元麻布春男の週刊PCホットライン

新体制となったMicrosoftへの期待




●「PLAN-J」の終焉と日本語文書

 7月1日マイクロソフトは、米Microsoftが新会計年度(2009会計年度)を迎えるのに合わせ、新年度経営方針記者会見を開催した。4月1日付けで日本法人の代表執行役社長となった樋口泰行社長になって初の経営方針記者会見である。マイケル・ローディング氏、ダレン・ヒューストン氏と2代続けて米国本社から社長を迎えた後、久しぶりの日本人社長ということになったわけだが、それがマイクロソフトにどのような影響を与えるのか、あるいは与えないのか、注目されていた。

 私見だが、2代の北米人社長は、かなり日本に気を使っていたように思う。たとえば大きな記者発表会等の席上で配られる「お土産」が、紅白まんじゅうやVistaのロゴ入りカステラになったり、あるいは樽酒を模した日本酒だったりといったことは、それまでの日本人社長時代にはあまり記憶がない。政策的にもダレン・ヒューストン社長が、日本の企業、教育機関、官公庁との連携と日本への投資を重視する「PLAN-J」を提唱したことは記憶に新しい。


4月1日付けでマイクソロフト社長に就任した樋口泰行氏 ダレン・ヒューストン氏(右)の新社長就任発表会場でのマイケル・ローディング社長(当時) Vistaロゴ入りのカステラ

 樋口社長は、PLAN-Jの中身は継承するとしつつも、その看板は降ろすと明言した。日本人社長として、ことさら日本向けの施策を押し出す必要はない、ということが理由のようだ。その一方で、日本の開発者向けに1万件の技術文書を日本語化して提供することを約束している。英語が読めなくて、世界に通用するソフトウェアが作れるのか、といった議論は置いておくとして、せっかく日本語で技術文書を公開するというのであれば、ぜひお願いしたいことがある。それは、機械翻訳しただけの文書を、日本語化された文書として提供しないで欲しい、ということだ。

 現在マイクロソフトのWebサイトには、ノウリッジベースをはじめとするコンテンツの一部が、機械翻訳された形で提供されている。機械翻訳を提供する理由が親切心からであることは十分理解するものの、あれは日本語ではない。それどころか、読む者に誤解を与えるおそれさえある。

 筆者がイヤなのは、この機械翻訳の文書を許容してしまうマインドだ。国語である日本語を大事に思う心がなければ、IMEの品質向上もあり得ない。日本人社長である樋口社長には、この機械翻訳された文書が、マイクロソフトが提供して恥ずかしくないクオリティにあるのか、ぜひ検討していただきたい。日本語で文書を提供するという以上、それは正しい日本語でなければならないハズだ。

●新体制でコンシューマーマインドの復活を

 さて、冒頭にも述べたように7月1日から、Microsoftの新会計年度がスタートした。これに合わせて、組織の改編も行なわれている。

 筆者が注目しているのは、プラットフォーム&サービスディビジョン内にコンシューマー&オンラインインターナショナルグループが創立されたことだ。これを受け、日本法人にもコンシューマー&オンライン事業部が設置されている。米国側の責任者(本社における米国外のコンシューマー&オンライン事業の統括者)は前日本法人社長のダレン・ヒューストン氏、日本法人での責任者は7月1日付けで入社した堂山昌司副社長(コンシューマー&オンライン事業部担当)である。

マイクロソフト日本法人の新組織体制 新年度の注力分野。ちょっと多すぎる気もする

 このコンシューマー&オンライン事業部が担当するのは、コンシューマー向けWindows、Windows Mobile、オンラインサービス(Windows Live、MSN、Live Search)とされている。コンシューマー向け製品でも、XboxやZuneは従来通りエンターテインメント&デバイス事業部が扱うようだ。

 このエンターテインメント&デバイス事業部がこれまでWindows Mobileを扱ってきたが、コンシューマー&オンライン事業部が扱うのはWindows Mobileのコンシューマー向けマーケティングおよびセールス活動を指すのだと思う。

 それはともかく、コンシューマー&オンライン事業部が扱う製品は、いずれも苦戦している印象が強い。確かにWindows Vistaは、プリインストール分に関しては、半ば強制的な切り替えが行なわれたから悪くはないだろうが、今のところ積極的に支持されているとは言い難い。オンラインサービスについては、Yahoo!の買収が拒絶されたことでも明らかなように、うまくいっていない。エンターテインメント&デバイス事業部が扱うXbox 360にしても、北米等では健闘していると思うが、台数でWiiに抜かれるなど、序盤のリードを生かして勝ちきれていない印象だ。Zuneについては、触れるまでもないだろう。

