香港国際映画祭にて最優秀ドキュメンタリー賞を受賞した映画『靖国 YASUKUNI』(李纓監督)上映をめぐる騒動は、表現の自由の問題である。
この映画をめぐっては、上映批判派が、出演者の刀匠・刈谷直治氏が出演部分の削除を求めているとの報道など制作過程の問題を指摘し、映画そのものも批判している傾向がある。さらに、制作過程の諸問題について明確に回答していないとして上映支持派に対しても批判を強めている。 戦争のアイコンとなった“靖国”。上映反対は表現の封殺か(ロイター) そもそも、上映支持派が登場したのは、映画館が当該映画の上映を中止したためである。直接の中止理由は上映に抗議する右翼団体などの威嚇的・暴力的妨害を恐れたことである。 加えて、上映中止の背景には、稲田朋美・衆議院議員らによるさまざまな政治的圧力があったとの主張があった。上述の出演者・刈谷氏が出演部分の削除を求めている件も、有村治子参議院議員が刈谷氏に電話で削除依頼をするように促したと指摘されている。 上映支持派は、これら直接・間接の圧力によって上映が中止された事態を「表現の自由の危機」と受け止め、抗議の声をあげた。 問題は圧力がかけられたことであって、圧力をかける動機となった理由ではない。 圧力の理由はいろいろ考えられる。 当該映画が15年戦争における日本の侵略性を明らかにすることを恐れたことかもしれない。 映画の内容以前に日本、中国、韓国の合作映画で真のアジア友好を目指すというコンセプトが気に入らなかったのかもしれない。 それらの理由で抗議したのでは表現の自由の侵害との批判に立ち向かえないから、表向きは制作過程の問題を声高に叫ぶ方針に変更したのかもしれない。 真の理由が何であれ、表現の自由との関係で問題なのは理由ではない。日本は法治国家であり、自力救済は禁止されている。 仮に映画を否定することに正当な理由があったとしても、圧力をかけて上映を中止させることは認められない。当該映画の制作過程に問題があったとしても、それ故に圧力をかけて上映中止に追い込むことは正当化されない。 上映支持派にとっては、映画の制作過程の問題の有無は論点とは無関係な問題である。恣意的な圧力により上映が中止になる事態を問題視しており、圧力の動機に理由があろうとなかろうと問題ではない。自説を正当化するために、当該映画の制作過程に問題がないことを主張する必要さえない。従って上映批判派の問題意識は無視されることになる。 当該映画の制作過程に問題があったと指摘し、当該映画が映画制作のルールを逸脱しており、上映に値する作品ではないと主張することは自由である。それも1つの映画批判になりうる。 しかし、それは上映を妨害しようとした団体の抗議活動を正当化することにはならない。上映中止を表現の自由の危機ととらえて立ち上がった上映支持派に対する批判にもならない。 その点が混同されている限り、映画『靖国 YASUKUNI』は表現の自由をめぐる問題であり続ける。 【以下、編集部注】(2008/6/17 13:20) 本文5段落目、「上映中止の背景には、稲田朋美・衆議院議員らによるさまざまな政治的圧力があったとの主張があった」「出演者・刈谷氏が出演部分の削除を求めている件も、有村治子参議院議員が刈谷氏に電話で削除依頼をするように促したと指摘されている」 とありますが、記者によると、この表現のソースは 『靖国YASUKUNI』上映中止にジャーナリストや映画人ら抗議会見 http://www.news.janjan.jp/culture/0804/0804104673/1.php 映画『靖国YASUKUNI』上映中止 李纓監督らの訴え http://www.news.janjan.jp/culture/0804/0804124740/1.php の2本の記事で、いずれも李纓監督の発言が根拠です。 これに対して、有村治子参議院議員は6月11日、参議院議員会館で開かれた講演会で、以下のように述べました。 「『刈谷さんの名誉を回復させるために、内閣委員会で質問することはできます。少なくとも議事録に残すことはできます』と申し上げて、(刈谷さんの)奥様の依頼に基づいて公表することをお約束しました。最近、オーマイニュースの市民記者の方が、有村がその削除を依頼させた、という報じ方をなされていますが、それは事実無根でございます。刈谷さん自身も明確に否定しています」 各種報道を総合すると、有村議員は3月25日に刈谷氏(刀匠)に連絡をとっています。その後、3月27日の参院内閣委員会で、文化庁所管の独立行政法人に助成金を出した経緯を質し、その場で、刈谷氏が作品から映像を外してほしいと希望している、と発言しています。 刈谷氏の妻は4月10日、東京新聞の取材に対し、「有村議員からは『お気持ちはどんなですか』と聞かれた。それで影響を受けたことはない」と答えています(4月11日東京新聞朝刊)。
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