あなた見られてます 監視と安全のはざまで

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「あなた見られてます」
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2005/06/05(日) 朝刊
<5> からくり  つくられた「治安悪化」
「治安悪化」の危機を訴える報道は、2001年の犯罪白書発表後に始まった
 龍谷大法学部は古都・京都の伏見稲荷近くにある。半袖の学生が目立つキャンパスで、犯罪学の浜井浩一教授に会った。

 「安全神話が崩壊した? 統計学に通じた犯罪社会学者は、それこそが神話だと言っています。凶悪犯罪は減少傾向にあり、二十年前と比べ治安は悪化していません」

 浜井教授は法務省の元官僚。一九九六年から四年間、犯罪白書を執筆した経験を踏まえ、「治安は悪化していない」と言い切る。警察の統計は犯罪の増減を図る指標としては不適切で、そのからくりに気付かないマスコミが「治安悪化」をつくり出している、と。

激変した数字

 今から五年前。

 警察庁は「犯罪等による被害の未然防止活動の徹底について」「告訴・告発の適正化と体制強化について」などの通達を出し、各警察本部に相談や通報への積極対応を求めた。前年の九九年には「桶川ストーカー事件」などがあり、犯罪被害をめぐる警察の対応に批判が噴出。それに応える目的とされた。

 その結果、「数字」は劇的に変化する。

 二○○○年の刑法犯の認知件数は前年比12%増の約三百二十六万件に急増。一方、「認知」が増えたことから、刑法犯検挙率(交通事故を除く)は当然低下し、同10・2ポイント減の23・6%まで下がった。そして、この数字をもとにした○一年版犯罪白書は「増加する犯罪」を強調。これを機に「安全神話崩壊」報道が一挙に増えていく。

 実際、主要地方紙と全国紙計十一紙の記事を「治安悪化」「殺人」のキーワードで検索すると、二○○○年までの五年間に該当記事は八件しかないのに、○一年以降は約二百件を数える。一方、過去二十年、「現実社会」の殺人認知は横ばいが続き、人口動態統計の「加害に基づく傷害・死亡人員」も減少カーブを描く。

 浜井教授は言う。

 「刑法犯の認知件数とは、警察活動の統計なんです。単なる受理件数だから、例えば、被害の届け出にはきちんと対応しろと指示すれば、それだけで件数は増えます」

報道の影響大

 もう一つ、興味深い数字がある。

 警察庁の外郭団体「社会安全研究財団」が○二年に実施した世論調査によると、自分の居住地域の治安が悪化したとの回答が一割にとどまったのに対し、日本全体で治安が悪化しているとの回答は六割に上った。これとは別に、○四年の内閣府調査によると、国民が治安に関心を持ったきっかけは、九割がテレビや新聞の報道だった。

 自宅周辺では治安悪化はないが、テレビなどを見ると、全国的にはひどい社会になった−。平均的な市民は、そんな感覚を抱いているわけだ。

 道内民放テレビのニュース番組担当者も、「つくられた治安悪化」を感じ取っている。

 「殺人事件は視聴率が取れるので、被害者一人の一般的な事件でも東京のキー局が映像をほしがる。ワイドショーが事件を物語風に作る傾向がさらに強まっています」

「弱者対策を」

 浜井教授は、ある光景が忘れられない。犯罪白書担当から、矯正処遇官として異動した横浜刑務所でのことだ。

 犯罪の凶悪化が叫ばれる中、刑務所では、高齢者や身体・知的障害者など社会的弱者の受刑者がものすごい勢いで増えていた。多くは、景気低迷の影響で職からあぶれ、縮小した公的扶助からも漏れた人たちだった。

 「仮に日本の現状を治安悪化というなら、その対策は監視カメラでも自警団でもない。雇用創出と公的扶助拡大を最優先すべきです」