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ルポ「公貧社会」―通勤バス 派遣村行き

2008年7月12日3時1分

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 東京駅から湾岸沿いを走るJR京葉線で十数分。東京ディズニーランドをすぎ、ほどなくホテルや高層住宅に囲まれた新浦安駅に着く。

 朝、バスロータリーから改札へと向かう出勤の人波に逆らうように、ジーンズをはき、昼食を入れたコンビニ袋をもつ一群が降り立つ。向かうのは、ロータリーから道路一本隔てた小公園の前の、もう一つの「バス停」だ。次々とやって来る送迎バスに乗り込んでいく。

 バスの行き先が、さながら「派遣の村」だと聞いて、記者も乗った。

 50人近くいるだろうか。黙って外を見たり、携帯電話のゲームに没頭したり。前方を見ると、「飲食は禁止。破ったら即解雇」の注意書きが目に飛び込んできた。

 全国の市町村の中で屈指の財政力を誇る千葉県浦安市の中でも、街路樹にヤシの木が並ぶ高級感あふれる住宅街を、バスは走っていく。10分もたたないうちに風景が一変した。着いたのは、工場や倉庫が立ち並ぶ、通称「鉄鋼団地」の一角だった。

 バス乗り場で知り合った市川市の男性(34)は10年近くこの一帯で働く。いまは、中古パソコンを集めて再び商品にする大手ショップの倉庫が職場だ。月に何千台と運び込まれる中古品を初期化し、清掃して出荷する。100人近い従業員の半数が派遣で、20〜30歳代が多い。男性はネットで販売する商品を写真に撮り、機種や機能の説明文を打ち込む。

 ナットやボルト、薬、お菓子、缶詰……。様々な商品の倉庫を転々としてきた。仕事はいつも、必要な量を集めて運ぶだけの単純作業。「誰でもできる。なんの技術も身につかない」。時給は今、1千円。3年かけて150円上がった。残業していると、ディズニーランド閉園前の恒例の花火の音が聞こえてくる。「もう何年も行っていない。別世界ですね」

 毎月の手取りは十数万円。「年金暮らしの両親と実家で同居しているから何とかやっているけど……」と不安を漏らす。

 6月下旬、中学、高校の同級生十数人が集まった。正社員は1人だけ。「何かいい仕事ない?」「そろそろ年齢的にやばいよね」。こんな会話をかわしていると、正社員のはずの友人がおもむろに口を開いた。「会社が倒産してね……。夜、コンビニで働きながらハローワークに通っているんだ」

 新浦安駅からJRで東へ二つ、西船橋駅の駅前では、別の男性(43)がぼんやりと地べたに座り込んでいた。派遣会社の送迎バスが出る集合場所。この日は仕事にありつけなかった。

 「ネットカフェ難民」生活が2年になる。黒のリュックには着替えのシャツとサングラス、文庫本。これが全財産で、所持金は2円。

 丸2日間、水分しかとっていないという。「今日は金曜。土日は仕事が少ないから、死んでしまうかもね」

 千葉・東京湾岸沿いの浦安、市川、船橋などで「派遣の村」が目立ち始めたのは、世界規模の競争が本格化した90年代後半。ここの働き手たちの「悲惨な未来」のシナリオが4月末、派遣仲間やインターネットで波紋を呼んだ。

 「就職氷河期世代は65歳になると、10年前の世代より生活保護を受ける人が77万人増える。亡くなるまでに受ける保護費は計17.7兆〜19.3兆円増」。財団法人、総合研究開発機構(NIRA)の試算だった。1年あたりの増加額はざっと8千億円。

 大競争時代を迎え、欧州などは次世代を担う層の技術習得支援などに力を入れた。一方で日本は、安い労働力を求める企業に歩調を合わせて規制緩和を加速し、正社員から非正規社員への置き換えが進んだ。

 政府・与党はようやく「日雇い派遣禁止」などに動き始めた。が、足元では、NIRAの試算を先取りするかのように、「生活保護の村」が次々と現れている。

     ◇

 12日付け朝日新聞(東京本社発行)の3面と経済面にも、関連ルポやアンケート結果などを掲載しています。

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