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特集:「開かれた新聞」委員会・座談会(その1) 本質伝える使命忘れず

 ◆事件報道は冷静な目で、本質伝える使命忘れず

 来年5月に裁判員制度が始まります。司法関係者の間に、事件報道が裁判員に予断を与えるのではと心配する声もある中で、報道側の課題は何でしょうか。また、中国・四川大地震で、亡くなってもなおペンを握りしめていた中学生の手の写真を1面に掲載したことに対し、読者からさまざまな反響がありました。「開かれた新聞」委員会の座談会を開き、4人の委員に意見を聞きました。【司会は冠木雅夫「開かれた新聞」委員会事務局長、写真は武市公孝】=座談会は5月28日に開催。紙面は東京本社発行の最終版を基にしました。

 ◆四川大地震

 ◇「二・五人称の視点」を大事に

 冠木雅夫事務局長 四川大地震の中学生の手の写真には、批判の声が多く寄せられた一方で、称賛の声もありました。この写真報道へのご意見から伺いたいと思います。

 吉永みち子委員 強い写真だなと思いました。読者からは「死体かと思うと、新聞を読めません」という意見がありました。写真に対しキャプションが「離さなかった冷たい手」と短く、単に死体の手としか受け取れなかったからでしょう。この子の失われた時間や生活ぶりなどが少しでもフォローされていれば、受け取り方も全然違ったのではないでしょうか。

 玉木明委員 この写真を撮ったカメラマンの目線には温かいものを感じます。胸を打ついい写真だと思う。どんな悲惨な現場にいても、記者は実像を伝えたいという熱意に駆られる。その熱意が自ら記事や写真に表れる。この写真を1面に持ってきた記者の気持ちも理解できる。一概に遺体の写真だから載せてはいけないと、しゃくし定規に考える必要はない。インパクトのある写真は報道を支える大きな要素。柔軟に考えた方がいい。

 田島泰彦委員 我々の社会の現実には、残酷な事実やグロテスクなこともあるわけですよね。それを心地よくないからと排除するのは過剰な作為です。目にさらしたくない状況でも、現実が醸し出すものを本質的に示している部分は伝えないといけない。メディアが必要以上におもんぱかって配慮しすぎないほうがいい。それによって意見が出たら受け止め、改善の余地があるなら直せばいいのです。他の社はこの写真を使ったのですか。

 渡部聡写真部長 ほとんど出ていません。

 田島委員 ならば、余計に毎日でこれを出す意味がある。僕らの子どものころは田舎だと土葬で、子どもでも死体を見ました。死体に向き合うこと自体に意味があると思います。テレビも新聞もほとんど出さないから、我々が死体から離れている。センセーショナルにただ伝えればいいとは思わないけれど、生活の一部として人が死ぬことに直面する機会は排除しない方がむしろいい。

 柳田邦男委員 悲惨な災害や戦争の現場、犠牲になった人間の伝え方には二つポイントがある。一つはリアルに現実に迫ること。死者が何百人とか何万人とくくりがちですが、死者・行方不明者8万人の災害、ではなくて、1人あるいは一つの家族の悲劇が8万件同時に起きたという視点です。この子1人の悲劇は、8万人という数字よりも、今回の大地震の悲惨さを強烈に感じさせてくれる。深い意味のある写真です。

 もう一つは、「二・五人称の視点」です。ジャーナリストとして三人称の冷静な判断に、我が息子だったらという一人称、二人称の思いも加えるのです。ここでは、この子への哀悼の気持ちとして、合掌という言葉がついていたら随分違っていた。このワンカットには、この子の勉強していたときのひたむきな気持ちと、校舎崩壊の状況の悲惨さが凝縮されているから、気持ちがにじむ一言があれば、読者も心を揺さぶられたでしょう。

 ◆裁判員制度

 ◇真相に迫る情報、積極報道を

 冠木事務局長 次のテーマは来年5月に始まる裁判員制度です。報道との関係を中心に現段階のご意見をお願いします。

 田島委員 いくつか論点がある。一つは今の事件報道や裁判報道の問題点を克服することが大事だということ。最高裁から、犯人視しない報道をとくぎを刺されたことに引きずられすぎているような気がする。メディアが国家機関から独立して批判的な役割を果たす構造になっているかどうかがとても心配だ。奈良の少年による放火殺人事件では、草薙厚子さんの著作をめぐり乱暴な捜査があったにもかかわらず検察寄りの報道に傾いてしまった。権力チェックこそ報道機関の使命です。

 冠木事務局長 吉永さんはいかがですか。

 吉永委員 裁判員制度が近づけば近づくほどみんな大混乱している。始まってからのことと同時に、始まる前の1年間をどういう姿勢で臨むかが問われます。裁判員制度は大事件で導入されるが、裁判員に予断を与えるからと事件を報道しなくなったら、司法と国民の距離を逆に広げてしまう。取材のルールを協議する際、絶対譲り渡さない部分を確保しないと、裁判員以外は今までの報道以下のものしか得られなくなり、国民の目で考える機会を奪われます。

