29. 米軍、ベトナム戦争中にサリン爆弾使用との報道。
米ＣＮＮテレビが、ベトナム戦争中の1970年9月、ラオス、北ベトナムでサリン爆弾を使用と報道した。しかも、その対象は米脱走兵だったとの驚くべき報道。以下は『朝日新聞』掲載の記事。（禁 転載）
米、ベトナム戦争でサリン
ＣＮＮ報道
脱走兵狙い20回以上【ニューヨーク7日=時事】米ＣＮＮテレビは七日、米軍がベトナム戦争中に神経ガス、サリンを使用していたと報じた。
ＣＮＮによると、脱走米兵の捜索・殺害を含む任務を帯びていた特殊部隊ＳＯＧが実行した「追い風作戦」で使用された。
当時の米統合参謀本部議長トーマス・ムーア氏はＣＮＮに対し、サリンの使用を確認、作戦の標的が脱走米兵だったことも認めた。ＣＮＮによれば、米軍は一九七〇年九月、ラオスの村で数人の脱走米兵とみられる白人を見つけ、米軍機が上空からサリン爆弾を投下した。翌朝に現場に入ったＳＯＧの部隊は二人の白人男性を発見、殺害した後、村の小屋の中で十五人から二十人ほどの米国人らしい遺体を見付けた。
さらに、ＳＯＧの要請を受けた米軍機が、近くに集まってきた「敵軍」にサリン爆弾を投下。ＳＯＧの隊員たちは、米軍ヘリコプターに救助された。
ＣＮＮによれば、ＳＯＧの元隊員や軍の元高官らは、ラオスと北ベトナムで二十回以上サリンが投下されたと話している。ＳＯＧの元指揮官は、脱走米兵の通信や作戦に関する知識は「（米軍にとって）有害となり得る」と語っており、米軍は脱走兵からの情報漏れを警戒、サリンを用いた作戦に踏み切ったとみられる。
「記録はない」
米国防総省
【ワシントン8日＝アメリカ総局】米軍がサリンを使用していたとの報道について、米国防総省のスポークスマンは八日、AP通信に対し、「ベトナム戦争中に神経ガスを使ったという記録はない」と述べた。
（『朝日』1998.6.8.）
「米、ベトナム戦でサリン」報道
国防長官「調査を」
【ワシントン8日＝西村陽一】米ＣＮＮテレビと米タイムが、米軍特殊部隊がベトナム戦争中に神経ガス・サリンを使っていた、報じた問題で、コーエン米国防長官は八日、統合参謀本部や陸空軍に調査を命じた。
コーエン長官はニクソン大統領（当時）が生物兵器の使用禁止を決めていたことを挙げつつ、「現時点で、報道を裏付ける証拠はない。しかし、これは深刻な問題提起だ。神経ガスを使ったとすれば、当時の政策に違反したことになる」と語った。さらに、「情報がないということは、そうした事態が存在しなかったということを意味するわけではない。記録をさかのぼり、できるだけ多くの資料にあたらなければならない」と述べた。
ベトナム戦争当時の国防総省首脳は、一九六七年に少量の神経ガスが現地に運び込まれた事実は認めたが、「使われなかった」と語った。ＣＮＮとタイムは、当時のムーラー統合参謀本部議長らの証言をもとに、米軍特殊部隊ＳＯＧが七〇年、ベトナム国境から約百キロ入ったラオスの村で、脱走兵を標的にサリン攻撃を実行した、と伝えた。
（『朝日』1998.6.9.）
天声人語
(『朝日新聞』 1998/06/11 )米ＣＮＮテレビと雑誌「タイム』の行動取材班が〈米軍の特殊部隊がベトナム戦争中、サリンを使って自軍の脱走兵らを殺した〉と報じた。八ヵ月前から関係者二百人にインタビューした結果だという▼二百人にはトーマス・ムーア元米統合参謀本部議長、この作戦に参加した元将兵らが含まれ、テレビカメラの前で証言した。けれどもこれら作戦参加者は、当時くわしい報告書は書かなかった、と言っている。コーエン国防長官は軍に調査を命じたが「いまのところ疑惑を裏付ける証拠は見つかっていない」と述べた▼証書によれば、一九七〇年九月、ベトナムからかなりラオス領に入った地点点で、作戦は展開された。ある集落が攻撃され、最終的には百人以上が殺された。その中には子どもも女性もいた。そして十数人の脱走米兵がいた。装置に入ったサリンは、空から投下された。攻撃に加わった側の米兵は、みんな生還した▼脱走兵の殺害そのものが作戦の目的だったこと、サリンを使ったこと。この二点が最高機密とされた。味方の通信手段や戦略に通じている脱走兵は脅威だ、殺してしまう方がいい。そういう理屈だけれど、それ以前に「全員を殺せ、懲らしめろ」が特殊部隊のモットーだったという▼ＡＰやロイター、ニューヨーク・タイムズなどもＣＮＮの報道を伝えた。真偽のほどはまだわからない。「米兵が近くにいるのにサリンを使うだろうか」と疑問を呈する国防総省高官もいる。ただし、攻撃があったこと自体を否定する声はないようだ。テレビにも「タイム」にも、証言者たちが提供した現場写真の一部が登場した▼戦争には結局「何でもあり」なのだ、とあらためて思わされる。ムーア氏は「いまこのことを話すのは、歴史を尊重するから」と語ったそうだ。作戦に参加した将校の一人はキリスト教伝道師になっている。