2008.08.08

《報告》「大山倍達の遺言」に驚愕の新事実が… (改訂版)

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自ら亡き後に勃発した、人間の醜さと欲のみを露わにした極真会館の分裂騒動…。大山倍達は果たして予期していたのだろうか?

いま、「大山倍達の遺言」について、本章(1-6章まで、その前後に序章と終章が入る。現時点での原稿量は原稿用紙計算にして千枚弱)をcheckしているところである。

まず導入部分から驚きの新事実が明らかになる。そして最後まで続く新事実の連続に、誰もが圧倒されるだろう。私から概略のまた概略を聞いた松井章圭でさえ、「まさか…」と絶句したほどだ。
全て、極真会館分裂の元凶は三瓶啓二にある。
これは最初に書いておいてもいいだろう。American-dramaの「刑事コロンボ」ではないが、先に事件の犯人を明示しておいてから、如何にして犯人が犯罪を企て、如何にして計画を練り、誰を利用し、どのように犯行に至ったのか…。
「刑事コロンボ」同様の手法により、100人を超える証人と公開済みのMedia資料、更に未だ表に出ない未公開資料などによって、私たちは三瓶の言動を克明に浮き彫りにした。
それにしても三瓶の、およそ人間とは思えない悪意と悪事には驚きを超えて改めて唖然とするばかりだ。鬼畜以下と言っても言い過ぎではないだろう。人間、どうすればあそこまで邪悪になれるのだろうか…。私にはdevilやSatanでも、ああはなれないと思えてならない。何よりも卑怯かつ狡猾きわまりない。二枚舌、否、三枚舌四枚舌を駆使し、決して「表」にはでず、幾つもの顔(ジキル&ハイド以上だ)を演じながら常に陰謀を巡らし、権謀術数を尽くし、極真会館という組織を滅茶苦茶に破壊していく様は壮絶でさえある。
「最低最悪」という言葉だけでは表現できないほどの邪悪さ。冗談も失笑も通じない本物の邪悪さである。その邪悪な素顔を隠しつつ、三瓶は緑健児や増田章、更に三和、入来たちを自らの手中に収めていった。
極真会館に影響力の強い古参支部長である廣重毅や西田幸夫たちには、卑屈以上に卑屈な態度で嘘で固めた「誠意」と「大義名分」を見せて同情を買い、極真会館館長に野望を持つ長谷川一幸や高木薫には内心、とてつもない憎しみと反発感を抱きながらも本心を隠し、猫のように擦りよる。そして、その人間に利用価値がなくなれば「物」のように簡単に捨てる。
現在の新極真会の基となる支部長協議会派の誕生は、俗に呼ばれる「三瓶group」を中心に、独楽鼠のように愚かながらも、ひたすら忠実に動く緑健児らの暗躍によって生まれ、現在まで生き延びてきたと言える。
彼らの行動は、まさしく「悪夢」でさえ見ないような究極の「悪夢」と言っていい…。

三瓶にお願いがある。
「大山倍達の遺言」の発売後、どうか私たちを名誉毀損で告訴してほしい。そうすれば、私たちが書き連ねてきた事実の数々が法的に認められ、明々白々となるからだ。そうでもしないと、いくら私たちが数々の証言と資料やdataに基づいて「事実」を記したと明言しても、信じらんないと「大山倍達の遺言」の内容を拒む人たちは少なくないだろうからである。

ところで「大山倍達の遺言」は、塚本佳子に本文執筆の全てを任せ、私は本書の主題、motifとなる序章と終章のみに徹した。
改めて推敲しながら思った。
息子は塚本の原稿をじっくり読んで素晴らしいと絶賛する。多分Mugenのstaffもそうに違いない。
彼らには、遠慮している意識も幇間のつもりはないだろう。しかし私は真っ赤にアカをいれる。勿論、私たちのlevelになれば、私のアカを生かすも無視するのも塚本の自由だ。