 柳田委員 裁判官が苦悩や過去の自分の判決への反省を赤裸々に語った「正義のかたち」(3月下旬に8回連載)はすばらしい企画でした。いろいろな裁判の判決文を読むと、裁判官の視野の狭さにがく然とする例が多い。例えば、ニアミス事故で管制官を執行猶予つきの禁固刑にした前例のない判決がありました。システムの中での人間のミスに対してまで厳しい刑事罰で社会に応えようとする、裁判官の古い一罰百戒主義が表れている。裁判官さえも、死刑や厳罰化の大合唱の中で危うい。国際的なヒューマンエラー論を理解できない知的レベルの裁判官が判決を書いている。裁判員が何を判断できるのでしょう。私はこの制度はやめた方がいいと思っている。それより裁判官が、もっと世の中を知り、どうあるべきかを検討する、それこそ「正義のかたち」の議論を深めるほうが先決だと思います。

 田島委員 メディアは裁判員法ができたころから、裁判員制度を推進する大きな流れに乗っている。制度への批判的報道は少ない。新聞協会と日本民間放送連盟の自主ルールも最高裁に言われたから作ったのでしょう。裁判員法が定める接触禁止や個人情報非公表により取材ができなければ、報道の範囲も主体的に判断できない。

 玉木委員 新聞協会の指針は、事件の真相に迫る必要な情報提供を怠らないと書いています。裁判員が報道に影響されるという固定観念が前提だと、司法と新聞とのいい関係が築けない。新聞は真相に迫る情報をできるだけ多くの人に知らせる責務を負っている。

 伊藤局長 時津風部屋の力士死亡事件は、新潟支局の記者が遺体を見て尋常じゃないと感じたところから報道が始まりました。新聞協会の指針は我々がこれまで通りやるとの決意表明です。

 柳田委員 法律を作って制度化すると、司法も行政も必ず過剰反応します。それに対してメディアは抵抗したり反発して、本来の任務を貫徹すべきで、そういうワーキンググループの指針を出さないといけません。枠で縛られてもきちんと報道するのが使命です。

 河野俊史局次長 刑事司法と事件報道の役割は別で、裁判員制度によって事件取材や報道の意義が変わるとは思っていません。新しい司法システムに対応してどうやって知る権利に応えていくかの議論をしています。報道が後退するようなことはありません。

 吉永委員 これを機に報道の手を縛ろうという動きは必ず出ます。最高裁参事官の「(報道が)予断を与えていけない」という発言は問題ですよ。誰が予断だと判断するのか。対応ではなく、これまでの報道姿勢の検証も含めて、自らの役目を明確にすべきです。

 田島委員 捜査機関に依存する今のままの事件報道はよしとしません。裁判批判も含め、もっと権力からの自立性、独立性を目指す方向で改善してほしい。

 柳田委員 犯罪の容疑者なり被告の成育歴をみだりに報道してはいけないという最高裁の指摘は、大変重大な問題です。それこそが事件の本質に迫るし、その取材は絶対に控えてはいけない。取材は進め、裁判の山を越したところで整理して出す方法もあるが、今知らせなければ被害者も納得できず、世の中も疑心暗鬼になるケースは、提供する正当性を組み立てて報道することもあり得る。健全な民主主義はメディアがのびのびと自由に表現活動できるのが大条件です。社会で規制的な面が強くなっていますが、民主主義社会でのメディアの使命は論理的に役所の線引き主義を破るところにあります。

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 ■基調報告

 ◆中国・四川大地震--作り手の思い伝えたい

 ◇伊藤芳明編集局長

 中国・四川大地震は最大時には9人を現地入りさせました。厳しい取材で2週間をめどに人員を入れ替え、中国語に堪能な人材を活用しながら、多角的に報道しています。

 ◇吉田弘之外信部長

 中国の地震被害の全ぼうはわかっていません。国内的な不満が噴出する可能性もあります。五輪を機に超大国家になろうと、国際協調体制にシフトしていますが、国際社会がどう受け止めるかにも注目しながら取材を進めています。

 ◇渡部聡写真部長

 中学生の手の写真は、新華社からAPロイターを通じて配信されました。被災地の惨状を伝える、極めて訴求力の強い写真だと思います。寄せられた意見の中には批判もありました。一方で、家族で見て涙した、学校の教材で使いたいという言葉もありました。これまでにも戦争報道などで、犠牲者の遺体や体の一部の写真を掲載したことがあります。撮影者や編集者の思いを丁寧に書き込み、読者の高い評価を得ました。今回も、私たち作り手の思いをもっとうまく伝えていれば、広範な読者の共感を得られたのではと思っています。

 ◆裁判員制度を前に--質の高い事件報道目指す

 ◇伊藤編集局長

 裁判員制度開始を1年後に控え、事件報道については、犯罪の背景を掘り下げ、再発防止につなげる重要性を再認識しています。表現の自由や知る権利の規制につながることのないよう、さらに質の高い事件報道に向け研さんを重ねています。

 ◇河野俊史編集局次長

 裁判員制度に関連し、今年1月の新聞協会の指針を踏まえ、デスクを中心にワーキンググループで検討しています。容疑者を犯人視しない報道をさらに確実にするために、供述報道や成育歴などのプロフィル、識者コメント、見出しを主な柱に具体例を研究し、ガイドライン的なものをまとめます。

毎日新聞 2008年6月7日 東京朝刊

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