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クローズアップ2008:アイヌ有識者懇始動 「先住権」巡り駆け引き

 ◇政府側、補償要求を警戒/アイヌ側、まずは生活支援

 アイヌの先住民族認定へ向けた政府の「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」が11日始動した。「虐げられた歴史」を政府に認めさせ、先住民族としての権利(先住権)を回復するのがアイヌ民族の悲願。土地や資源の返還・補償などを要求されることを警戒する政府に対し、先住権は長期課題と位置付け「まずは教育・生活支援を」と優先課題を絞る構えもみせる。先住権を認めず、北海道開発を優先してきた明治以来の政策をどう転換するのか。1年後の報告書提出をにらんだアイヌと政府の駆け引きが始まった。【千々部一好、高山純二】

 ●今なお貧しく

 「(アイヌの)生活相談員として18年間務めてきた体験、アイヌの貧困の状況を話した」。11日、首相官邸で開かれた有識者懇の初会合後、アイヌ代表としてメンバーに選ばれた北海道ウタリ協会の加藤忠理事長は記者団にこう語った。

 加藤理事長は初会合の席で涙ながらにアイヌの貧窮を訴え、有識者懇の議論を短期、中期、長期の課題に分けて進めるよう提案。生活水準の向上に直結する支援策を当面の優先課題とするアイヌの姿勢を他のメンバーに強く印象づけた。

 アイヌ側には、97年のアイヌ文化振興法(アイヌ新法)施行後も他の国民との生活や教育の格差が縮まらないことへの不満が強い。北海道内のアイヌを対象に道が06年に実施した生活実態調査では、生活保護受給率が3・8%と他の住民の1・6倍に上り、大学進学率17・4%は半分以下だった。

 こうした中、アイヌの人たちを勇気づけたのが07年に国連で採択された「先住民族の権利宣言」だった。土地や資源に対する権利や政治的な自決・自治権など46項目の権利が盛り込まれた。これに基づき、衆参両院で今年6月、先住民族認定を政府に求める国会決議が採択された。

 ●国連定義なし

 しかし、政府は国連の宣言通りに先住権を認める姿勢ではない。

 「国連宣言には先住民族の定義がなく、国連宣言と国会決議の先住民族が同義であるか結論を下せる状況にない」。国会決議後、鈴木宗男衆院議員の質問主意書に政府はこんな答弁書を出した。政府は決議を受けた官房長官談話で「先住民族であるとの認識の下」にアイヌ政策を進めると表明したが、国際法や国内法令に基づく「認定」ではないというわけだ。

 政府が警戒しているのは、国連宣言に書かれた先住権の要求、とりわけ土地の返還や過去の補償、国会・地方議会の議席枠などをアイヌ側が求めてくることだ。他の国民と違う権利をアイヌ民族に認めるには憲法改正も必要になる。

 急進的な先住権要求が警戒されていることはウタリ協会側も分かっている。同協会は84年に独自にまとめたアイヌ新法案でも過去の補償要求を避け、農地確保や就職機会の拡大など経済的な自立支援策と、中・長期の課題を検討する政府の審議会設置などを盛り込んだ。先住権をめぐる理念的議論で政府とぶつかるより、これらの「積み残し」を実現させた方が得策との意識も協会内にある。

 ◇差別逃れ、全国に離散 個人認定、課題に

 アイヌ側が求める支援策の実施には、だれがアイヌなのかを特定する「個人認定」という課題も待ち受けている。

 差別を逃れて北海道から各地に移り住んだアイヌも少なくないとされるが、政府が先住民族アイヌの存在から目を背けてきた結果、全国に何人いるかも分からないのが現状だからだ。上村英明・恵泉女学園大教授(先住民族論)は「海外では民族団体が個人認定を実施している。北海道ウタリ協会は全国のアイヌを代表する組織ではなく、今後は全国組織化が大きなテーマになる」と指摘する。

 北海道は国の補助を受け、高校進学奨励や農林漁業対策などアイヌ関連施策(今年度予算15億1800万円)を実施しているが、対象となるアイヌの認定は同協会や市町村から得た地縁・縁故情報が頼りという状況にある。こうしたアイヌ施策は北海道だけで、道外のアイヌには「アイヌ間格差」への不満もある。全国組織化を図る動きもあるが、進んでいないのが実情だ。

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 ■ことば

 ◇アイヌ民族

 北海道や千島列島などに住む独自の文化、言語を持つ民族。江戸時代以前は主に狩猟や山菜の採取に従事していたが、明治政府の同化政策で人口が急減した。北海道内に2万3782人(06年の道調査)、東京都内に約2700人(88年の都調査)が住むとされるが、他に公的な実態調査はなく、正確な人口は不明。「アイヌ」はアイヌ語で「人」を意味するが、差別のイメージを嫌って「同胞」を意味する「ウタリ」と呼ぶこともある。

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 ◇アイヌ民族の法的権利をめぐる動き

84年5月 北海道ウタリ協会が民族的権利の回復や経済的自立対策などを求める新法案提起

95年3月 政府が「ウタリ対策のあり方に関する有識者懇談会」を設置

96年4月 有識者懇が「先住性」「民族性」を認め文化振興策を求める報告書提出

97年3月 札幌地裁が二風谷ダム訴訟の判決で「アイヌを先住民族」と認定

   5月 アイヌ文化振興法成立。北海道旧土人保護法は廃止

07年9月 国連総会で「先住民族の権利宣言」採択

08年6月 衆参両院がアイヌを先住民族と認めるよう政府に求める国会決議を採択

毎日新聞 2008年8月12日 東京朝刊

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