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ロスジェネ「一発転身」 氷河期世代の幸せ探し

AERA:2008年6月9日号

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 就職氷河期の辛酸をなめたロストジェネレーションは不幸続きなのか。いや、その不遇感がマグマとなって、大転身を果たした人もいる。(AERA編集部 木村恵子)

 ♪気が付けば忙しさの中で 人を信じることも 自分を信じることさえも 忘れかけていた♪

 ピアノを弾きながら、切ない声で歌う。取材に訪れた6畳ほどの自室でオリジナル曲を披露してくれた。自作の歌詞にはどこか、生きにくさやそこから抜け出して自分らしく生きようとする思いが込められている。

 神奈川県に住む山崎まどかさん(26)は、昨年夏、シンガーの道に進もうとそれまでの仕事を辞めた。ライブハウスやイベント会場、結婚式や同窓会など、歌える場所があればどこにでも出かけていく。平均して月3〜4回。自らプロデュースしてコンサートも開く。自主制作のCDも出した。

 ●私の何がわかるの?

 音楽活動の合間にはバイトもしてやりくりする。実家暮らしだからなんとかやっていけるが、将来に不安がないと言えば嘘だ。それでも、「物質的金銭的には満たされていなくても、自分でない自分を生きている時の苦しさはない」。

 都内の私立大の英文科に通っていた。高校と大学で米国に留学、卒業後は英語を生かして、旅行会社や航空会社などで働きたいと思っていた。だが就職氷河期で全滅。履歴書だけでふるいにかけられるように落とされると、一体私の何がわかるの、と言いたかった。

 幼稚園の頃からピアノをやっていて、本当に極めたいのは音楽だった。留学時代、言葉が通じなくても音楽で心が通じ合った。けれど、まだ音楽で身を立てる自信はなかった。とにかくまずは就職しなければ。

 卒業間際にやっと見つかったのは、大学事務のパート職。時給は1000円以下で、ひたすらコピーと郵送作業の毎日。自分のやるべきことはこれなのかと疑問がわいた。極め付きは、男性職員が言った言葉。

 「事務処理はマニュアル化すれば誰でも代わりがきくんだ」

 はっきり確信した。自分のいる場所はここじゃない。しばらくは転職して美容関係の仕事をしながら、年2回ほどライブをしていたが、客も徐々に増え、公演の誘いもかかるようになり、独立の決心をした。

 いまは毎日、自宅でピアノの練習や曲づくり、ボイストレーニングなどをしている。行き詰まったら、近くの湘南海岸を散歩して、感性を研ぎ澄ませる。

 「順調な人生だったら、感じられなかった思いがある。就職して自分がなくなるような辛い経験もしたからこそ、伝えたい思いがわき出てくる」

 ●期待値低い分、楽天的に

 日本が就職氷河期だった1995〜2005年ごろに大卒就職期を迎えた、今の20代後半〜30代前半の「ロストジェネレーション」。就職難ゆえ、希望する会社に就職する形で夢を叶えることが難しかった。

 でも、考え方一つで人生は変わる。むしろその不遇をバネに、一発転身を果たして夢を叶えようとする人たちがいる。

 イラストレーターの本山浩子さん(33)もそう。文系女子は厳しいと聞いていたが、ここまでとは――。本山さんは大学時代、秘書検定や英検を受けて就職活動に備えていた。それでも不況の壁は厚く、希望だった旅行会社にことごとく落ち、大手電機メーカーの一般事務職になんとか就職した。

 職場はアットホームで安定していたが、2年目ごろから好きなことを始めたいと思うようになった。一般職の採用控えで、後輩も入らないまま1年目と同じ日々が続いていた。自分を見つめ直すと、小さい頃からイラストを描くことが好きだったことを思い出した。24歳の時、夜間の専門学校に通い始めた。

 27歳で退職。所属もなし、決まった給与もなし。実績がないので自分で出版社に作品集を持ち込むと、テイストが違うなどと、冷たい言葉をかけられることもあった。頑張れたのはロスジェネだからこそという。

 「元々うまくいかなくて当然。期待値が低い分、楽天的になれたのかなと思います」

 得意分野でない依頼も、仕事をもらえるだけで有り難いと思えた。今では、雑誌に連載も持つ売れっ子だ。

 ●一見不安定、でも着々

 本出版を目指して一般の人から持ち込まれた企画と編集者とのマッチングを手助けする「企画のたまご屋さん」。プロデューサー中本千晶さん(41)は、企画を持ち込むのは30歳前後のロスジェネ世代が多いと感じる。

 「いい思いが出来なかった世代はハングリーさが違う」

 中本さん自身はバブル世代だが、振り返ると就職活動では第一希望に就けず、個人史的にはバブルの恩恵を受けたわけではないという。なのに、時代の空気は恐ろしい。どうにかなるやという雰囲気が充満していた。

 それに比べてロスジェネは、20代からダブルスクールをして、貯金もしっかり、結婚や出産などの人生設計も堅実に立てている人が多いように感じる。

 「会社を辞めて自由業に就くなど一見不安定でノープランに見えることも、実はプランを立てて着々とやり遂げるのがロスジェネ。本当にノープランなのは、何とかなるやと思い込んでいるバブル世代なのかもしれません」

 大手企業を辞めて、昨年カフェを開いた鈴木典章さん(30)も、一見無謀な夢追い転換に見えるが、実は着々と計画していた。

 大学時代からカフェやクラブに出入りしていて、将来自分の店を持つという照準は定まっていた。ただ、商売するなら女性客の心を知る必要があると、新卒での就職はアパレル業界。女性服の売り場を希望した。

