『プライド』と比較してわかる『靖国』騒動の論点

表現の自由が問われている

林田 力(2008-05-28 05:00)
Yahoo!ブックマークに登録 このエントリーを含むはてなブックマーク  newsing it! この記事をchoixに投稿
 映画『靖国 YASUKUNI』(李纓監督)上映に対する抗議は、同じく上映が抗議された映画『プライド 運命の瞬間(とき)』(伊藤俊也監督、1998年)と比較されやすい。本記事では両者の動きを比較し、『靖国 YASUKUNI』上映騒動の問題性を指摘したい。

 『プライド』はA級戦犯として絞首刑に処せられた東条英機元首相が主役の映画である。

 この映画は日本による侵略戦争をアジア解放の戦争のように印象づけ、歴史を歪曲(わいきょく)・偽造していると強く批判された。製作した東映の労働組合や文化人らによって結成された「映画『プライド』を批判する会」は東映に対し、映画公開の中止を申し入れた。

 「映画『プライド』を批判する会」の発展的解消により結成された「映画の自由と真実を守る全国ネットワーク」(映画の自由と真実ネット)は映画『ムルデカ 17805』(藤由紀夫監督、2001年)にも抗議した。

 これはインドネシア独立の戦いを描いた作品だが、日本がインドネシア独立をもたらしたとして、侵略戦争の歴史的事実を歪曲し、美化するものと批判した。これらの映画の上映に抗議した人々が、『靖国』では、上映妨害の動きを批判する。これをダブルスタンダード(二重基準)だと批判する見解がある。

 結論から言えば『プライド』の上映中止を求めた人が、今回、『靖国』上映中止の動きに抗議する(つまり、上映を求める)ことは一貫性のある行動である。

 なぜなら、『プライド』批判は、主に労組や市民団体による「言論の自由」の範囲内の抗議活動である。これに対し、『靖国』では右翼団体による映画館への威嚇や稲田朋美・衆議院議員らによる政治的圧力が問題視された。このような動きに対して、表現の自由を守るために抗議したからだ。

 実際、映画演劇労働組合連合会(映演労連)の2008年4月1日の声明では以下のように主張する。

 「公開が決まっていた映画が、政治圧力や上映妨害によって圧殺されるという事態は、日本映画と日本映画界に、将来にわたって深刻なダメージを与えるものである」

 ここでの抗議の対象は、あくまで、政治圧力や上映妨害という手法に対してである。『靖国』批判派が『靖国』を批判する当の理由については、問題にされていない。『靖国』を「反日的である」「制作過程に問題がある」と批判することは全くの自由なのだ。問題なのは上映妨害や政治圧力である。

 映画における表現の自由を守るための戦いは、『靖国』が最初ではない。

 南京大虐殺を描いた映画『南京1937』においても右翼団体による上映妨害が繰り返されていた。1998年6月には横浜市の映画館で上映中に右翼団体構成員によってスクリーンが切り裂かれた。1999年10月には千葉県柏市が右翼団体の抗議活動を理由に上映会場である市民文化会館の使用許可を取り消した。

 『靖国』上映中止の動きに抗議した人々の多くは、『南京1937』の上映妨害に対しても強く抗議していた。『靖国』上映支持のデモが手際よく行われたことを疑問視する向きもある。しかし、上映妨害は今回が初めてではないのだ。過去の活動(上映妨害阻止)の蓄積があるため、手際が良くて当然である。

 歴史歪曲映画に対する抗議と、表現の自由の侵害に対する抗議──。これらが一貫性あるものとして認識されていることは「映画の自由と真実ネット」の発足アピール文を読めば明白になる。