「芦原英幸伝」の私の原稿…。
息子は完璧だといって涙した。当然Mugenのstaffも多くの読者もそう思ったはずだ。「芦原英幸伝」にクレームを付けるのは、「ある事情」により書かれてはまずい小心者である芦原英幸の愚息・英典と、その太鼓持ちだけである。闘う事も知らず、否、出来ない弱虫たちがNetを利用して騒ぐだけだった。まるで害虫そのものだが、それらもかなり駆除されたようだ。いずれにせよ、私には全く関係ないが…。
本筋から外れるが、ひとつだけ納得できないことがある。「芦原英幸伝」を巡るtroubleのなかで唯一、私は芦原会館No.2(本人が自称し、芦原会館規約上でも間違いない)の西山亨だけは別だと彼の誠意を信じてきた。それはいまも変わらない。
だが、芦原英幸の死と葬儀の前後、数か月(期間については様々な説がある)にわたり、西山は芦原会館に何の連絡も入れず失踪していた。複数の証人が存在する以上、嘘は通らない。その理由は何なのか? 更に、何故そのような失態を演じたにもかかわらず、彼は並み居る先輩を押しのけて芦原会館No2の地位をものにしたのだろうか? それだけが不思議でならない。
話題を「芦原英幸伝」に戻す。
3-6月にかけて、私のもとには「芦原英幸伝」を絶賛する声が連日のように届いた。私自身、精一杯、芦原英幸への想いを込めて書き上げた作品だ。実質的な絶版を版元に依頼した事をいまは後悔さえしている。
そんな私の魂を込めた「芦原英幸伝」の原稿にもかかわらず、塚本は推敲段階で、ぼろぼろとアカを入れた。

極真空手の例を挙げて説明してみる。
初心者の白帯には、やや中級者の段階に入りかけている黄帯の技が完璧に見える。しかし黄帯にとっては、白帯の技は何もかも素人同然に見えてしまう。しかしだ。茶帯の人間には黄帯の技は隙だらけで無駄も多く、まだまだ甘いと思える。一方、黄帯の者には茶帯の先輩が最強に見える。
更にlevelを上げていくならば、黒帯と茶帯の間には決定的な差がある。勿論、組手技術もPowerもstaminaも各段に違う。だが、もっと決定的なのは闘争心と闘う覚悟の差である(とは言え、現在、極真会館と新極真会の実力差は想像以上に大きく、更に連合系や独立系を含めるならば、いまや「極真空手」というだけで黒帯の価値がイコールでは有り得ない。あくまで喩えである)。
私と塚本は関東大会、北陸大会などの地方大会に連続出場し、連戦連勝を果たしてきた。だが、私たちは長年、地方大会止まりという苦境に耐え続けた。そして、やっと「大山倍達正伝」によって全日本選手権の檜舞台に立つことができた。それも、何とかbest8に入れたと自負している。
野球に喩えるならば、今まで高校野球か、プロでもパ・リーグで試合をしていた私たちが、突然、アメリカのMajorに移籍したようなものだ。それも、ただのMajorではない。名門中の名門、YankeesかDodgersという超一流teamのなかで、超一流playerたちと戦っているのだ。

私と塚本は常にtagを組んできた。だが、ある意味ではrival同士でもある。
「芦原英幸伝」は塚本のアカが入ってさらに傑作になった。「大山倍達の遺言」の本文は私がアカを入れて完璧になり、私が書く序章と終章は塚本がアカを入れることで、質がMinorからMajorへと次元が変わる。
結局、私たちは2人で1人前…。偉そうなことを言える立場ではないのかもしれない。2人でtagを組んで、やっと極真会館の全日本選手権で優勝を狙える。野球のMajorでも、いつかホームラン王や首位打者といった勲章を夢見ることができるのだ。
私ひとりでは書けない。塚本だけでもやれない。しかし物書きには格技と違い、tagが許されている。ghostwriterに代筆を依頼・命じるようなdopingはしていない。

