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特集:「開かれた新聞」委員会・座談会(その2止) 事件報道は冷静な目で

 ◆事件報道は冷静な目で、本質伝える使命忘れず

 ◆光・母子殺害事件

 ◇メディア全体の影響考えよ

 冠木事務局長 高裁で死刑判決が出された山口県光市の母子殺害事件についてご意見をお願いします。

 玉木委員 マスコミ全体の印象で言うと、事件報道の一番悪い面が出ていたように思う。被害者の言い分を報道の視点に置き換えて、被害者に添い寝するような報道が目立った。例えば、弁護団から新証言が出た時、被害者は「弁護団と作り上げたストーリーだ」と言い、その論法に沿って弁護団をバッシングするような報道が主流となってしまった。そういう論調を背景に、無期懲役から死刑にという流れが出てきた。だが、事件の背景、被告の内面など事件の真相がこれまでの裁判で明らかにされたとは言えず、裁判のあり方としては疑問点が多すぎる。

 柳田委員 当時少年だった被告を死刑にする論拠を判決の原文で読むと、いかに被告の成育歴、人格形成がゆがんでいたかについて、裁判官が情状酌量をするほどのものではないと非常に短絡した文脈で結論を出しています。裁判官は成育歴に関する精神鑑定や生い立ちの調査などを読んだのかと思いたくなる。たまたま知ったが、被告は実にすさまじい経歴をもっている。父親の虐待を受け、中1の時には母親の首つり自殺を目撃し、その後始末もさせられた。前科を起こした際、少年法による更生矯正の機会があったのに、受けた対応はゼロに等しかった。報道全体のトーンは、テレビや週刊誌を中心に死刑を望む大合唱となりました。社会が学ぶべきものは何も提示されなかった。

 玉木委員 特にテレビの影響が大きかったのではないか。死刑を求める被害者の生の声をそのまま繰り返し流した。弁護団批判もリピートされた。メディア全体の風潮を、新聞が冷静に分析する記事があればかなり違っていたのではないか。

 柳田委員 光市事件の安部拓輝記者の「記者の目」は、記者自身もどこに軸足を置いていいのか悩んだというニュアンスが出ていました。不幸だったのは弁護士が何を目指しているのか分からなかったことだった。被害者遺族の本村洋さん自身もものすごくつらかったと思う。事件直後は許せない、もう死刑しかないという気持ちになっても、年月がたつうちに殺して何になるのかというところにいますね。ものすごく大事なことで、それを毎日新聞はよくとらえていました。

 被害者側は死をもって報いてほしいと思うわけです。少年事件の場合は少年法、つまり国家権力で被害者が加害者にアクセスし主張する権利を奪います。権利を奪った国家は当然、救済の措置をとるべきですが、制度が極めて不十分です。このアンバランスが最近ようやく刑法学者の中で議論され始めた。国家は被害者を救済する一方で、加害者側にはそれなりの更生を図ったり、処罰する。このバランスをどうするのか。報道する側もきちんと構築しなければいけません。それは事件報道の中では未開拓の分野です。

 冠木事務局長 吉永さんはいかがですか。

 吉永委員 本村さんが苦しみの中で到達した境地に、弁護団やマスコミなどが群がった格好にも見えました。その構図が私たちにも分かってきたところで判決が出ました。本村さん自身、非常に複雑な思いで今はいるのではないか。メディアを含めてさまざまな力により、加害者の更生、反省の機会が奪われたのです。この事件では、活字メディアと放送媒体の違いがすごく強く出ました。それがあるからBPO(放送倫理・番組向上機構)が介入し、被害者側に偏った報道だと批判したのだと思います。新聞は事件を巡る感情より深いところからきちっと報じてほしいと思います。

 田島委員 うちのゼミの学生が事件を調べてみると、かなり新聞とテレビは違いました。新聞は極端ではないのですが、市民は新聞の情報だけで決めるわけではありません。議題設定はテレビを見て、存在感のある遺族の発言や映像がインプットされます。新聞が報道していても打ち消されちゃう部分があることを、新聞側が頭に入れ、読者への影響も考えて書くべきでしょう。メディアトータルの話です。自分たちは頑張っていますということだけではだめです。

 小川一社会部長 被告の少年の弁護団が、メディアや裁判所を敵のように扱うのが気になりました。ソフトに取材に応じていただければ、テレビの作り方に違った部分もあったと思います。弁護士、被害者側双方に取材に応じてもらえれば公平になりますし、おのずといい報道ができます。その意味でも、報道現場から司法の民主化を訴えていきたいと思います。

 ◆映画「靖国」問題

 ◇「骨抜き」への批判、不十分

 冠木事務局長 映画「靖国」について、話を伺えますか。

 玉木委員 言論の自由、表現の自由はある種、体を張ってでも守らなければならないという側面があります。そういう点では言論の府の新聞社が試写会という形で矢面に立ったのは非常に意味のあることだった。社会に与えるインパクトも大きかったと思う。こういう場合は誰かが風穴を開けなければいけないので、非常によかった。今後とも体を張ってやってほしい。