 「1年前に公開された映画『プライド~運命の瞬間~』は、戦後半世紀を経て初めてと言っていいほど、歴史の真実に背を向けたものでしたが、その公開と併行して「歴史の真実」に迫る中国映画『南京1937』の上映は、右翼による激しい暴力的な妨害に直面しました。その右翼の街宣車に『プライド』のポスターが貼られていたことが示すように、「歴史の真実」を踏みにじる力と「映画の自由」を押しつぶそうとするものとは、完全に表裏一体を成しています」(「映画の自由と真実ネット」の発足アピール文より抜粋)

 公正とは「等しきものには等しく、等しからざるものには等しからざるものを」ということである。『プライド』に対する抗議と『靖国』に対する抗議は本質的に異なる。表面的な現象の類似性に惑わされず、等しからざるものには異なる評価を下すことが公正な判断である。


【以下、編集部注】(2008/6/18 19:49)
本文7段落目の文言を修正しました。

修正前:稲田朋美・衆議院議員らによる政治的圧力が問題視された
修正後:稲田朋美・衆議院議員らによる政治的圧力の有無が問題視された

記者によると、この表現のソースは

『靖国YASUKUNI』上映中止にジャーナリストや映画人ら抗議会見
http://www.news.janjan.jp/culture/0804/0804104673/1.php
映画『靖国YASUKUNI』上映中止 李纓監督らの訴え
http://www.news.janjan.jp/culture/0804/0804124740/1.php

の2本の記事で、いずれも李纓監督の発言が根拠です。

これに対して、稲田衆議院議員と一緒に映画『靖国』への助成金拠出プロセスを問題視した有村治子・参議院議員は6月11日、参議院議員会館で開かれた講演会で、以下のように述べました。

「『刈谷さんの名誉を回復させるために、内閣委員会で質問することはできます。少なくとも議事録に残すことはできます』と申し上げて、(刈谷さんの)奥様の依頼に基づいて公表することをお約束しました。最近、オーマイニュースの市民記者の方が、有村がその削除を依頼させた、という報じ方をなされていますが、それは事実無根でございます。刈谷さん自身も明確に否定しています」

各種報道を総合すると、有村議員は3月25日に刈谷氏(刀匠)に連絡をとっています。その後、3月27日の参院内閣委員会で、文化庁所管の独立行政法人に、助成金を出した経緯を質し、その場で、刈谷氏が作品から映像を外してほしいと希望している、と発言しています。

刈谷氏の妻は4月10日、東京新聞の取材に対し、「有村議員からは『お気持ちはどんなですか』と聞かれた。それで影響を受けたことはない」と答えています(4月11日東京新聞朝刊)。

■関連リンク
映演労連声明「日本映画界とすべての映画人に、映画「靖国」の公開の場を確保することを訴える!」
「映画の自由と真実ネット」発足!


林田 力 さんのほかの記事を読む

マイスクラップ 印刷用ページ メール転送する
132
あなたも評価に参加してみませんか? 市民記者になると10点評価ができます!
※評価結果は定期的に反映されます。
評価する

この記事に一言

more
評価
閲覧
推薦
日付
林田力
8
1
06/18 23:55
林田力
65
3
06/15 11:57
紅玉
210
18
06/12 22:56
林田力
175
6
06/12 22:02
林田力
168
7
06/11 20:32
激動たる河原崎
185
16
06/11 01:30
行雲
160
13
06/10 23:37
林田力
174
8
06/10 23:02
行雲
141
15
06/10 10:28
林田力
165
8
06/09 22:21
タイトル
コメント

オーマイ・アンケート

(身近に小さなお子さんがいる方対象)
秋葉原連続殺傷事件のような凶悪事件の映像がテレビで流れるとき、お子さんへの対応はどうしますか?
OhmyNews 編集部
チャンネルを変える。子どもに見せないようにする
チャンネルは変えるが、子どもに聞かれれば教える
チャンネルは変えないが、話題をそらす
チャンネルは変えず、子どもに聞かれれば教える
子どもには積極的に教える。映像も見せるようにする
もともと子どもにテレビは見せない

empro

empro は OhmyNews 編集部発の実験メディアプロジェクトです
»empro とは?