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「戦争をおこすのは たしかに 人間です/しかし それ以上に/戦争を許さない努力のできるのも/私たち人間ではないでしょうか」
沖縄県立平和祈念資料館の出口近くにある「むすびの言葉」の一節だ。
こうした切実な思いを本土に届けるにはどうしたらいいのか。その難題を抱えたまま、あす23日、沖縄は今年も「慰霊の日」を迎える。
63年前のこの日、沖縄で日本軍の組織的な抵抗が終わった。米軍との80日余りの戦闘で亡くなった人は20万人を超える。根こそぎ動員された住民の犠牲が、本土から来た兵士を上回った。その中に集団自決の犠牲者もいる。
そうした沖縄戦の実相を伝えるには工夫が必要だ、と沖縄の人々に痛感させたのは、集団自決をめぐる昨年の教科書検定だ。集団自決が日本軍に強いられたものであることは、沖縄では疑いようのない事実とされてきた。ところが、本土では集団自決そのものがあまり知られていなかった。
せめて未来を担う若い世代には沖縄戦をきちんと知ってもらいたい。そんな思いから、ひめゆり平和祈念資料館は次世代プロジェクトに取り組んでいる。映像を増やし、展示品の説明を詳しくしたうえに、戦争を知らない世代の女性2人を「説明員」にした。
これまで沖縄戦を語り継ぐ主役は体験者の「語り部」だった。体験者の証言には説得力がある。だが、語り部に頼る時代にいずれ終わりがくる。
2人の説明員は、ひめゆり学徒隊の生き残りの語り部に交じって、沖縄戦の歴史的な事実を淡々と語る。悲惨な歴史を繰り返さないために何をすべきかを若い世代の見学者と一緒に考えることはできないか、と模索する。
こうした試みは欧州各地の平和施設を手本にしている。
たとえば、ポーランドの国立アウシュビッツ博物館には、試験で採用された公式ガイドが日本人も含めて220人いる。「歴史の語り手」はとうに戦後の世代に移っている。見学者も若い人が多い。年間100万人を超す見学者のうち、6割が14〜25歳だ。
沖縄でも若い世代の動きが活発になっている。ひめゆり学徒隊の生存者と対話を重ねてきたのが「虹の会」だ。学徒隊が戦時中にたどった沖縄本島南部を歩く中高生向けのツアーでは、生存者の話をもとに追体験を語った。
ひめゆり学徒隊の証言を記録した映画「ひめゆり」は公開2年目だ。今年も全国で再上映が予定される。
沖縄を訪れる修学旅行生は06年の統計で約44万人。観光客は500万人を超える。戦跡に足を運ぶ人を増やせる可能性は十分にある。
沖縄戦で何があったのか。それを知ることは、本土の人たちにとっても、とても大きな意味がある。
韓国が米国産牛肉の輸入の再開をめぐって大揺れだ。国民の強い反発を買い、李明博大統領の支持率は、就任のころの約70%から、4カ月足らずで20%前後へと急落している。
大統領は2度の謝罪会見を開き、「痛切に反省している」と、国民に深々と頭を下げた。大統領府の幹部をほぼ総入れ替えしたほか、近く一部閣僚の更迭にも踏み切りたい意向だ。
何しろ、5月の初めから連日のように、ソウルの目抜き通りや広場で、ろうそくに火をともして政権に抗議する市民の大集会が続いているのだ。
2月に就任した李大統領は、対米関係の立て直しを外交の最優先課題に掲げた。米国との関係の悪化が政治と経済の両面で韓国の行き詰まりを招いたとして、盧武鉉前政権を厳しく批判してきた。それだけに、そこに照準を合わせたことは理解できる。
米韓同盟を固め直し、両国の自由貿易協定を実現して低迷する経済にてこ入れする。そんな戦略を描く大統領にとって、ブッシュ政権が強く望んできた米国産牛肉の輸入制限撤廃は関係打開への格好の切り札だったろう。
4月、最初の外国訪問として米国に行った大統領は、ブッシュ大統領と関係修復を確認し、同時に牛肉の輸入再開の方針を表明した。
韓国は日本と同じように、米国から牛海綿状脳症(BSE)に感染した恐れのある牛肉が入ってこないよう、制限を課してきた。
それを撤廃するのは国民の食の安全に直結する話なのに、訪米とセットで性急に決定された、と国民の反発に火がついた。「ブッシュ大統領の歓心を買うため、国民の安全を売り渡したのではないか」というわけだ。
「米国産牛肉はまず学校給食に使われる」。そんな根拠のない言説もインターネットで流れ、抗議の輪は中高生をはじめ、またたく間に広がった。
ろうそく集会が続くのは、もちろん牛肉のせいばかりではない。実業界出の李大統領には経済再建への期待が大きかった。だが成果は一向に出ない。それへの失望感が根底にある。
ある夜、大統領は公邸の裏山に登った。街を埋め尽くすろうそくの火を見て「国民を安心させられなかった自分を責めた」。謝罪会見でそう語った。
「CEO(最高経営責任者)型の大統領」とも呼ばれ、何ごともトップダウンで即断即決するスタイルが売りものだった。その歯車が狂い出すと、批判は一身に負わねばならない。
牛肉問題は結局きのう、これまでのように生後30カ月以上のものは入れないことに落ち着いた。
人々の不安を理解し、それを解く努力を怠れば、手痛いしっぺ返しを食う。企業経営とは違う難しさを、大統領はかみしめているに違いない。