犯罪被害者。この言葉を抜きに、現在の少年犯罪は語れない。
浪速少年院では、中間期教育の少年に対し、「被害者の視点を取り入れた教育」というテーマで計15回の授業を行う。
授業では、実際に起きた事件に基づくビデオを上映。2人組の強盗に息子を殺害された母親が「これほど人を憎いと思ったのは初めて。刺し違えてでも同じ思いを味わわせたい」と訴えた。
私語が許されない少年院は普段でも静かだ。だが、ビデオを見終わった少年たちには、「静寂」以上の重苦しい空気が立ちこめた。
「お母さんに対してどう感じましたか」。教官が質問した。1分、2分…。1人の少年が手をあげた。
「息子さんを奪われた苦しみは、計り知れないと感じました。今まで自分は、被害者の立場を人ごととしか考えていませんでした」
少年はゆっくりと発言した。
* *
犯罪による被害は被害者の家族にも及ぶ。遺族は精神的に不安定になり、家庭崩壊につながるケースもある。
罪を犯した人間にこそ被害者の苦しみや心情を伝えたい。こういった思いから、犯罪被害者の会や支援者組織は、全国の刑務所や少年院で講演を実施、浪速少年院でも行われている。
しかし、民間の犯罪被害者支援組織のある女性は、「少年に被害者の声を伝えることは難しさが伴う」と打ち明ける。
「殺人事件の遺族の中には、『相手を殺してやりたい』と話す方もいます。でも、私は、少年院ではそういう『生』の感情を少年たちにストレートに伝えることはしません。まだ幼いまなざしを見ると、(自分の)心にブレーキをかけざるを得ないんです」
女性は活動を通じ、加害者が被害者の苦しみに気づき、謝罪しても、被害者の心が癒やされることはなく、謝罪の手紙も、遺族の「しらじらしい」という怒りにつながることを経験してきた。
少年院での講演で女性はあえて強調する。「被害者が加害者を許すことはない」。それでも、いや、だからこそ、「罪を悔い、反省の気持ちを真摯(しんし)に伝え続ける以外に謝罪の方法はない」と。
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全国の少年院では、8月中旬に盆法要が営まれる。現在、浪速少年院に人の命を奪った少年はいない。法要では、戦後の混乱で院内の食糧が不足、栄養失調などで命を落とした少年や、少年の親族の冥福(めいふく)を祈る。
矯正教育、職業訓練と厳しい日課が続く少年院。少年たちの楽しみの一つが近くで行われる花火大会の見物だ。
夜の行事のため、万一の事態に備えて、少年の周囲を教官が囲み、ライトが照らす。
花火の中盤、少年に氷菓が振る舞われた。「ゴミをポケットに入れて持ち帰るなよ。処分の対象だぞ」と教官。「分かってますよ」。少年の声も少し弾んでいる。
花火見物を終えた少年は、「自分のせいで被害者が夜間に外出できなくなり、花火がみられなくなったかもしれない」と日記につづった。
被害者の心を理解する−。自分中心の生活をしてきた少年が取り組まなくてはならない、最も難しく、そして最も大切な課題だ。(写真報道局 土井繁孝)
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