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3週間のサラリーマン体験から見えたもの

2006.6.29 趙 誠峰
派遣先:双日株式会社法務部
派遣期間:2005年8月22日〜2005年9月7日(3週間)

1.なぜ双日法務部へのエクスターンを希望したのか

 私は大学卒業後、社会人経験なくロースクールに入学しました。ロースクールの中でさまざまなキャリアを積んできた人と接する中で、社会に出て経験を積むことの重要さを身にしみて感じることになりました。そして、弁護士になっていくであろう自分を想像した時に、企業で働くという経験を全く積まずに弁護士になることへの不安を感じたのです。というのは、将来弁護士になった際に、自分のクライアントとなる人はそれが個人であれ、会社であれ、法律専門家ではない人になるでしょう。その多くは企業で働いている人であることが想定されます。その時に、企業で働く人たちがどのような環境で働いているのか、企業とはどのようなところなのかを全く知らずして、弁護士として仕事ができるのだろうかと考えるように至りました。
 このようなことに想いを巡らせている時に、エクスターンシップの募集の記事が目に留まりました。法律事務所のエクスターンシップにも非常に大きな魅力を感じましたが、まだロースクール2年生であり、この時期に企業で働くという経験を積まなければ一生経験することができないのではないか、ということで企業の法務部にエクスターンで行くことを希望しました。仮に2週間(当初は2週間の予定であり、先方のご好意で3週間のプログラムに延長していただいた)であっても、会社で働くという経験をするのとしないのでは、自分の将来に大きな差が生ずるのではないかと考えました。そして、この選択の影には、同級生の社会人経験者の人たちの、私の将来を見据えた親切なアドヴァイスがあったことも付言しなければなりません。


2.エクスターンシップの活動内容

(1)日々の活動
 双日法務部でのエクスターンシップは、「見学」的要素は極めて少なく、「実習」的要素が強いものでした。エクスターンの初日に、担当の課長や部長に挨拶を済ませると、いきなり契約書を渡され「これをチェックしといて」と言われました。このときは「チェック」の意味が何なのかさっぱりわかりませんでした。
 法務部における日々の業務の中心は契約書のチェックです。営業の人から上がってくる自分の会社が結ぶ契約書について、この条項はこういう風に変えるべきだ、こういう条項を入れるべきだというようなアドヴァイスをつける業務です。契約書の内容も、エクスターンシップに行った先が総合商社ということもあり非常に多岐にわたりました。売買、賃貸借はもちろんのこと、業務委託、不動産賃貸借(定期借家)、秘密保持、物流、委託販売、などです。私は国内法務課を中心に研修をさせていただきましたが、海外法務課における研修も少しさせていただいて、その中ではConfidentiality Agreement、License Agreementなどの英文契約書のチェックもしました。このような契約書を、法務部員の人からわけてもらい、チェックをします。そしてそのチェック作業の中で、日々のロースクールで勉強している法律知識が活かされる場面が多々ありました。授業においては、その必要性がいまいちリアルに想像できないような法律、例えば商行為法における運送営業や寄託に関する条文知識が必要になる場面に遭遇することがあったのです。このように契約書をチェックする作業を日々重ねていくうちに、最初は「チェック」の意味すらわからなかったのが、徐々にこの契約においてはどういう点が重要なのかといったことが何となくわかってくるようになりました。最終的にエクスターン中に26件の契約書をチェックしました。
 また、企業の法務部では当然訴訟案件も多数抱えており、それについても少し関わることができました。具体的には訴訟記録を読み、訴訟の現状を把握し、これからの戦略、展望を考えるわけです。こういった活動は、クリニックに通じるものがあるのかもしれません。そこには当然弁護士も関わり、将来の弁護士としての活動を想像することができる場面だったと言えます。