 接客は圧倒的に女性店員の方が有利。その中で、どうやったら男である自分が服を売れるか考え、独自の方法を編み出した。旅行鞄を持った客には温泉話、テニスラケットを持った客にはスポーツ話。服とは関係ない話をした。すると、1回目では売れないが、客はリピーターとなって売り場に何度も足を運んでくれた。

 ●今のために生きたい

 転職も戦略的に、次は自分の夢に直結する飲食業界。ここでは、人件費のコントロールや従業員のモチベーションの上げ方を学んだ。さらに2年半、個人経営のカフェで修業し、満を持してカフェをオープンした。貯金と親から借りたお金で約700万円が開店資金。壁のペンキ塗りも床はりも店のスタッフでやった。

 鈴木さんには強烈に脳裏に焼き付く記憶がある。就職難でことごとく就職試験に落ちた友人がやっと国家3種試験に受かった。彼には不整脈の持病があったが、せっかく決まった就職先に事情を話せず、歓迎サッカー大会に参加。無理して運動したことが原因で亡くなった。

 「生きている以上は何にもとらわれず、好きなことをしなければとその時痛切に思った」

 会社員の安定感はない。カフェのオープン当初は赤字で、バイトスタッフに頼み込んで給与カットで乗り切った。それくらい不安でも、つまらない安定とは比べ物にならない魅力があるという。

 「将来でなく、今のために生きたい。将来は裏切りますから」

 こう言うのは、出版社を辞めて1年間かけて世界一周をした仲田一石さん(25)。突然のリストラ、将来は年金さえもらえない……、日々繰り返される不安情報が、「今」重視の思考に駆り立てる。

 仲田さんは就職難を突破し、希望した出版社に就職。好きな本の営業はやりがいがあったが、忙しくて終電帰りの日々。「世界一周」をして夢を果たした人の本をPRしていたが、一体自分の夢は何なのか、ふと考えた。

 そんなとき、過労で倒れた。自律神経失調症。寝ようとしても仕事が頭を過るほどストレスがたまっていた。同世代と飲んでも、みんな口ぐちに仕事の愚痴を言う。「自分探し」をする若者は甘いと言われる。でも、その変わらない日々に身をゆだねているのは、果たしてすごいことなのか。

 働いて2年で会社を辞め、貯金など250万円を資金に、一昨年世界一周に出た。インドでは100円、ヨーロッパでは1泊2000円の安宿で寝泊まり。カンボジアでは孤児院、アメリカでは余命を宣告された子どもが集まる施設を訪ねた。ネパールではヒマラヤの上から、見たことのない雄大な夕日を見た。

 親に国際電話をした。

 「生まれて本当によかった。ありがとう」。これまで言ったことのない言葉だった。

 日々の感動は、ブログに綴った。つたない自分の文章を1日500人が読んでくれた。名前も顔も知らない読者が、希望をもらったと感想をくれた。

 ●ブログも転身後押し

 昨年11月に帰国。いまはバイトをしつつ、友人と一緒に夢を形にするため起業の準備中。イベントや講演会で世界一周の経験を話すこともある。

 「今はまだ何者でもないけれど、不思議と不安はありません」

 ブログという自己表現ツールを手に入れたことは、「一発転身」を後押ししている。

 外資系コンサルタントで働く堀内知代子さん(29)は、海外旅行が好きで体験談をブログに綴っていた。人気ブログとなって、ランキング上位に食い込むようになったある日、出版社から連絡がきた。ブログ本を出したいという。人気ブロガー数人の共著で本になった。

 「ブログで世界が広がった。自分の表現が受け入れられるという自信が生まれた」

 外資系だから給与もいいし、休日も確保できて何も文句はない。でも、堀内さんは会社を辞め、来年3月から2年間かけて世界一周に出ようとしている。世界の生活習慣や食文化の違いなど様々なネタを集め、帰国後エッセーや記事としてアウトプットする源泉にしたい。日々ブログも発信していくつもりだ。

 ●止まっているリスク

 これまでも転職経験がある。英語が話せて、秘書経験もあるから、時給1700円の派遣社員の仕事をしたこともある。帰国後も食べていくために最低限の仕事はできるという自信がある。

 「今だから動けるというチャンスを逃したくない。日本自体が地盤沈下している時に、日本で会社員をやっていれば安心という方がおかしいと思う」

 不況や環境変化がロスジェネの心理に相当影響している――。世界に出たいロスジェネたちの目標形、『ルーマニア・マンホール生活者たちの記録』などの著書がある、ルポライターの早坂隆さん(34)は言う。

 「会社勤めを辞めて不安定な形になるのはリスクと思われがちだけど、今日本に本当に安定している企業なんてどれだけあるのか。止まっていることは、動くことよりむしろリスクだという意識が、ロスジェネ世代には染み付いているのでしょう」

 しかし、2006年ごろから就職状況は回復。08年春卒業の大学生の就職志望企業ランキング(リクルート調べ)では、みずほフィナンシャルグループが1位、三菱東京UFJ銀行が3位。再びバブル時代の意識が復活したようだ。ロスジェネたちの思いはなかなか下の世代にまで通じていない。

 10万部超のベストセラー『28歳からのリアル』を著した「人生戦略会議」はこう指摘する。

 「終身雇用は崩壊し、流されていればすむ時代は終わった。時間やお金、労力をどういう優先順位で使うか、自分で戦略を立てなければ誰も助けてくれないと肝に銘じるべきです」

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