 吉永委員 上映をしない判断をした映画館の問題がどうしても前面に出てしまいました。映画館が自主規制してどうするんだと。でも、一番の問題は国会議員が事前に試写を求めたことです。それがなかったらおそらく映画館は萎縮する必要はなかった。それに対して文化庁が試写会をするとはどういうことなのか。「上映するのでごらんになってください」でいいのではないか。助成金の使い道がおかしい、と言うなら、他の助成金がそれほどきちんと使われているのか、調べているのでしょうか。ここだけをターゲットにして助成金問題を持ち出すのは全くおかしい。

 刀鍛冶(かじ)に連絡をして、さらに映画の中身を骨抜きにしようとの動きもありました。事前検閲にもつながる行為や、言論表現への妨害ともとれる動きに対する批判は不十分だったような気がします。

 田島委員 メディアは右翼の人たちをどういうふうに取材しているのかと思いました。おそらくそれなりの関係、実績を作っていないと、上映が右翼にとってどういう意味を持つのか、どんなことを考えているのか分からないでしょう。日常的に付き合い、もう少し深い報道、別の観点からの切り込んだ伝え方があってもいいと思いました。

 柳田委員 この映画について芸能面で、内容の紹介とそれに対する論評をしていたのは重要でした。社会現象をとらえるだけでは隔靴掻痒(かっかそうよう)の感がありますが、芸能面の映画評的な書き方がぴたっときます。学芸部の記者が書いたから芸能面に載せるというのではなく、この映画評は、社会面にあればよかった。こういう特殊な事件の時には、ダイナミックな作りがほしい。毎日新聞が、紙面はもとより試写会も開くなど、率先して前向きに取り組んでいく姿勢はいいと思います。きわどい難しい問題について攻めていくそういう取り組み方は一つのモデルとなります。

 ◇報道規制の動き、議論・報告します--朝比奈豊主筆

 裁判員の判断に影響を与えるから事件の報道を自粛せよという議論には問題が多いと考えています。公共の関心事をより正確に報道し、国民の知る権利に応えるのは新聞をはじめ、ジャーナリズムの基本です。裁判員制度をめぐり、規制の動きが強まってくれば、この委員会で議論し読者に報告します。報道の自由を行使し、書かれる人の人権との兼ね合いを考えながら、読者の判断に応えるためにギリギリの努力を続けますが、独りよがりはいけません。これまでも多彩な報道を試みながら読者のみなさんの声に耳を傾けてきたつもりです。今後も、本紙の報道への読者からの批判と対応を委員のみなさんに開示し、そのご意見と編集部門の意見を率直に紙面で報告していきます。

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 ■基調報告

 ◆山口県光市母子殺害事件

 ◇被告の実像、迫れたのか--岩松城・西部報道部長

 裁判は1審から被害者の本村洋さんが記者会見を何度も開く異例の形で進みました。一方で被告の成育歴なども報じ、新聞としては冷静な形で報道してきたつもりです。ただ、被告にじっくりと直接取材できず、果たしてその実像や事件の背景に迫れたかどうか。面会に行ったテレビの記者は、弁護団から取材の中身を話せと迫られ、拒否すると弁護団から記者会見出席を拒否されるという事態も起きました。今回の判決が厳罰化の流れを加速させるという指摘や裁判員制度に大きく影響するという意見もあり、いろいろな意味で考えさせられます。

 ◆映画「靖国」問題

 ◇「萎縮」の危険性を指摘--小川一社会部長

 表現の自由を考えるときに、萎縮(いしゅく)が一番怖いと思います。「靖国」の問題では、何も言わない方がいいという空気に一気に流れた危うさを、紙面でも社説でも繰り返し指摘しました。また、配給協力・宣伝会社からの申し入れで試写会も実現しました。この問題は国会議員が少し動いただけでこんな事態を招いた点でも、非常に根が深いと思っています。

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 ■開かれた新聞委員会■

 ◇三つの役割

 毎日新聞の第三者機関「開かれた新聞」委員会は(1)人権侵害の苦情への対応をチェック=記事によって当事者から人権侵害の苦情や意見が寄せられた際、社の対応に対する見解を示し公表する(2)紙面への提言=報道に問題があると考えた場合、意見を表明する(3)メディアの在り方への提言=よりよい報道を目指すための課題について提言する--という三つの役割を担っています。今回は(2)と(3)で意見を聞きました。記事による人権侵害の苦情や意見は各部門のほか、委員会事務局(ファクス03・3212・0825)でも受け付けます。

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 ◇委員会メンバー

 柳田邦男委員(作家)

 玉木明委員(フリージャーナリスト)

 田島泰彦委員(上智大教授)

 吉永みち子委員(ノンフィクション作家)

 ◇毎日新聞側の主な出席者

 朝比奈豊主筆▽菊池哲郎取締役▽伊藤芳明東京本社編集局長▽倉重篤郎同編集局次長▽河野俊史同編集局次長▽磯野彰彦同デジタルメディア局次長▽小松浩政治部長▽逸見義行経済部長▽小川一社会部長▽広田勝己地方部長▽渡部聡写真部長▽吉田弘之外信部長▽岩松城西部本社報道部長▽冠木雅夫「開かれた新聞」委員会事務局長

毎日新聞 2008年6月7日 東京朝刊

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