【ニューヨーク高橋秀明】米大リーグ、マリナーズのイチロー(34)が、日米通算3000安打にあと5本と迫っている(25日現在)。プロ17年目の今も全く衰えを感じさせない秘訣(ひけつ)は何か。オリックス時代から行動をともにする、マリナーズの森本貴義・球団トレーナー(34)に、天才打者の舞台裏を聞いた。
森本トレーナーは京都・洛南高時代に陸上競技で活躍後、97年からオリックスで、04年からはマリナーズでトレーナーを務めている。その森本トレーナーが驚くのが、同い年でもあるイチローの徹底した自己管理だ。
イチローはシーズン中の昼食として、地元シアトルで試合がある時は自宅で妻弓子さん手作りのカレー、遠征先では某チェーン店のピザを、基本的に毎日食べる。朝起きてから試合に臨むまでの自分のリズムを崩さないことが目的という。森本トレーナーは「162試合ある長いシーズン中、常にベストの状態でいる人はほとんどいないが、彼はそこを目指している。そのためには球場の外での準備こそが大切」と話す。
昼食にカレーとピザばかりと聞くと、脂肪が多く太りそうに思われるが、実際には食べる量もきっちり決まっている。トレーニングも日常生活の中に組み込まれており、体脂肪率は6~7%で20歳代のころと変わらない。
打者の生命線である目とバットの管理も徹底している。日差しが強い所では必ずサングラスを着用する。バットはミリグラム単位の重量変化も好まず、湿気を防ぐため、乾燥剤とともにジュラルミンケースに入れて持ち歩く。
「準備」は打席に入る直前まで続く。試合前には他の選手より1時間早く球場入りし、森本トレーナーが入念にマッサージ。次打者席での股(こ)関節を開きつつ両肩を入れる柔軟体操は「打撃で上半身と下半身を連動させて効率よくパワーを生み出すため」、打席へ入る際のひざの屈伸と足首を回す動作は「筋肉をリラックスさせてトップスピードで走る準備を整えるため」だ。
こうした日々の積み重ねが「衰えていない。むしろ進化している」(森本トレーナー)という肉体を生み出しているようだ。しかし、イチローといえど野球マシンではない。森本トレーナーは昨年、仕事の関係でイチローに帰国したいと打診したが、家に呼ばれ「やめてもらっては困る。代わりはいない」と引き留められたという。
「彼が困った顔をしたのは見たことがなかったが、あの時はうろたえていた」と森本トレーナーはいう。時に手厳しい米メディアやファンの期待という重圧の中、細身の体で大リーグの猛者たちと戦い続けるためには「背中から胃の後ろのところを触っただけで、その日食べたものが分かる」という盟友が不可欠だ。森本トレーナーは「彼は日本の宝。できる限りサポートしていきたい」と、今後も二人三脚で歩むつもりでいる。
毎日新聞 2008年7月26日 西部夕刊