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世界には実にさまざまな人々がいる。だれもがそのことに目をみはるに違いない。肌の色も、言葉も、宗教も異なる205の国と地域から選手が集まり、北京五輪がきょう開幕する。
205の国・地域といえば、国際オリンピック委員会(IOC)に加盟するすべてのメンバーである。加盟国・地域がこぞって参加する大会は、長い五輪の歴史の中でも2大会連続3度目というのだから、その意味も大きい。
さて、このスポーツの祭典の魅力は、何よりも人が持つ能力の限界を競い合うことだ。より速く、より高く、より強く、である。
陸上の男子100メートルには新旧3人の世界記録保持者が挑む。そのなかで5月に9秒72の新記録を出したウサイン・ボルト選手(ジャマイカ)はまだ21歳の若者だ。
サッカーに夢中だった少年は、陸上を始めても専門は200メートルだった。100メートルに取り組んだのは今年からだ。それなのに、今や世界中から目標にされる存在である。
スポーツでも英才教育が進む一方で、粗削りの才能が突然開花することがある。ジャマイカからやって来る196センチの超大型ランナーはその象徴だろう。
一つの大会での金メダル獲得は、72年ミュンヘン五輪競泳のマーク・スピッツ選手(米)が最も多く、7個だった。同じ水泳王国の後輩にあたるマイケル・フェルプス選手は、それを超える8冠に挑む。種目の専門化が進むなかで、その万能ぶりは驚きだ。
挑戦するのは、金メダルに対してだけではない。みずからの年齢や限界を超える闘いもある。
馬術の法華津(ほけつ)寛、八木三枝子の両選手は67歳と58歳だ。今大会で男女の最年長選手である。米国の女子競泳のダラ・トーレス選手は41歳だ。2度の引退をへて、5度目の五輪になる。
初参加の国が三つある。モンテネグロは2年前に独立を果たしたばかりだ。人口約1万人の島ツバルは、温暖化による海面上昇という大きな心配事を抱えての参加だ。太平洋からはマーシャル諸島の選手もやって来る。
戦争や貧困、環境問題。そんな国際社会の現実からいっとき離れて、世界の人々が4年に1度、スポーツで競い合う。そしてテレビ中継を通じて同じ時間と感動を共有する。そのことの意味は決して小さくない。
もちろん、五輪が抱える問題はある。たとえば、テレビの放映権料を当てにしての大会運営のゆがみ、選手の薬物使用などは悩みの種だ。
ギリシャでの古代五輪は1200年近く続いたが、最後は拝金主義や薬物の使用が横行し、幕を閉じたという。
競技の放つ興奮を楽しみつつ、五輪の将来を考える大会でもありたい。
聖火リレーの沿道や五輪会場周辺を埋める赤いシャツと五星紅旗。開幕を迎えた北京の街には赤があふれ、人々の喜びと興奮が高まっている。
五輪を催すまでに発展し、世界に受け入れられたことの誇らしさ。中国の金メダルラッシュもありそうだ。若いナショナリズムは最高潮に達するに違いない。
振り返れば44年前、アジアで最初に開催された東京五輪に、中国は参加しなかった。それどころか、開会式の6日後、初の原爆実験を行い、世界を驚かせた。米ソ両超大国との対立を深めつつ、共産中国の建設のまっただ中にあった。五輪の開催など夢にも考えられなかった。
新中国が五輪に初参加したのは52年のヘルシンキ大会だったが、その後は台湾問題などからボイコットを続け、夏季五輪に正式に復帰したのは84年のロサンゼルス大会からだ。
東京五輪から間もなく、中国では文化大革命の嵐が吹き荒れた。そしてトウ小平=トウは登におおざと=時代からの改革・開放政策で、ここまでたどりついた。世界はこの間の中国の変貌(へんぼう)と発展に驚嘆している。
中国の人々の喜びは、そうした建国以来の歩みだけが理由ではない。
19世紀のアヘン戦争以来、西洋列強や日本の侵略を受け続けた歴史から来る屈辱感。心理的なトラウマとして今も意識の奥に潜むと言われる。五輪開催は、それを晴らす一つの機会なのかもしれない。
そんな中国のナショナリズムは、ときに爆発的なエネルギーを放つ。最近では99年に反米、05年に反日、今年は反仏の大規模デモを各地で引き起こした。共産党支配をも揺るがしかねない力を秘めていると言っていいだろう。
このエネルギーをどう束ねていくか。これこそが今後、中国が直面する最も重大な課題なのではないか。さらなる発展の原動力になれば幸いだが、暴走しだすと社会は不安定になり、日本を含めて近隣国や国際社会も安心していられなくなる。
北京五輪によって、中国の歴史に輝きに満ちた新しいページが開かれる。中国の人々はそう期待しているに違いない。だが、現実はそう簡単ではない。経済格差や腐敗、環境汚染など、急速な発展のゆがみが噴き出している。ウイグルやチベットの問題も内政の枠を超えた深刻さをはらむ。
日本も、韓国も、五輪開催後の道は平坦(へいたん)でなかったが、中国の大きさと発展の速度は日韓の比ではない。
ただでさえ社会不安をもたらしかねない課題を山のように抱える中で、若いナショナリズムの独り歩きをどう防ぎ、建設的な方向に導いていくか。
日中平和友好条約の締結から30年。アジアで3度目の五輪開催を喜びつつ、13億人の隣国の多難さを思う。