(2)新しい法制度のアピール
 上で述べた契約書の検討が法務部におけるエクスターンシップの中心的活動ではありますが、その中で、とある映画事業を民法上の任意組合で行うスキームの契約書が上がってきました。そして、この事業と契約書を見たときに、会社法の授業で勉強したばかりであったLLP(有限責任事業組合)の存在が頭に浮かびました。そこで、近くの席の法務部員の人に「これってLLPとかどうなんですか?」と何となく聞いてみたところ「おもしろそうだね。資料を作って営業の人に説明してみなよ」と言われ、授業のノートなどを見返しながら、この制度のメリット・デメリット等の資料を作成し、営業の人にミーティングで説明をする機会を与えられました。結果として、このときは採用されなかったのですが、この制度の存在、有用性を営業の人に伝えることができ、今後は前向きに使ってみると言ってもらい、非常に有益な体験をさせてもらえたと感じています。今まで机上の問題でしかなかったことが、まさに自分の目前にある具体的な事案の問題になったのです。
 法務部における仕事には受身の仕事が多いのではないかと感じていた時に、このような機会を与えられ、能動的に法務の仕事をするイメージがつかめたと言えます。これは主体的に法律の面から新たな提案をしていくことの重要性を感じたと言うことです。同じようなことが、弁護士の業務にも共通して言えるのではないかと感じます。

(3)レポート作成
 3週間のエクスターンシップの中で、何か1つテーマを決めて、それについて研究発表をすることになりました。私は「知的財産の担保利用」というテーマで発表しました。不動産等の担保はなかなか取ることができず、新たな担保を見つけたいという商社の実情から生まれたテーマです。これまで知的財産権について勉強したことがなかったので、知的財産権には著作権や商標権や意匠権などがあって・・・というところから始めました。ですので、なかなか苦労はしましたが、最終的に権利別に担保として利用する場合に、どのような問題点があるか、担保として利用するにはどのような方法が望ましいのかといった点から研究することができました。このように今後発展が望まれるテーマについて研究するという、非常に貴重な機会を与えてもらえたなと感じています。


3.インハウスローヤーについて

 双日法務部にはインハウスの弁護士が2名、外国弁護士が2名いました。インハウスと言っても完全な社員ではなく、弁護士事務所からの出向の形をとっていながら、フルタイムで企業の法務部で働いている弁護士です。このような弁護士ともいろいろ話をする機会がありました。双日では弁護士も、弁護士ではない人も、外から見たら全く区別がつかないような形で業務が行われていました。基本的に役割も全く同じです。こういう弁護士の形を間近に見ることは、自分の将来像を考える上で有益でした。冒頭でも述べたように、私は弁護士も企業社会の一般常識を知るという意味で、企業で働く経験が必要だと考えています。その時に、一定期間の出向という形で、弁護士ではない人たちと全く同じ環境で仕事をする機会があるというのは重要であり、こういう雇用形態をとる企業が増えることで、そのような働き方が将来の弁護士にとって有効な選択肢の一つになるのではないかと感じます。
(※インハウスローヤーについては、インタビュー記事が掲載される予定なので、そちらも参照してください。)


4.結びにかえて

 ここまでエクスターンの体験記を書いてきて、よかったことしか書いていないような気がします。それは私自身が双日の回し者だというわけではなく、プログラムが実際に非常に満足のいくものだったからです。冒頭で書いたように、当初の企業エクスターンの目的は、まさに社会見学でした。ですので、その目的達成のためには、何も法務部に行く必要もなかったのかもしれません。逆にエクスターンで営業業務に従事できれば、それこそ他では得ることのできない経験ができたことでしょう。また、商社にエクスターンに行くと決まったときに、真っ先に思い浮かんだのは、飲み会が激しいんだろうなということでした。しかし、商社といっても、法務部は雰囲気が違って、わりと静かな職場環境でした。これはある意味では期待はずれだったのかもしれません…。しかし、そういうことも含めて、法務部での仕事は決して受身のものではなく、主体的に新たな提案をしていくものだということや、インハウスローヤーのあり方から将来の弁護士像が見えてきたということなど、いろいろなことを感じられたことが何よりもの収穫だったと思います。
 社会人経験なしに、法律の勉強だけをしていると、あたかも法律で全てが解決できるような錯覚に陥ることがあるような気がします。そういう意味で、このような企業にエクスターンに行くという経験は非常に重要だと、エクスターンに行ってから10ヶ月経過した現在、改めて感じます。中坊公平先生のお言葉を拝借するならば、まさに「現場に神宿る」わけなのです。ほんの3週間かもしれませんが、その一端を感じることができたことは非常に貴重な体験だったと思います。


趙 誠峰
2004年、早稲田大学法学部卒業。同年、早稲田大学大学院法務研究科入学。