、包み隠さず開示する姿勢だ。それができなければ、リスクとベネフィットに対する理解は得られない。

 国民感情に最も影響するのはメディアの姿勢だ。ワクチンのリスクだけを強調するような論調は、そろそろ慎むべきだ。もし、副反応で後遺症が出た人がいるとすれば、それは悲しむべきことだし、適切な対処が必要だと思う。

 ただ、反ワクチンキャンペーンを展開して、接種率が低下したとすれば、本来、ワクチンで防げたはずの感染症に罹患し、患者が亡くなった場合に一体誰が責任を取るのか。重要なのは、リスクとベネフィットのバランスである。まして予防接種は、健康な人が副反応のリスクを承知の上で受けるわけであり、なおさら4者が協力して、国民の理解を深めていく必要がある。(佐下橋 良宜)



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