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五輪閉幕へ―北京に刻んだ歓喜と涙

 どんな華やかな祭りにも終わりが来る。蒸し暑さに秋の気配も感じられる北京の五輪はきょうが最終日だ。

 競技会場とその周辺に限れば、心配されたテロや大きな混乱はなかった。大会の主役はまさに200を超える国や地域から集まった選手たちだった。そのことにまず胸をなで下ろす。

 「どれほど記録を伸ばせるか、わからないわ」。そう笑ったのは陸上女子棒高跳びで連覇したロシアのエレーナ・イシンバエワ選手である。屋外で重ねた世界記録の更新は14度目だ。

 日本にとっては、王者米国を倒したソフトボールが後半戦のハイライトだった。上野由岐子投手が2日で3試合、400球を超える熱投。「体力だけでなく、頭がパンクする」ような疲れをねじ伏せ、球技で32年ぶりの金メダルをもたらした。「まだまだ投げられる」という鉄腕ぶりが頼もしい。

 陸上男子のトラック種目としては史上初のメダルとなった400メートルリレーの「銅」も忘れがたい。

 敗者にも心に残る姿があった。柔道男子で2大会連続の金メダルを狙った日本選手団の主将、鈴木桂治選手は初戦で敗れた。「今は何も残っていない。やり残したこともない」

 人の強さと弱さ、勝利への執念と敗北の無念さ。勝負のあやと非情。そうしたことが選手の姿と言葉からにじみ出て、片時も目を離せなかった。

 五輪はナショナリズムを呼び起こす。そんな中で印象的だったのは、女子バレーの米国を銀メダルへ導いた郎平監督と、シンクロナイズド・スイミングで中国に初のメダルをもたらした井村雅代コーチだ。中国の元スター選手と日本を代表する指導者が母国を離れて献身的に指導する姿は、国境を軽やかに超える新鮮さを感じさせた。

 女性でいえば、中東イスラム圏からの参加が目を引いた。長く宗教的な理由でスポーツへの道を閉ざされてきた人たちだ。地味だが、着実な変化を実感した大会でもあった。

 視線を中国に移せば、「百年の夢」だった五輪開催の気負いが目立った。開会式での独唱の少女の「口パク問題」など過剰な演出がたて続けに明らかになった。大会の成功を願うあまりとはいえ、少々やりすぎだったろう。

 観客席では中国選手の活躍には五星紅旗が乱舞したが、他国の選手へ拍手する余裕は乏しかったようだ。露骨なブーイングがあったのも残念だった。今回の五輪の体験をスポーツを楽しむきっかけにしてほしい。

 競技施設を惜しみなく建て、人を大量に動員する。そんな豪華な五輪は今回の中国が最後だろう。質素で中身の濃い祭典をどうつくるか。その課題は4年後のロンドン大会へ引き継がれる。それは16年の五輪に立候補している東京が解くべき問題でもある。

米印核協力―日本はノーと言うべきだ

 核不拡散条約(NPT)に加盟していない国には、原子力平和利用の支援をしない。この原則を守る役割を担ってきたのが、日本など45カ国でつくる原子力供給国グループ(NSG)だ。NSGの決定は全会一致方式で、一国の反対でも原発の技術や核燃料の輸出は認められない。

 そのNSGで、NPTへ入らずに10年前に核実験をしたインドを特別扱いし、平和利用で協力してよいかどうかの論議が行われた。

 インドの例外化を提案するのは米国だ。経済成長するインドに原子力利用で協力すれば、世界経済にも地球温暖化防止にも役立つ。原子力ビジネスの機会を広げる思惑も加わって、米印原子力協定が結ばれた。これを受け、実際に例外化を認めるかどうかがNSGで話し合われたのだ。

 NSGでは賛否が分かれ、結論は持ち越された。現状でのインドの特別扱いは論外であり、異論が出たのは当然のことだろう。

 インドから核軍縮の約束もないまま例外化を認めれば、NSGへの信頼は失墜する恐れがある。インドは74年、西側から輸入した技術・物資をもとに、平和目的の名目で核実験した。この苦い経験からNSGが設置され、厳しい輸出規制を実行してきた。

 歴史を忘れたかのように安易に例外化を認めれば、NPTの番人としてのNSGへの失望感が一気に強まるだろう。ひいてはNPTの空洞化が進むことにもなる。

 他国への「負の連鎖」も懸念される。インドはNPT未加盟なばかりか、包括的核実験禁止条約(CTBT)にも署名していない。インドのシン首相は、米印協定は将来の核実験を妨げないとの見解さえ示している。

 このままインドの特別扱いを認めれば、インドに対抗して核保有したパキスタン、6者協議で明確な核廃棄計画を示していない北朝鮮が、NPTの枠外で核保有を容認すべきだとの主張を強めかねない。それはアジアの安定にも、日本の国益にもそぐわない。

 福田首相はこの夏、核廃絶に向けて国際社会の先頭に立つと、被爆地で明言した。今回はそれを行動で示す好機だったが、米国やインドへの気兼ねもあり、日本の存在感は薄かった。

 来月にもNSGで論議が再開される見込みだが、インドが原子力で国際協力を求めるなら、将来の核廃棄につながるよう、少なくともCTBTに署名すべきだ。兵器用核分裂物質の生産禁止条約づくりにも積極的に加わり、条約ができればすぐに加盟して核軍縮に向かってもらう必要がある。

 それが最低限の条件だが、これさえインドは受け入れていない。インドが方針を変えないなら、日本は米印協定に明確にノーと言わねばならない。

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