 なぜMicrosoftのコンシューマー事業が苦戦するのか。筆者は技術の問題ではないと思っている。ましてや資金力の問題ではあり得ない。問題はマインドにあるのだと思っている。今のMicrosoftは企業マインドの会社で、コンシューマーマインドの会社ではないことが、コンシューマー事業がうまくいかない理由だと思っている。

 たとえばWindows VistaがプリインストールされたコンシューマーPCを消費者が購入したとしよう。買ったばかりのPCを段ボール箱から取り出し、設置して、電源ケーブルをつなぎ、ネットワークに接続する。真新しいPCを初めて利用する時こそ、一番、心ときめく瞬間だ。設定を行なう設問に答えるのももどかしく、PCを利用しようとすると、次に始まるのはWindows Updateである。今はSP1が出て日も浅いからまだ良いが、運が悪いと100MB以上のパッチダウンロードとその適用が待っている。Windows Updateが終わったと思ったら、やれインデックスの作成だ、アンチウイルスソフトのスキャンだ、スーパーフェッチだと、システムは快適からほど遠い状態がしばらく続く。これではせっかくPCを買ったワクワクやドキドキはどこかに行ってしまう。

 別にコンシューマーだからセキュリティで妥協しても良いと言っているわけではない。コンシューマーにとってもセキュリティは重要だ。しかし、上からあてがわれる企業向けのPCと違い、コンシューマーPCはユーザーが自分の懐を痛めて購入した商品だ。その金額に見合ったワクワクやドキドキを与えられなければ、次に買い換えてはもらえない。

 たとえばWindows Media PlayerやInternet Explorerを更新する際、最新版をダウンロードしたにもかかわらず、累積的なアップデートを追加してインストールすることを余儀なくされることが少なくない。なぜダウンロードした最新版は、最初から累積的なアップデートを加えた、本当の意味での最新版ではないのだろう。もし本当の最新版が配布されていれば、システムの再起動を何回も見ないで済むのだ。

 こうした部分に対する不満は、企業であればほとんど問題にならない。アプリケーションの配布やパッチの適用は、ポリシーに基づいて計画的に実行されるものだし、必要なら夜間に済ませてしまえる。しかし、コンシューマーはそうはいかない。多くの場合、お客さんはパッチのダウンロード中も、PCの前にいるのだ。ダウンロード中もPCが利用できると言われても、システムの再起動が必要になるとしたら、落ち着いて使ってなどいられない。

 今のMicrosoftがコンシューマーマインドではなく、企業(向けの)マインドだと感じるのは、この辺りへの配慮が著しく欠けているからだ。Microsoftのソフトウェアは、確実で不具合が少ないかもしれないが、楽しさや意外性に欠ける。もちろん多くの場合、確実性と意外性は両立しない。同様に、1つの会社が企業マインドとコンシューマーマインドを両立させることは非常に難しい。

 現在ゲーム機に使われているCPUの大半はIBMが作っている。IBMにゲーム機を作る技術力と資金力があることに疑いの余地はない。が、同時にIBMがゲーム機事業を行なって成功すると思う人もいないだろう。それは技術力や資金力の問題ではなく、マインドの問題であるからだ。

 本来であればコンシューマー向けのWindowsと企業向けのWindowsは別の会社が受け持つべきだ、というのが筆者の考えだ(その方が競争にもなる)。が、今回の組織改革で、とりあえずコンシューマー向けWindowsのマーケティングが分離したことは一歩前進だととらえている。コンシューマー向けのWindowsと企業向けのWindowsが、マーケティングとはいえ分離したのは、'99年12月にWindows NTの部門(Business and enterprise Division)がWindows 9xの部門(Consumer Windows Division)を吸収して以来のことなのではないかと思う。

 後は、コンシューマー&オンライン事業部がどれくらいの自由度を与えられているのか、そこが問題だ。たとえば、コンシューマー向けのWindowsには、企業向けとは違うデスクトップテーマが採用されたり、違うネーミングができたりするくらいの自由度があるのであれば、良い方向に進んでいけるかもしれない。はたしてコンシューマー&オンライン事業部が、具体的にどのような施策を実行できるのか、見守っていきたいと思う。

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【7月1日】マイクロソフト、2009年以降の中期経営方針を発表
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0701/ms2.htm
【6月16日】【大河原】マイクロソフトのコンシューマ事業再編の狙い
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0616/gyokai248.htm
【6月30日】【本田】Microsoftに見るPC業界のルールチェンジ
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2008/0630/mobile416.htm
【2002年5月1日】【元麻布】プラットフォーム革新のためのMicrosoft自主分割論
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/2002/0501/hot199.htm
【'99年12月17日】【海外】Microsoftが裁判対策のためのWindows戦略を転換か?
http://pc.watch.impress.co.jp/docs/article/991217/kaigai01.htm

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(2008年7月4日)

[Reported by 元麻布春男]


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