「大山倍達の遺言」はとてつもない一大sensationを巻き起こすだろう。
極真会館の歴史をより忠実に記した記録書として永遠に語られるだろう。そして、最低最悪の三瓶が作り上げ、鼠のような緑健児が暗躍した支部長協議会派の発展形・新極真会は衰退、崩壊に向かい、彼らと袂を分かったものの、1度は三瓶&緑という邪悪な壷に手を突っ込んだ連合系各道場は例外なく壊滅の危機に陥るだろう。
全ては真実だ。
私たちは自らの「見解」、「主観」は一切書かない。何もかもが「事実」の羅列に過ぎない。「大山倍達の遺言」によって、誰こそが閻魔に裁かれるべき極悪人か? 自ずと判明するだろう。最高の話題書になるのは間違いない。



蛇足である。
「大山倍達正伝」は塚本佳子という稀代の才能を秘めた物書きの存在あってこそ形になったと言っても過言ではない。「大山倍達の遺言」も同様だ。彼女の持つ燃えるような情熱と、一方で「モノ」を見る冷徹さと客観的史観は極めて秀でた能力だと(かつて上司であり師でもあった私だからこそ)言えるだろう。
そして、自惚れ半分に言うならば、塚本の「能力」plus小島の「経験」が融合することで、初めて「大山倍達正伝」も「大山倍達の遺言」(まだ執筆途中だが…)も書けたと言っても嘘にはならないだろう。
私たちは2人で1人なのだ(私の悪友である占い師・家高康彦によれば、私たちは前世の前世は1人だったという。平安時代と彼は言うが、アホか!? と笑いながら少し嬉しい)。ならばいつも一緒にいる方がいいに決まってる。仕事で稼いで、初めて生活が成り立つ。稼げなければ貧乏人のままだ。また、仕事で認められることでMugenも潤う。
もう10年以上、通算20年近くも私と塚本は何をやるのも隣り合わせ、一緒だった。もっともっと頑張って最高の「作品」、売れる「商品」を書き続け、銭も稼いでいい暮らしをしようじゃないか! 勿論、Mugenのstaffの努力にも報い、更には「某会」の義兄弟たちに恩返しをしていこうじゃないか。
一緒にHawaiiの爽やかな太陽と空気の下で本を書こう。
Europeの、Australiaのデカい大地を歩きながら、作品のideaを考えよう。台湾の地方を訪ねれば太平洋戦争のもうひとつの真実にでくわすこともあるかもしれない。沖縄の街をくまなく歩き、優しい老人たちの声を聞けば、私たちが知らなかった沖縄戦の真相も見えてくるかもしれない。また沖縄に駐留する米兵と触れ合うことで、日本を守るために命を張りながらも当の日本人たちに邪魔者扱いされる彼らの苦悩も見えてくるだろう。

沖縄といえば…。
サーターアンダギー、サトウキビ、どこか懐かしいホリディマーガリン、かた〜い沖縄豆腐。沖縄独特の変わった渦巻きパン、グルクンの唐揚げ、定番のsteakはジャッキー、しかし隠れた名店・ステーツサイズのリブのレア。庶民の食堂・ルビー、そして中村屋のゴーヤチャンプルとフーチャンプル。沖縄そばといえば岸本食堂できまり。新垣ぜんざいはいつも行列だが、最近は新垣結衣の親戚と知られて更に行列が…。ウチナンチュー専門のスーパーかねひでや、変わったものに溢れたダイソー探索。
高台から東シナ海も那覇市内が一望できる最高の那覇テラスH。20m先まで見通せる透明度のプール。月桃の木陰での午睡。遅い朝食はItalianをroomserviceで。飛行機はANAのpremium-superseat。
夢を現実に…。私たちは物書きのSuper☆starになるのだ。


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名門・ホテル那覇テラスの玄関にて。



(了)

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