見渡す限り広がった雑草が風に揺れ、水田だった面影はない。成田空港に近い千葉県芝山町の「仮登記農地」。宅地開発を目指した不動産業者が地上げを進めて所有権移転を仮登記した後、バブル崩壊で事業が頓挫した。売買代金を受け取った農家には「他人の土地」で、耕し手はない。農地法の趣旨を逸脱しているのに規制のない仮登記が、貴重な農地を荒らしている。【井上英介、奥山智己】
町役場幹部などによると、町内の農地・山林22ヘクタールを造成し、戸建て住宅380棟を売り出す計画が90年に持ち上がった。予定地には農地12ヘクタールが含まれ、東京の不動産会社が農家48人に売買代金を支払って、所有権移転を仮登記した。
「地上げ屋さんが来て『二束三文の農地が大化けする』と騒ぎになった。みんなもろ手を上げて歓迎した」。農家の一人が当時を振り返る。水田20アールを3000万円で売り、家を新築した。「みんな新築したよ」。一方、結束の固かった地域に「もっと高く売ったやつもいる」と疑心暗鬼も引き起こした。
登記簿上も、農業委員会の農地基本台帳上も、農地は今も農家の所有だが、「売れば耕作意欲はわかない。そういうもんです。耕せといわれても、あそこまで荒れたら無理だ」。12ヘクタールの大半が荒れた。
不動産会社は登記簿の住所に事務所はなく、休眠状態だった。
自宅で取材に応じた社長(67)は、買収資金を出した旧城東信用金庫(東京都江東区)の元職員だった。理事長の意向で送り込まれ、数十億円の融資を受けて地上げに専念したが、事業は93年に凍結。翌年、古巣は他信金と合併し、東京ベイ信用金庫(千葉県市川市)となった。
東京ベイ信金は、融資の担保とした仮登記農地を今も不良債権として抱え、引き受け手を探している。千葉県内の農業生産法人に買わせようとしたが失敗。昨年、町に寄付を申し出た。「もらっても放置できず、開発は新たな負担となる」と町は難色を示す。
仮登記で荒れた農地に数年前、大量の建設残土が捨てられた。町と県の命令で産廃業者は原状回復したが、周辺住民は「いつまた捨てられるか」と不安を感じている。
仮登記された農地は地域の「厄介者」になっていた。
毎日新聞 2008年9月1日 東京朝刊