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「対テロ戦争」の最前線に立つパキスタンで、9年余りも権力を握ってきたムシャラフ大統領が、辞意を表明した。反対派がおさえる議会から弾劾手続きを突きつけられ、進退が窮まった末のことだ。
テレビ演説にのぞんだムシャラフ氏は、「議会との対立がこれ以上深まるのを望まない」と決断の理由を述べた。自ら身を引いて政治的な混乱を回避しようという姿勢は評価できる。この機会に選挙で選ばれた政党が協力し、民主的で安定した政権づくりを急がなければならない。
パキスタンの政治は、腐敗した政党政治と軍の粛正クーデターの繰り返しで揺れ動いてきた。陸軍参謀長だったムシャラフ氏が権力を握ったのも、政党の腐敗が原因だった。こうした不毛な権力争いに終止符を打つべきだ。
ムシャラフ氏はすでに、内外の信頼を失っていた。昨年10月の大統領選で再任を果たしたものの、参謀長を兼任していたため、違憲の疑いがあると最高裁に指摘された。すると、非常事態を宣言して最高裁長官らを解任してしまった。
年末には、人気の高かった野党指導者ブット氏が、選挙運動中に自爆テロで暗殺された。この悲劇の真相はまだ究明されていない。
今年2月の総選挙で与党が惨敗した時点で、国民から不信任を突きつけられていた、と言えるだろう。
この政権を、米国が「対テロ戦争の盟友」として支えてきた。ブッシュ政権にとって、9・11同時多発テロ以後のアフガニスタン侵攻はパキスタンの協力なしでは不可能だった。国内での強権的な対応には目をつぶって、巨額の軍事援助を与えてきた。
パキスタンの情報機関はかつてタリバーン勢力を育てて、アフガニスタンでの政権奪取に協力したと言われる。米国には、ムシャラフ氏以外では、この強大な情報機関と軍部を抑えられないという読みもあったようだ。
だが、現状ではアフガニスタンの治安は悪化する一方だ。タリバーン勢力はパキスタン領内の部族地域に拠点を移しているといわれるが、ムシャラフ氏はその掃討には及び腰だった。
米国の対テロ戦争に協力するほど、国内でイスラム過激派の台頭を招く。こうした矛盾はなお続くが、これから対テロ戦争の正面に立つのは、選挙で選出された政府であり、国会である。
パキスタンのような核保有国が政情不安定に陥ったなら、テロリストによる核兵器の入手など最悪の事態も起こりうるかもしれない。イスラム過激派や軍強硬派の台頭を決して許してはなるまい。
テロとの戦いも、核の不拡散も、民意に基づいた政治が主導しなくてはならない。
南極海で調査捕鯨をしていた日本の船は、反捕鯨団体「シー・シェパード」からたびたび妨害を受けてきた。この妨害に対し、日本の警察が刑事事件として立件に乗り出した。
警視庁が威力業務妨害の疑いで逮捕状を取ったのは、米国人と英国人のメンバー3人だ。昨年2月、日本鯨類研究所の調査船海幸丸にゴムボートなどで近づき、甲板めがけて発煙筒を投げ込んだり、スクリューにロープを絡ませたりした。これが容疑の内容だ。
クジラなどの野生動物の保護を掲げるシー・シェパードは1977年に発足した。米国に本部を置き、世界からの寄付で運営される。実力行使をテレビやネットを通じて伝え、世界の関心を引きつけようとしている。
動物保護に限らず、自らの主張を表明する自由は、地球上のどこであっても尊重されなければならない。しかし、逮捕状の容疑が事実であるなら、明らかに表現の自由を逸脱している。警察が法律に基づいて摘発するのは当然のことだ。
この事件後も、シー・シェパードの妨害行為は過激になるばかりだった。今年になって、日本の別の調査船に乗り込んだり、液体の入った瓶を投げ込んだりして乗務員にけがも負わせた。
こうした妨害行為に対し、反捕鯨国も加わっている国際捕鯨委員会(IWC)は「人命や財産を脅かすどんな行為も許さない」とする非難声明を全会一致で出した。
シー・シェパードの過激な行動は、ほかのNGOからも批判されている。
欧米のNGOには、権力が人権を侵害するなど重大な過ちを犯したときには刑事訴追を恐れずに行動するとの考え方がある。だが、社会に受け入れられる範囲の実力行使と、人に危害を与える暴力行為とは厳しく分けている。シー・シェパードが批判されるのは、その一線を越えたからなのだ。
警察は国際手配をする方針だ。日本と犯罪人引き渡し条約を結んでいる米国、韓国以外の国も、3人の引き渡しに協力してもらいたい。
それにしても、事件の背景になっている捕鯨問題の溝は深い。クジラを食糧などの「資源」と見る日本などの捕鯨国に対し、米豪や多くの欧州諸国などの反捕鯨国では「守るべき野生動物」との考え方が強い。反捕鯨団体の活動が先鋭化するのも、こうした反捕鯨感情に支えられてのことだ。
摘発すべきは摘発するとしても、それは捕鯨の是非の問題と絡めてはいけない。反捕鯨活動への弾圧と受け取られるような捜査になっては、反捕鯨国から無用の反発を招きかねない。
日本が捕鯨を続けようというなら、クジラを捕ることは一つの文化であり、資源保護にも反しないことをもっと粘り強く訴えていく必要がある。