ラサ旧市街のジョカン寺前を巡回する武装警察部隊=21日、西村写す
ラサのポタラ宮前に掲げられた「民族が大団結し、心を一つにして五輪を迎えよう」というスローガン。その前で、チベット族の仏教徒らが黙々と五体投地の礼拝を続けていた=21日、西村写す
【ラサ(中国チベット自治区)=西村大輔】北京五輪の喧騒(けんそう)を離れて南西へ約2500キロ。漢族支配への反感から、3月にチベット僧や市民らの騒乱が広がったラサの街は今、閉塞(へいそく)感に覆われている。軍や警察が厳戒態勢を敷き、自由な会話もはばかられる雰囲気だ。人々は五輪をどんな思いで見ているのか。5千メートル以上の山々で外界から閉ざされた街に21日、入った。
3月14日に大規模な騒乱が起きたラサ中心部のジョカン寺の広場。寺の正面ではいつものように、チベット仏教徒たちが全身を地面に投げ出して礼拝する「五体投地」を続けている。すぐ後ろを5〜10分おきに、小銃を構えた数人の武装警察部隊が通り過ぎていく。仏教徒たちは一顧だにせず、黙々と礼拝を続ける。
力で抑え込む中国当局と、信仰に没頭するチベット族。平穏な顔の下に緊張感をはらむ、今の関係を象徴的に映し出す光景だ。武装警察の数は五輪が近づいた7月半ばから再び増え始めたと住民は言う。
厳戒態勢のもと、チベット族の住民の口は重い。ジョカン寺を取り囲む繁華街バルコルで店主たちに話しかけても、「わからない」「何も言えない」という答えばかり。10〜20メートルおきに数人の警察官がいすに座り、周囲に目を光らせている。
30代の尼僧は「ジョカン寺はチベット仏教の聖地。銃を構えた武装警察がうろつくのは耐えられない。早く去ってほしい」と、こっそり話した。
街は漢族とチベット族の居住地が分かれている。目抜き通りの北京中路には漢族が経営する商店やホテルが集まり、騒乱では襲撃を受けた。黒こげになった店舗などが今も野ざらしになっている。
四川料理店を営む漢族の女性は「騒乱後チベット族の客はめっきり減った。チベット族の店員も漢族に代えた。彼らは私たちを憎んでいる。怖くてチベット族居住区は通れない」と話す。
五輪への視線は冷ややかだ。ある寺院の40代の僧侶は声を潜めた。「チベット族は五輪で漢族が負けると喜んでいる。自分たちの国で五輪が開催されているという意識はまったくない。当局批判につながる意見は家庭でも話すことがはばかられ、特別な許可証がなければよその街にも行けない。五輪がもたらしたのは恐怖と不自由だけだった」
取材は自治区政府の許可を得て入った。昼間は外国メディアの窓口である外事弁公室の係官が記者に同行する。その案内で会ったチベット族は、共産党員の年金生活者イシロジュラさん(74)。「毎日テレビで五輪を観戦し、中国の選手を応援しています。中国人の100年の念願がかなった」と笑った。
「チベットは歴史上最も幸福な時代を迎えている。共産党のおかげで発展した。ダライ・ラマの時代こそ奴隷社会だった」。横で係官がメモを取り続けていた。
チベット騒乱は、チベット族と漢族の対立を際立たせただけでなく、チベット族同士の溝を深めたようにも見えた。